170話 事後(下) 女傑
本年もよろしくお願い致します。
この連休はアレルギー症状で大変でしたが、仕事が始まるとなんとかなってきました……体調まで貧乏性。
「ハーコン、グリフィス」
バーの奥の個室。一緒に来たスーザンの他に2人の男が居た。
僕たちがバーに来る前からここに居たわけだ。
「ん? どうしたんだ? その額」
「むう」
2人とも、額の向かって右斜め上が赤くなっていて、でかい瘤になっている。冒険者ギルドの入会地から一緒に王都に帰って来たときには、そんな風にはなってなかった。
「いやあ、ちょっとな」
「姐さんに、殴られたんだよ。痛てぇ、痛てぇ……」
うわっ。
頑強そうな2人なのになあ。相当思いっきりだな。いや、拳の方が痛そうな気がするが。
「おい、グリフィス」
「そんなことはどうでも良い、レオン。エールは飲めるか?」
「ああ」
「ハーコン!」
「へいへい」
彼は、陶器のジョッキを持つと席を立ち壁際の小さな木樽に近寄ると、黄銅のコックを捻ると黄金のエールがジョッキに満たされていった。
「ほい」
僕の前に置かれた。
「2人から話を聞いた。ディアとベルをサーベルジャガーから守ってくれたそうだな。礼を言う。この通りだ」
逞しい胸に手を当てて、頭を下げた。
「いや、彼女たちは友人だ。礼を言われることは……」
「いいや。2人は、ウチのクラン員だ。その命を救ってくれたんだ。礼を言って当然だ」
おう。ディアとベルを大切に思っているようだ。
「2人は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。私が会ったときは、落ちついていたし後遺症もなかった」
「そうか」
ギルド職員からは、そう聞いていたが。
「ともかく、乾杯しよう」
「「「乾杯!!」」」
僕も、ジョッキを呷った。
ぬるいが、味は悪くない。
「ふぅぅ」
「それにしても」
ん?
グリフィスが、何か上を見た。
「姐さんが、わかってくれてよかったぜ。あのままなら、レオンも同じように殴り殺そうとしていたからな」
「おまえら、生きてるだろう」
「いやあ。ここ数年で一番痛い思いをしたぜ」
「いつもながら、大袈裟なやつらだ」
スーザンは口が悪いな。ハーコンは実の弟だそうだが、グリフィスも舎弟扱いだ。
「俺も、殴られるところだったのか?」
ハーコンとグリフィスが、顔を見合わせる。
「最初はレオンが、ふみこみすぎて、あの女子大学生を危ない目に遭わせたと思っていた。ですよね、姐さん」
「まあな。ディアとベルは否定していたが、レオンを庇っていると思っていたんだ。だがこいつらの話を聞いて、事実がわかった」
南支部の中で擦れ違ったときと、スーザンの考えは変わったということらしい。
「危ない目に遭わせたのは、事実だ。ディアとベルには悪いことをした」
「ほう。レオンは反省しているのか」
地の底から聞こえて来るような、スーザンの声。
「恐慌硬直の危険度を甘く見ていた」
3人とも陥っていれば、無事では居られなかっただろう。運の悪さが決定的でなかっただけだ。
「ふん。冒険者を続けていれば、いずれ経験する。早いか遅いかだけだ。大体自分がなった時に分かりそうなものだが」
「いや、俺はなったことがない」
「なんだと」
睨み付けてきたハーコンを見返す。
「じゃあ、なぜ今日は大丈夫だったんだ? あの女子2人は全身麻痺に近かったじゃないか。恐慌硬直てのは何回かなったヤツが平気になっていくんだぞ」
「さあな」
「さあな、って」
スーザンが手で制する。
「くどいぞ。ハーコン。硬直度合いには個人差がある。そういう体質なんだろう、レオンは」
「なんだよ、できすぎだな。レオンは」
「そんなことはない。最近は失敗ばかりだ」
「そうなのか?」
うなずく。
ファクシミリ魔術も欠陥があったしな、どうも僕は見落としがある。
「レオンが自覚しているなら、それで良い。冒険者が危ない目に遭うのは、避けられない。その程度は行い次第だがな。南東の森で狩りは、初心者には推奨されていない。が、一般者が付き添えば問題ないことになっている、その程度の危険度ということだ。現にウチのクランで同じようにやっている」
確かに、中庭へ行ったことがありそうだった。
「今日もそうだったなら、ウチのクラン員が3人以上やられていた可能性があるということだ。しかし、そうはならなかった。誰も死ななかったんだ。反省も必要だが、レオンは誇っても良い」
「その通りだ。サーベルジャガーを3体斃して、反省されたらこっちが持たねえ」
「偉そうに言うな。ハーコン。おまえらが悪いんだ。上級者が8人もそろって。サーベルジャガーが中庭へ逃亡するのを止められないとは」
「ううう。面目ねえです」
おっ、ハーコンがしおらしい。
「囲みを破られたのは、俺たちじゃないし。第一、4体も居るとは聞いてなかった」
「4体居たのか?」
「ああ、1体は俺達で斃したんだが、見付けてなかった3体が囲みを破ってな」
そういうことか。
「グリフィス、言い訳するな」
「姐さん、言い訳じゃねえんだが」
「まあいい、あの女狐には責任を取らせてやるからな」
ふむ。応接で聞こえてきた、あの声か。
†
ドンドンドン。
「レオン」
んんん。戸口……リーアさんだな。
日曜の朝なのに、何だろう。
素早く、身支度をして部屋を出た。扉の外に、もうリーアさんの姿はなかった。えっ、この魔圧は。
階段に至る吹き抜けから下をのぞく。
「ディア! ベル!」
「おはよう!」
「おはよう。レオンの部屋に行って良いか?」
2人ともこっち向かって、手を振っている。
ふう。
よかった、元気そうだ。
スーザンからも、大丈夫だとは聞いていたが、やはり自分の眼で見ると安心する。
彼女たちには会いたかったが、女子寮だし、訪ねていこうかどうか迷っていたのだけど。こっちに来るとは思ってなかった。
「構わないが、喰う物はないぞ」
下宿は、土曜の朝から日曜の夜までは、食事は出ない。
「買ってきた」
「そうか」
特に支障はなく、階段を歩いてきた。ディアが籐の籠を持ってきている。
「まあ、入ってくれ」
奥の居間に通す。
「やっぱり、この部屋は良いよな」
「うん。リーアさんも居るしな」
「ははは」
「女子寮と交代したいな」
「はっ。そんなことをしたら、オデットさんに叩き出されるよ」
2年生になっても舎監だそうだ。
ん?
ディアとベルが顔を見合わせた。
「どうした?」
「んん……うん」
「昨日。クランの人に送られて寮に帰ったんだけど。オデットに見咎められてなあ、彼女とバルバラに世話を焼いてもらったんだ」
「へえ」
「口うるさいが、良いヤツだ。見直した」
「特にバルバラはな。さて料理、料理」
ベルは素直には認められないようだ。持って来たバスケットから料理を取り出した。
「ふふふ。そうか。さて、ワインならあるぞ」
「いや。酒はいい」
「ん?」
てっきり酒盛りに来たのかと思ったが。
「私も、酒はやめておく」
「ベルまでどうした」
「ベルまでって……昼から、クランハウスへ行こうと思っているんだ」
「そうそう」
「へえ」
「昨日は、クランの人に迷惑を掛けたし、スーザンさん達に礼を言わないと」
「そうかそうか。確かにな、昨日一緒に飲んだけど、2人のことを心配してたぞ。あと支部長に喰って掛かってたからなあ。ちゃんと礼を言った方が良いな」
「へえ。そうなんだ。もちろんクランではちゃんと礼は言う」
うんうん。
「でも、もっとしっかりと礼を言うべき人が居る」
横で、ベルもうんうんとうなずいた。
ほう、誰だろう? ハーコンとグラフィスじゃないだろうし。
「レオン。守ってくれて。ありがとう」
「ありがとう。恩に着る」
2人が胸に手を当てて、頭を下げた。
「僕? いやいや。僕こそ、ふたりを危険な目に遭わせて悪かった」
「レオンは、何も悪くないだろう」
「そうそう。私たち恐慌硬直になってからのことは、よく覚えていないんだけど、サーベルジャガー3体だぞ」
「普通は、動けない人間なんかは放置して逃げるんだけどって、送ってくれたお姉さんたちが、何度も言って。レオンはすごいって感心してた」
「だから。ありがとう」
「そうか」
確かに2人をどう守るか一瞬焦ったが。置いて逃げるなんてことは考えもしなかった。
「これだよ。反応が薄いよなあ」
「うん。レオンはありきたりの物差しで測れないな」
「そうだな」
「そうだ。その3体の分け前だけど。どうする?」
訊いておかないとな。
「いや、どうするって。なあ、ベル」
「1人で斃した魔獣は、斃した者にだよ。そう決めただろう。第一助けてもらって。分け前までもらえるか!」
「ほう。サーベルジャガー3頭だぞ。下手しなくても3千セシルは超えるが」
「ううう。ベっ、ベル様に二言はない。なっ!」
「もちろんだ」
2人とも顔が引き攣っている。
結局この後も、食べながら何度か翻意するように勧めたけれど、金は受け取らないと言い張ったので、何か物を贈ることにした。
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訂正履歴
2025/01/08 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます),言い回し変更
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)