169話 事後(上) 女狐
2024年も押し詰まってきました。小生はアレルギー症状が出て悲惨な年末ですが、皆様は良い年をお迎え下さい。
さて本連載の次回投稿は1月8日水曜日の予定です。
僕は、王都南区に帰って来た。
経緯を振り返ると、襲撃を受けた後に1時間程南東の森の中庭と呼ばれる場所で休んでいたが、討伐隊の1人が拠点に呼びに行きギルド職員が駆け付けてきた。
ディアとベルも、嘔吐感とふらつきがあるものの、立ち上がれるようになったのだが。クラン白銀の剣の構成員が拠点に居合わせたそうで、僕より先に彼女たちが付き添って拠点まで戻っていった。
僕はというと、すぐやって来たハーコン。彼も討伐隊の1人だそうだが、他の隊員に取りなしてくれた。ただ、すぐには拠点には戻れず、現場検証に付き合わされた。ようやく拠点に戻ると、その後、ギルドの荷馬車に乗って、このギルド南支部まで連れられてきた。
魔導収納に入れてきたサーベルジャガーの死骸3体を、買取窓口ではなく、何か奥まった倉庫で出庫すると、この部屋に案内されて30分ほど待たされている。簡素な設えではあるが一応応接室らしく、取調室というわけではなさそうだ。
それは良いのだが。
ギルドの建物に入ったときに、ディアとベルのクランリーダーであるスーザンと廊下で擦れ違った。その時に親の敵でも見るような形相で睨まれた。2人を危ない目に遭わせた僕を面罵しそうだったが、彼女は何も声は発しなかった。
ふーん。先が思いやられるな。
ん。誰かが来た。
「……このことは、正式に抗議させてもらうからな。おい放せ、おい……」
扉が開くと、野太いが聞き覚えのある女性の声。紛れもないスーザンだ。
言い争っている。
ふう。
声が途切れると、明るい茶髪の女性が入って来た。アレクサンドラ・マーキス。冒険者ギルド王都南支部長、つまりここの責任者だ。あとは名前は知らないが、うしろに厳つい大男、主管が付いてきている。
どう見ても、2人とも不機嫌そうだ。主管に至っては苦虫を噛み潰しているような表情だ。
目の前のソファーに支部長だけが座った。
「やあ。レオン君だったね。ほぼ1年ぶりか」
軽くうなずく。
主管が一歩こちらへ踏み出す。
「では、何度も聴取して悪いが、訊かせてくれ」
「了解だ」
「本日13時頃、南東の森の中庭で、初心者のクラウディア・ラーセルとベルティア・メディウムの3人で、魔獣狩りをしていた所、サーベルジャガーと遭遇」
ふむ。
「他2人が、恐慌硬直に襲われる中、君は3体の前記魔獣を斃し、駆け付けてきた討伐隊と合流した。間違いないか?」
「間違いない」
主管はうなずくと、続けた。
「1体は、氷の槍に磔になっていて、疑いようがないが。もう2体はどうやって斃した。目立った外傷はなかったという報告が上がってきている。鱗鎧犀と同じく、電撃魔術か? どのみち解剖が終われば分かる話だが」
「答える必要があるのか?」
「なんだと?!」
魔術士はどういった魔術を使った、持っているについては明らかにする必要はない。これは8国条約国共通だ。まあ対人競技に参加する場合は別だが。
「主管」
「むぅ……」
うなりながら、彼は支部長の後ろに下がった。
彼女と目が合うと、作ったように笑顔を浮かべた。
「君には、礼を言わねばなるまい」
「礼?」
「そうだ。サーベルジャガーを斃したこともだが、2人を守ってくれたことに、感謝を表したい」
「別に。あいつらは、俺の友人だ。守るのは当然だ。あんたに礼を言われる筋合いは……」
ない。いや、そうではないのか。
正式に抗議する───スーザンの声が耳の奥で反響する。
「要するに、討伐隊に何らかの不手際があった。それにより、さして危険ではないとされている中庭にあの魔獣が入って来た」
支部長の表情は変わらない。
「その2次被害の責任を取る必要がなくてよかった。だから礼と……」
「貴様!」
いきごんだ、主管を支部長が手で制する。
「その通りだ。察しが良くて助かる」
認めるのか。
「それで、俺をここに引き留めているのは、礼を言うためか?」
「まさか」
やはりな。
「ギルドとしては確認しておく必要がある。ファルロフ子爵領ヤディス村のことだ」
むっ。
「知っているな?」
「知っている。俺の故郷エミリアの近郊だからな」
「いや、そんな昔のことではない。つい3カ月前の話だよ。調べは付いている、レオン君、君はちょうど帰省しているね。何があったか知らないとは言わせない」
腕をソファーから横に突き出す。
≪ストレージ───出庫≫
「これのことか?」
ガラガラと床に長い物が転がった。
主管が駆け寄る。
「こっ、これは、サーベルジャガーの牙」
「今日狩った物は、現在下で鑑定中だ。魔結晶は?」
ソファーセットのテーブルに鈍く黒い物を3つ並べる。
そう。
もう隠しておく必要はないのだ。
「主管」
「はっ!」
「ヘルマンを呼んできてくれ。あと、これらが目に付かぬように、箱を持ってこいとな」
「わかりました」
僕を睨みながら、主管は部屋を出て行った。
「まあ、鑑定はさせてもらうが、8月に先の村で、サーベルジャガー3体を斃したのは、君で決まりだな」
うなずく。
「なぜ、自分で斃したと申し出なかった? すごく名誉なことだ、違うか?」
「面倒なことになる」
「ふむ。面倒ね」
「ああ」
「要するに……ふふっ、君はギルド内の等級なんかどうでもよいわけだ。以前魔術研究の中で、検証することは欠かせない事項と言っていたが。そうか、本心なのか。確かに優良戦闘冒険者の件も断られたからね。一貫しているというわけだ」
さっきの作った表情とは明らかに異なる笑顔。
腑に落ちたらしい。
「私はね、君の功績を高く評価しているんだ」
「はあ?」
「通算、サーベルジャガー6体を斃した。そしてギルド員2人の命を救った。これは2等級特進の価値がある。つまり、君にはスペリオール3級となる資格がある」
「むぅ。口封じか?」
「いや。討伐隊に被害がでたからね。その責めから逃れるつもりはない。それはそれとして。優良戦闘冒険者と同じく上級魔術者になれば、以前説明した義務が生じるが。君はどうする? 辞退するのかね。確かに上級魔術者へ昇級するには、近郊のギルドへ、情報を回す必要があるからね。どういう功績を上げたか詳らかにした資料をね」
後から知ったが、討伐隊の被害は重傷者2人、軽傷者4人で死者は出ていなかった。
「いいだろう。君の処遇は、今日をもってベーシス1級だ。それぐらいは受けてほしいものだ」
「わかった」
そのあと、ヘルマンさんがやって来て、牙と魔結晶を鑑定に持っていった。
†
ふうぅぅ。
2階から、1階のロビーに降りる。ようやく解放された。
もう夕方になっている。
ギルドはこともなしという風情で、大きなできごとなどなかったという落ちつきようだ。
僕も帰るか。ディアとベルは、既に帰ったと聞いた。もう、ここに居る必要はない。
げっ。
もう一難あった。
ロビーから外につながる出入り口の前に、デカイ女傑が立っている。
あれを避けるのは困難だな。
近寄っていく。
「レオン。面を貸せ」
ドスの効いた声。
仕方ないので付いていく。
どこへ行くのかと思ったら一筋奥に入ったバーに入って行く。店主が親指で奥を示した。それがどういう意味かスーザンは理解しているようで、どんどんと奥へ入って行く。
そこに居る客たちは、首を竦めていたが、スーザンが奥に消えた途端に、顔を上げて無遠慮に僕を見て来た。
どういう取り合わせとか考えているのだろう。不快だな。
足早に僕も奥には入っていくと、廊下の扉がひとつ開いていた。
「こっちだ」
「なっ!」
意外な人物たちがそこに居た。
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訂正履歴
2024/12/28 「こと」がどっかに飛んでいった(Olrockさん ありがとうございます)
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (三条 輝さん ありがとうございます)