18話 先入観が敵
先入観や固定観念が、一歩踏み出せない理由。とはわかっているですけどねえ。
魔灯の特許出願が終わり、母様依頼の試作品も作り終わったので、僕はまた魔術訓練に励むことにした。
≪衝撃 v0.31≫
突き出した腕の先に、ゆらゆらと陽炎がうごめいた途端、波動が伸びていき、ドンと衝撃音とともに、的にした僕の背丈ぐらいの岩に届いた。命中と同時に岩の周りが白くなって、ばらばらと土煙が飛んだ。が、それだけだ。
多少表面に傷は付いているものの、岩は健在だ。
「だあぁぁぁ」
気合いが抜けて、その場にへたり込んでしまった。
うーむ。この前、眼下の湖の畔で対岸の木をなぎ倒した時。込めた魔圧が全力だったとすれば、その半分以下に落としてはいるとはいえ、威力が低すぎる。
効率が悪い。
無論、全力で魔圧を掛ければ効果は大きくなる。だが、その増大勾配はゆるやかになっていき、やがて頭打ちとなる。それでは無駄が多すぎる。そんな脳が筋肉でできているような魔術の使い方は、制御技術者が目指すところではない。狙う効果を最小限の魔力で実現する。そうあるべきだ。
とはいえ。
やはり、衝撃波は絞り込んでも、どうしても空間に広がってしまう。そうなると距離の2乗に反比例して威力が下がってしまう。
要は、有効射程が決まってしまうのだ。
魔術なのになあ。
いつでも的に近付けるとは限らない。
最近、僕は魔術で魔獣を斃せないかと考えているのだ。職業とするかまでは決めていないが、収入面でも、竜脈の外で活動するにも都合が良いのは事実だ。
そういった意味では、最低でもこれ位の射程は欲しい。
そう思いなから、的の岩を見遣る。ここから50メト(おおむねメト=m)ぐらいか。魔獣なら数秒で突っ込んで来るんじゃないかな。
うーーーむ。
昨夜から魔術共通ドキュメントを探しまくったんだけど、v0.31に盛り込んだ以上の威力向上項目は見付けられなかった。
あぁぁぁぁ。なんかないかなあ。
距離をなんとかできないと、この魔術の使い方が限られてしまう。ん? 距離?
距離とは何の距離だ? そりゃあ、僕とあの的との距離だ。
そうだよな。
何か一瞬引っ掛かった気がしたんだけど。
それにしても威力の面では距離は詰めたいし、使い勝手の面では射程は伸ばしたい。
思い切り矛盾している。
その対策が、衝撃波の集束だったんだが。この線はだめだな。
粘りも必要だけど、見切りも必要。そう怜央の記憶が言っている気がする。
あきらめるか。肩が落ちて、力が抜ける。
待てよ。
距離と射程。言葉が違うな。物理量は同じ長さだけど。
言葉が違うなら、別のことなのじゃないか?
見切ろうかなと思いかけたので、気が楽になり、意味不明な発想が生まれた。
あれ?
厳密に言えば射程とは僕と的の間のことじゃない。衝撃波が生じる点、発動紋と的の間だ。
大差ないな。
いや少しはあるのか。せいぜい僕の腕の長さと少し、500ミルメト(おおむねミルメト=mm)ばかり……そうだ!
この発動紋の位置は、どうやって決まるんだ?
そういえば、照明魔術は光源の位置を変えられる。僕が作った訳ではなくて、もともとの魔術モデルに入っている。もちろん変えられるのは決まった範囲の中だけれど、確かに変えられる。あれは、どうやって実現しているんだ?
発動紋が的に近付ければ、事実上有効射程が伸びるぞ!
†
「できた、衝撃 v0.40」
ドキュメントを検索しまくって、衝撃波が発生する発動紋の位置を決めるパラメータを見付けた。僕の腕の先ではなく、40メト離れた位置に仮に変えてみた。
よし!
腕を突き出し集中───
≪衝撃 v0.40≫
発動した!
衝撃音が遠くから轟き、岩全体が白く煙った。
「おお」
僕は無意識に的となった岩へ走り寄った。
「割れている」
岩の見た目はさほど変わっていなかったが、縦に大きい亀裂が入っている。
何か、もうちょっといけた気がしたのだけど……うわっ。
岩を回り込んでみると、魔術を撃った所から見て、岩の反対面が砕けてかなり飛び散っていた。
「やっ、やったぁぁあ!!」
† † †
「結界の外に出て、魔獣を斃したいだと?!」
豪儀な父様の顔がやや赤らんだ。
衝撃魔術の変革後10日たった日の夕食の後。父様と母様に相談があると言って、食堂に残ってもらった。頼んでいないハイン兄さんも居るけれど。
父様は、口を開いて息を吸い込んだが、そこで止まった。怒りを圧し殺している。
「いえ。斃したいというか、僕の魔術で魔獣を斃せるかどうか確かめたいんです」
「どう違うというのだ、レオン」
その床下から響くような低い声に、ハイン兄さんが目を見開いておっかねえという顔をしてる。もちろん僕もおっかない。
でも、ここは引くわけにはいかない。
「斃せない可能性もあるので、護衛の冒険者をギルドに斡旋してもらうことを考えています」
「うぅぅぅむ」
父様は腕を組んだ。
「雇うと言っても金が要るぞ、レオン」
「いや、兄さん。レオンは多分それくらいの金は持っているって」
うなずく。
そう、このまえ魔灯の特許権譲渡の一時金ももらったしね。
「自分の金を使うつもりか?」
「はい。父様」
「全く、何も考えてないというわけではないようだな」
父様の言葉に、母様が小さく首を振り、コナン兄さんの口角が少し上がった。
「それで、何のためにそうまでする? 狩人か冒険者にでも成るつもりか?」
「僕は、将来魔獣を狩ることを職業にするかどうかは別にして、魔術で身を立てて行きたいんだ。だからその可能性を確認したいんです」
父様は、目をつぶりながら長く息を吐いた。
「アンリエッタはどう思う?」
父様は、つぶやくように訊いた。
母様は優雅に瞬きすると、こう言った。
「もちろん反対です」
うわぁぁ。
「魔術を志す……魔道具を作る、そこまでは良いとして。魔術で魔獣を斃すのは、危険です」
きびしい。
魔道具作りに関しては、制御技術も活かせる。だが、現時点でそれだけに絞るのは、違う気がする。
「かっ、母様。お言葉ながら、レオンの魔術はなかなかのものです。数日前のことですが、実際に見せてもらいました」
おお、兄さん。
「コナン。母の話は終わっていません。あなたはこの商会を背負って立つ身。顧客の話に耳を傾けねば、商談で大きな過ちを犯しますよ。心しなさい」
にべもない。
「はっ、はい。申し訳ありません。母様」
兄さんが、微妙な顔でこっちを見た。
「レオンの考えには、溜息が止まりませんが、事前に私たち家族に打ち明け、兄を味方に付けるなど見るべきところはあります」
母……様?
「その上で、私は旦那様に謝らねばなりません」
「謝る? なんのことだ、アンリエッタ?」
「レオンの性格のことです。この子は兄たちとは違い、強情で諦めが悪く、執念深いのです」
「強情はともかく、他は資質として悪くないが……」
「行き過ぎれば、害となります。私の責任です。申し訳なく存じます」
「いっ、いや。子育ては、アンリエッタに任せた私にも……」
重い沈黙。
「害の話に戻しましょう。この子は私たちが反対したとしても、魔灯と同じように、きっと隠れてやってしまうことでしょう」
いや、あの時は、父様の許可をもらってからやったって。
「それにあと1年もすれば、15になって止めることはできなくなります」
「ようするに、アンリエッタは認めろと言っている訳か?」
そうなの? 母様、反対と言いつつ。
「遺憾ながら」
「むぅぅ……」
おお、やっぱり母様は、僕の理解者だ。怖いけど。
「父様、私からもお願いします」
「僕からもお願いします」
コナン兄さん。ハイン兄さんまで。
「ふむ。わかった。何か抜けがあるかも知れぬ。コナン、相談に乗ってやれ」
「はい。父様」
ああぁぁ。
「ありがとう。父様、母様。兄さんたちも、ありがとう」
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訂正履歴
2023/10/11 僅かに加筆
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)