168話 女友達と魔獣狩り(3) 恐慌痙攣
戦闘シーンは、どうしてもルビが増える。
警告魔道具の閃光が消え去るや否や───
グォノノオォォォオオオオオ!
丘の稜線に陣取った、魔獣が雄たけびを上げる。
魔圧が乗ったような響き。
そう思ったとき異変は起こった。
ざざっ。
ん?
ベルが突然跪いた。
「どうした?」
応えない彼女の口は、半開きで痙攣していた。
何が起こった。
「ディア! ベルが───」
振り返ると、呼びかけたもう1人も立っては居たが、硬直して俺を見て力なくうなずくだけだ。
ディアもか。
脳裏にひとつ思い当たる、恐慌硬直。
この異状を引き起こした音源は牙豹だ。
黒い巨体が疾風のように丘を駆け下り、こっちに向かってくる。10秒と掛からず相まみえる。
動けない2人をどうする?
このまま放置して戦うのは余りにも危険。
迷っている暇はない。
≪黒洞々 v2.0≫
プロファイル_逃避_設定:20秒。
ディアとベルが空へ落ちて加速していく。数秒で姿が掻き消えた。
目線を水平に戻すと、黒き魔獣たちは指呼の距離まで来ていた。
やってくれたな。
怒りが腸を灼く。
ふぅぅぅ、肺が空になっていく───
≪雷荊≫
地を駆る黎の目前に、蒼白き棘が禍々しく繁茂した
恐るべき勢いも耳を劈く咆吼もむなしく、四肢に絡みつき胴に巻き付き止めた。白煙を上げながら。
ほう。
荊の壁を擦り抜けた者が居た。
雷光の棘を振り切って迫る翳。
もう7メトもない。
黄色い巨大な牙が際限なく開き、小さき人間を一噛みへ。
≪氷槍≫
突き出した腕の先───
白き閃きとともに凍気を凝らせた氷錐が地から屹立し、猛き牙豹を貫いた。
世にも聞き苦しい断末魔を上げ痙攣。
おっと!
僕は駆け出し、墜ちてきたベルを受け止め、ぞんざいに横たえる。すぐさま翻えって滑り込むとディアを身を挺して受け止める。
ふう。
反重力魔術で打ち上げたが、ゆるゆると降下してきたのだ。勢いは十分殺してあるが、墜ちるに任せるわけには行かない、うら若き女子だからな。かよわくはないが。
やわらかいな。
ローブ越しに、結構な面積と部位が密着しているが、不可抗力だ。
身体を起こして、草の上に降ろす。
「おい。ディア、ディア」
返事がない。
首筋を……注意深く触ると、脈はあった。
胸も上下してる。
気を失っているだけか。少し焦った。
立ち上がると、氷柱に串刺しとなったサーベルジャガーが見えた。
もう魔力がうせている。
数歩歩く。
「おい! ベル、ベル」
「うっ、ううぅぅぅ」
こっちも失神していたようだ。
「大丈夫か?」
「ふぅぅぅ……」
虚ろに目が開いたが、数秒で閉じた。
まだ硬直が抜けきれてないようだ。
「ぁぁぁあああ」
ディアも気が付いたか。
ベルを持ち上げて、ディアの傍らに運ぶ。
意外と軽いな。華奢なアデルに比べて、筋肉質だと思っていたのだが、さほど変わらない。
「レオン……」
「大丈夫か、ディア?」
「ぅんん……なんだか身体が強張って……ど、どうなった。魔獣は?」
「心配するな。全部斃したから」
「そっ、そうか」
恐慌硬直。
怖ろしいな。ディアとベルまでやられるとは。
音波に乗った魔導波が、神経系を一時的麻痺させるのだったか。聞いたことはあったが、あいつらが使えるとはな。幸いなことに、硬直して昏倒した時に2次被害を受けなければ、後遺症はほぼ受けることはないそうだ。
あれ?
そういえば、なぜ僕は、恐慌硬直に襲われなかったのだろう。
あの咆吼は聞こえていたが、特に身体に変調は来さなかった。
むっ、気配が。
「おおぉい。なっ、何だ、あれ? おい、みんなこっちだ」
丘の方だ。何人か居る。
あっ! しまった。
2人を陥れたことヘの怒りと、何とか助けられたことに安堵して、重大なことを忘れていた。
「おお、人が居るぞ。大丈夫か!」
冒険者だ。ギルド員だろう。
あれを、見られたか。死骸の隠蔽は、もう間に合わない。
そう、エミリア近郊のファルロフ子爵領ヤディス村ではできたのだが。
声を上げた男が、駆け寄ってきた。
「だっ、大丈夫か? その女たちは?」
ん? よく見ると、袖口が紅く染まっている。
「大丈夫なはずだ」
「恐慌硬直か?」
「そうらしい」
「ううう……レオン。気持ち……悪い」
ベルがうめいた。
「あんた、レオンというのか?」
「そうだ。ベル、これを飲め」
水筒を出して、水を飲ましてやる。
「すげえ、即死だ」
別の冒険者が、サーベルジャガーの傍に来た。
「ところで、あんたは魔術士のようだが、あれをやったのは?」
言い逃れもできそうにないな。
うなずく。
「そうか、あと2頭居たはずだが?」
右を指差すと、別の1人がそっちに行った。
「うわっ、ここに……死んでる」
「全部あんたがやったのか?」
「そういう、あんたらは」
ぞろぞろと、別に5、6人やって来た。
「俺達はギルドに選抜された討伐隊。皆、スペリオールだ。今日は、目撃情報を受けて、丘の向こうで巻き狩りをしていたのだが……」
「おい。レオン、レオンじゃないか!」
厳つい革鎧の男が現れた。
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訂正履歴
2024/12/25 誤字訂正
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)