166話 女友達と魔獣狩り(1) 行き掛け
うう、日本語はむつかしい。
「おはよう」
「おはよう、レオン」
「さむぅい」
馬車鉄から、ディアとベルが降りてきた。いつもの生成りのローブ姿だ。
「発車!」
手綱の音が響くと、馬車が右折していった。ここが路線の、それ以前に王都南区の東南角だからな。南か東か、いずれもあと一筋進めば町が切れて、野っ原になる。
「レオン、わざわざ時間を取ってくれてありがとう」
ディアが真剣に礼を言ってきた。横でベルが大きく目を見開いている。
「いやあ、僕も最近なんだかんだ運動不足だったし。それに、大学祭の時の借りを返したかったんだ」
2人は、男装までして執事喫茶を手伝ってくれた。
「そんなことはない。私たちにクランを、紹介してくれたじゃないか。恩に着ている」
「まったくディアは……せっかく借りがあるってレオンが言っているんだから、うんうんって言ってた方がかわいいって思われるって」
「そっ、そうなのか?」
怒るかと思ったら、ディアは真剣に聞いてる。
「僕は、ディアの心根が美しいと思うけどなぁ」
みるみる内に彼女の顔が紅潮していく。
褒め過ぎたらしい。
「どうせ、私の心は汚いわよ……レオン、あんた責任を取りなさいよ」
後半は、僕にしか聞こえないほどの小声でベルと擦れ違った。何の責任だ?
「さあて、行くわよ。レオン、昨日言ったように、1人で斃した魔獣はその人の物って約束だからねえ」
「わかってるわかってる」
昨日、狩った獲物の分配はどうするとディアが言ったので、3等分でと言ったのだが。ベルが、それじゃあ、やる気が出ないとか言い出して、そういう話になった。まあ、今日はなるべく支援に回ろうと思っている。ああ、アルミラージの角は欲しいけどな。
20分程歩いて、冒険者ギルドの入会地の北西拠点に来た。
ギルドカードを見せて、門内に入る。この3人で来たことはないが、僕はベーシスなので、特に咎められもしない。拠点中央の掘っ立て小屋に寄っていく。2人が特に何も言わず付いて来るから、クランの人たちと来た時もそうしているのだろう。
うわっ、面倒臭いヤツが。ジョーゼフさんはともかく、近くにハーコンにグリフィスまで居た。
「よおぅー」
目敏いハーコンに見つかってしまった。
「なっ、なんだ。美女が3人じゃなくて、美女2人と美形が来やがった。今日は祝日だったか? アテッ! 何だよ、グリフィーーース」
相棒に蹴られている。
どちらもスケベだが、グリフィスは血の巡りは良いからな。連れの素性に気が付いたのだろう。
「レオンの連れ2人は、白銀の剣の新人なんだろう」
うなずく。
「えぇ……姉貴の? ああ、やっと話が見えてきた」
ベルが僕のローブを引っ張った。
「姉貴というと、もしかして」
「すまんな、お嬢さん。こいつは姐さん……スーザンさんの弟なんだ」
「「あぁぁ」」
「けっ、好きで成ったわけじゃねえぜ」
「そういえば、うっすら似ているような」
やっぱりそう思うよな。一応紹介しておくか。
「この2人は、ディアとベルだ」
「「よっ、よろしく」」
「俺はハーコン、こいつはグリフィス。クラン・銀鎖の剣のスペリオールだ。2人とも美人だし、よろしくしたいところだが、よりにもよって姉貴のところの構成員じゃあな」
「ふん。ハーコンは、スーザンさんには、おむつを替えてもらっていたから、まったく頭が上がらないんだ。彼女の前では猫をかぶっているから、一緒に会うと笑えるぞ」
「うるさいな」
なるほど。スーザンさんは、グリフィスをスケベと言っていたが、ハーコンはそう言わなかったのはそういうことか。
「ともかく、狩り場で何か困ったことがあったら、手を貸すぜ」
「じゃあな」
何かすこし急いでる様子で、男たちは立ち去った。
その後、ジョーゼフさんに受付してもらい、いつものように出ている屋台で、いくつか食い物を買って、拠点を出た。
しばらく進むと、人影が見えなくなった。
「それで、どの辺に行くの?」
「中庭が良いと思ってる」
あそこは、凶暴な魔獣は比較的少ないからね。
「あっ、中庭ね」
ディアもうなずいているから、知っているようだ。
中庭と言っても庭園ではなく、ここから進んだ森の中にぽっかりと木立の切れた場所だ。沢というか水場があるので、それなりに魔獣が集まってくる良い狩り場と言えるだろう。
「ここまで来ると、竜脈から離れた気がするわねえ」
「うん。道を外れるぞ」
拠点ぐらいまでは、うっすら感じるものがあったけれど。結構枯れてきている膝丈の草むらに分け入っていくと、もはや結界外というのが、魔術士には大地から湧いてくる魔素の減少が、肌感覚で迫ってくる。
森に入って小高い丘を越えると、沢が現れる。15分も歩けば、やや明るくなって木立が切れ始める。
「中庭に着いたわねえ」
「そこで小休止しよう」
路頭した大きな岩を指さす。
拠点を出てから1時間も経っていないが、2人の息が少し上がっている。
皆で岩に登って、腰を下ろす。
「歩くのが速かったか?」
普段の歩きの半分ほどだが。
「速くはないけどね」
まあ、ここらは王都の町中と違って、上り下りが険しい上に足元も硬軟があって歩きづらい。
「レオンは、身体強化魔術を使っていないでしょ」
「運動不足を解消したいからな」
「山歩きが慣れているよねえ、さすがはエミリア出身」
うなずく。
ベルは、僕が田舎育ちだとからかいたいのだろう。確かに1年と少し前までは、よく似た地形を歩き回っていたからな。
「ほらほら、ディア。ちょっとした軽口なんだから目くじらを立てない」
ベルの言う通り、少しムッとした表情だ。
そうだな。ベルは、少々口は悪いが、よく言えば愛嬌がある。男子からも好かれているようだ。
その点、ディアは厳しく育てられたのだろう。僕の知る限りでは、おおよそ美しく凛としていて、やはり男子だけでなく女子からも人気がある。彼女の考え方はよく言えば気高いが、やや潔癖で堅いとも言える。もちろん母性というか、人を思い遣る場面を多々見掛ける。正直、美点が多い女性だと思う。
「レオン」
「ん」
水筒の栓を閉めながら、ベルがこっちを向いた。
「今日は、魔獣があまり居なさそうだね」
「確かに大物は少なそうだ」
「ん? 大物は?」
「ああ。小物、アルミラージは、パラパラ居る。4頭狩ったけどな」
ディアとベルは、顔を見合わせた。
「ええと、拠点を出てからこっちか?」
「いや、入るまでに1頭と、拠点からこっちが3頭だ。ほらっ」
魔導収納から、1頭出庫して見せる。
「うわっ」
「本当だったのか」
魔導収納のことは、2人には以前に言ってある。驚いたのは、そこではないのか。
「もしかして、僕が魔術を発動したのを分かってなかったとか?」
「そう言われると、時々魔圧が高くなってるなって時があったような、なかったような」
「へん! 私は全く気が付かなかった。足元ばかり見てたからな。ディアはレオンのことを見すぎなんだよ」
「ばっ、バカなことを言うな!」
また、ディアが赤くなった。煽り耐性が弱いな。
「ディアのことは放置して。それにしたって、レオンの周りに発動紋なんて……あっ!」
「発動紋は、アルミラージのすぐそばなのか」
「遠隔で斃して、遠隔で魔導収納に入庫かよ。とんでもないな。レオンは」
「ああ、こいつらはすばしっこいからな」
答えつつ、再び入庫する。
「いやいや、当たり前のように言うな」
「ええぇ。この前の競技会で見せたじゃないか」
「いや、見たし。先週、自分でも試してみたよ。新教官が実験だって言って衝撃弾の期限付改造起動紋を配っていたからね」
ベルはなぜか不機嫌そうだ。
「期限付起動紋かあ。でも、そんな話は全然していなかったじゃないか」
今週は何回も顔を合わしたのに。
「そりゃあ、言ったら恥ずかしいからな」
ディアがくすっと笑う。
「なにが?」
「散々だったからだよ」
「はっ?」
ディアの眉が吊り上がる。
「まったく衝撃弾が当たらないんだよ。狙いがあやふやになる上に、時間が掛かる。あっ、言っておくけど、私だけじゃないからな。3年の先輩含めて、10人以上試しても駄目だった。例の1年生もな」
ふーん。彼女も試したんだ。
「ディアは?」
「私はやってない。そもそも杖なしの状態での照準感覚を失いたくないからな」
やはり、保守的だな。今回はそれが結果的に良かったのかもしれないが。
「感覚が戻るまで2日くらい掛かったわよ、踏んだり蹴ったりだわ」
「それにしても、マルビアン教授は術式を改変できる人なんだ。知らなかった」
あるいは、軍が背後に居るのかな。
「いや……」
ん?
「起動紋は、ルイーダ先生が持ち込んだって聞いたよ」
「私もそう聞いた」
ふむぅ……。
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訂正履歴
2024/12/18 誤字訂正、わずかに加筆