165話 遠回しな
もっとわかるように言えよって時と、そういう言い方で救われたって時が……。
「ただいま。リーアさん」
下宿に帰って来たら、廊下に寝間着姿の彼女が居た。
「おかえり。夕食は食べてきたんだよな?」
「はい」
もう9時を回っている。
トードウ商会で、代表と打ち合わせが長引くと思ったから、昨日そう伝えてあった。照明魔導具の引き合いが多いとのことで盛り上がり、予想どおりになった。それで夕食を食べてきたわけだが。
「では、おやすみなさい」
「うん。おやすみ……ああ、待て待て。手紙だ」
数段階段を昇ったが、取って返して受け取る。2通だ。
「ありがとう」
階段で読むのは危険だから、そのまま懐に入れて登る。部屋に入った。
1通はハイン兄さんから。もう1通は差出人が書いてないが、誰から来たのかは見ただけでわかって居る。
まずは、兄さんの方の封を切る。
時候のあいさつは読み飛ばす。
「おお、生まれたか。双子とはな」
コナン兄さんとエレノア義姉さんの子が生まれたと書いてある。生まれたのは男の子と女の子だそうだ。へえ。子供たち2人は元気で、義姉さんも産後の肥立ちが良いと書いてある。
よかったぁ。赤子は無防備でしっかり育たないこともままある。双子、つまり多胎妊娠となると、その危険度が増すのは言うまでもないが。
兄さんも、よろこんでいるだろうなあ。
お祝いの手紙を送ろう。あと何か贈り物を。何が良いかなあ……。
そうか、僕も叔父さんになったんだなあ。
何か幸せな気分になった。
さて、それはいったん置いて、もう1通を。
封を切ると、良い匂いが漂ってきた。アデルの匂いだ。
麗しの君へ……僕のことか。いや、なんで知っているんだ。ガリーさんが王立サロメア美術館で、なぜかあなたを見掛けたそうです。
あぁぁ……。
ガリーさんか。
むうぅぅ。なぜ、そういうことになったか、12月頭に帰ったときに、教えてもらうからね、かあ。
はあ、まずいことになった。
何らやましいことはないけれど。
ん? 12月頭? 年末じゃないのか! 地方公演から帰ってくるのは、そう聞いていたのだけど。
「やっ……」
たあ。危ない、危ない。夜も更けているのに、大声を出すところだった。
† † †
ノックする。
「ジラー研究室2年レオン、入ります」
60号棟にある個室に入った。
さっきスニオ先生が来られて、教授室へ出頭すべしと知らせてくれたのだ。
こちらを振り返った白い総髪と長く白い髭。魔導理工学科学科長リヴァラン教授だ。
あれ? ジラー先生も横にいらした。
「そこに掛けて」
「はい」
ソファーに座って、2人の教授に向かい合う。
彼らの背後には、分厚い書籍がならぶ書棚がびっしりと壁を埋め尽くしている。教授の個室の割には、何と言うか質素な部屋だ。
「話は他でもない。君が書いた論文だ。読ませてもらったよ」
早! 学科長は繁忙だと聞いているんだけど。
「はい」
「技術としては、実にすばらしい内容だった。まあ、説明の技術水準が不安定だったが」
むう。気にしていたところだ。
「次回は、その辺りに留意してくれたまえ」
「次回とおっしゃいますと?」
「うむ。今回は提出してもらった物で受理した」
受理したということは、査読が通ったということだ。
横に座った、ジラー先生がうなずいた。
「ありがとうございます」
「今回は急いで書いてもらった。礼には及ばん」
いや、その通りだけど。意外と素直な人なのか?
でも、おかしいな。こんなことで、わざわざ僕を呼び出さないよな。知らせる必要があったとしても、スニオ先生に伝言すれば良い。ジラー先生を同席させる必要もない。
本題はなんだ? 学科長は無表情だし、ジラー先生は渋い表情だ。余り良い話ではないらしい。
「それと……」
来たか?
「……君は、今後どうしたい?」
「今後ですか」
どういう意味だ。
「あのう。とりあえず、魔導技師の国家試験は取ろうと思っていますが」
「うむ。以前は、君の力量を知らずして、余計なことを言った。もちろん、12月の試験は受けてもらって構わない」
「はい」
ふう。よしよし。
「訊きたかったのは、もうすこし先の話だ」
先? もしかして進路指導か?
「はあ。大学を卒業したら、魔導の技術で身を立てていくつもりですが」
魔道具屋とか具体的に言うと、この前のように言われそうなので、漠然と返す。
「ふむ。それは良い。ところで卒業というと、学部で終わらせるつもりかね?」
「はあ。はい」
魔導光研究とその刻印応用は、区切りの良い所まではやりたいが、魔導技師の資格が取れれば、大学進学の目的は達成だと思っている。
「大学院に進む気はないのかね?」
「ええと、修士課程に進めということでしょうか?」
おっと、質問を質問で返してしまった。まあ、先に答えてあるからな。
「修士とは言わない。博士課程に進む気はないかね」
むう。一足飛びな話だなあ。
「今のところは、ありませんが」
「そういえば、ラケーシス財団からの奨学金は、打ち切ったそうだが。学資が問題であれば、いくらでも他に……」
「学科長。学資のことは問題ありません」
ジラー先生が遮った。
「そうなのか、それならば良い。学生を続けるのが、気に染まないとのであれば、論文博士と言う線もある」
あれか!
「それは、博士課程を修めなくとも、学位が取得できるという?」
「その通りだ。君は、人類が成し遂げてなかった純粋光を発振したという成果がある。さすがに今回の論文だけでは難しいが、何本か続報を出してもらえれば、十分その資格はあると考える」
セシーリア王国の制度では、通常の修士課程と博士課程を修めて、学位を取得する課程博士が一般的だ。そしてもうひとつ、学位請求論文を提出して審査に合格したら取得できる学位もある。それが論文博士だ。表向き、授与された学位には違いはないことになっている。なんか、入学の要項に書いてあった気がするが、興味なかったので、しっかり読んでいない。
「その辺りを、担当教授であるジラー先生と相談して、考えてほしいのだが」
「はぁ、はい」
†
学科長の個室を出て、ジラー先生と一緒に61号棟に向かう。
準備室に行くのかと思ったら、階段を昇り2階に来た。入ったのは、ジラー先生の個室だ。
初めてこの部屋に入ったけど。学科長の個室と同じような部屋だ。だがそこにある書棚には、書籍でなく、魔石や杖、それに雑多な魔道具が並んでいる。
「座ってくれ」
「はい」
「驚いたろう、進路指導が突然始まって」
「はい」
僕は、はいしか言ってないな。
「ふむ。事前に話しておらず悪かったが、私もねレオン君と同じように呼び付けられたのだよ」
「そうだったんですね。あのう、論文博士とか言い出されて、学科長のお考えがよくわからなかったんですが。僕に学位を取らせたいということですか?」
先生は、ふーんと鼻から長く息を吐いた。
「学科長は、学位だけじゃない。君に教員あるいは研究員として、この大学に残ってほしいのだよ」
「えぇぇ!」
「教員は、崇高な職業だ。その他の職業と同じようにな。職業に貴賎はない、犯罪を生業にするのは良くないが」
「はぁぁ」
「ははは。やはり、教員や研究員になるのは気が進まないかね?」
「やはり、ですか?」
「そうだなあ、レオン君を見ていると、人に教えるよりは、自分で動く。そういう気質だな。どちらかというと職人に近い」
確かに。
「まあ、生業とするかどうかはともかく、人に教えること自体は悪くないことだ。それについてはどう思うかね」
「確かに。人に教えるときに、自分の考えを整理することを迫られるので、利点はあると思います。ただ、率直に言うと、僕は教師は向いていないと思います」
「向いていないか、そうは思わないが。いずれにしてもレオン君の気の済むようにしたまえ。誰の人生でもない。君の人生だ」
おおぅ。
「よろしいのですか?」
どう考えても、学科長からジラー先生へ圧が掛かっているはずだが。
「もちろんだ。まあ、一応言っておくと、私も人に教えるのは向いていないと思っていたさ」
「えっ?」
「職人一筋で来たからな。ただ立場が変わると、こういう自分も隠れていたかという発見をしたのは事実だよ。それに教えるのは歳を取ってからでもできるし。こんなことを突如言われても決心は付かないだろうしな。いつでも相談してくれ。非常勤の身では言いづらいが」
「いいえ、ありがとうございます」
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訂正履歴
2024/12/14 微妙に表現変え
2025/01/12 建屋番号間違い 65号棟→61号棟
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (黄金拍車さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)