164話 続 魔改造
魔改造は止まらない、止まりませんとも。
「おはよう。レオン」
「おはよう。リーアさん……何です?」
下宿の食堂に降りて行くと、まじまじと顔を見られた。
「うん。今日は寝不足ではなさそうだな」
そういうことか。
「ええ。このところやっていた作業が土曜日に一応終わりましたので」
この週末は、よく寝た。
「それはよかったな。よし。すぐスープを出すからな」
そう言って、厨房へ入っていった。
ターレス─リヒャルト両先生のご尽力で、宣言より10日あまり前倒しできた。論文を書く上で難しかったのは、どの程度を書けば、論文を読む人が理解できるかの線を探すことだった。あとはリヒャルト先生が、途中から文章の添削しかできないと嘆き出すので、時々ご機嫌を取らないといけなかった。いや大事なんだけど、それ。まあ、光学と魔導学両面に範囲が及ぶので致し方ない。
「おはようございます」
「おはよう。レオンさん。よかったわ。リーアさんと心配していたのよ」
食卓に着いた夫人が、暖かい笑顔を僕に向けてきた。
「申し訳ありません」
夜更かししても、朝食の時間には1度起きるようにしていたのだけど。
「いいのよ。男の子なんて、周りに心配させるのが、仕事みたいなものよ」
何だか遠い目をしている。
「まあ、心配させるにしても、博打や深酒じゃないですから。筋は良い方でしょう。ほい、スープ」
「ありがとう」
リーアさん。それは庇ってくれているのかな。
「そうね。そういった意味では、安心よね。若い娘さんを泣かせてもいないようだし」
「あぁ……奥様。それについては、怪しいものです」
なっ! 飲んだスープを咽せそうになった。リーアさん。何を言い出した。
「あら。そうなの? 困ったわねえ。この前にお目に掛かった、お母様に申し訳が立たないわ」
なんで、母様。僕はもう成人したのだが。
「お任せください。レオンの悪行を見付けたら、お手紙を出すことになってますので」
うう。買収されてる。
「まあ。じゃあ、私にも知らせてね。リーアさん」
「かしこまりました」
包囲網が強化されてる。
†
「へえ、できたんだ」
昼食も終わりかけだ。
学食のパンを飲み込んだディアが、ベルの方を向いた。
「うん。今は学科長まで行っている」
純粋光の論文は全てを書き上げ、リヒャルト、ターレス両先生の確認が終わったので、学科長の査読に昨日回った。彼は多忙と聞いているから、そう簡単には返ってこないだろう。
「それで、南東の森はいつ行く?」
「「土曜!」」
2人の声がそろった。
「わかった。3日後だな。10時でいいかな。4丁目の停留所で」
最寄りの馬車鉄の停留所のことだ。
「了解。腕が鳴るねえ、ディア」
満面の笑みの彼女もうなずいた。
†
「オーナー。いらっしゃいませ」
「こんにちは」
トードウ商会に来ると、代表が迎えてくれた。
「あのう。お約束の時間まで、まだ時間がありますが」
そう。5時からの約束だが、まだ3時過ぎだ。3限目は受ける授業がないので、そのまま来たのだ。
「うん。応接室は空いているよね。そこで時間まで作業しているから、お構いなく」
「わかりました」
「ああ、サラさん。お茶は要らないから」
立ち上がった彼女に手を振って、応接室に入る。
「さて、どうかな……おお、出てる」
白く大きな布を取り去ると、書類複製魔導具だった物が現れた。
受け皿に紙がたまっていた。
期待しながら、紙を取り上げて見る。
これは下宿からの分、これは大学……。
いくつか異なる場所から送ったが、ふむ。発信点の高度300メト以下は微妙で、それ以上は全て受信できていた。
この前、ここで僕の頭の中からこのプリンターに画像を送った。数メトとはいえ、これは無線魔導波通信だ。怜央の居た地球でいえば、無線LANのプリンターみたいな物だ。
ならば、どこまで離れて受信できるか。
数メトではなく数キルメトまで行ければ、無線のファクシミリになる。とりあえず受信だけだが。
その機能だけでも、実現すれば相当便利になるので、昨日から試してみたのだが。結果としては10キルメトならば受信できることが証明できた。ただ工夫は必要だった。
問題は魔導波の直進性だ。
電波と同じで、魔導波も周波数が高くなるほど直進性が高くなる。とはいえ情報を送る場合、周波数が低ければ通信速度が遅くなる。
もともと書類複製魔道具は、ごく短距離だから数十ギガヘルツに周波数を高くできて、高速通信が可能だが、遠く離れるとそうは行かない。
間に物体が介在すると、魔導波が阻まれて届きづらくなるのだ。ドキュメントによると魔導波は電磁波程には直進性は高くないし、経路のほとんどは亜空間なので、まだましなのだが。
それでも、地表から魔導波を送ったのではさすがに届かず、魔導波の発信点、つまり発動紋を高いところに置いて、物体を介在させないようする必要はあった。地球でも電波塔という言葉があるぐらいで、電波の発信点は高い位置にしていたのと、まあ同じだ。
ならば問題はふたつある。
1.魔導波通信を傍受される可能性
2.無秩序に魔導波を発してよいか?
1つ目は、面倒臭いが対策の方向性はひとつ、通信の暗号化だ。
2つ目は、見知らぬ誰かに迷惑を掛ける可能性はある。とはいえ、地球のように、魔導波を規制する法令などは聞いたことがない。とりあえず書類複製魔道具が使う周波数で良いだろう。ただし、プロトコルに含まれる、魔導具の固有番号は全く別系統に変えておいた方がよいだろう。
そういったわけで、これらの対策を施した魔石はもう作ってきてある。それを取り換えた。あとは元の書類複製魔導具の上半分である操作部と光学部を元のように取りつけた。
†
───アリエス視点
しばらくして、オーナーに応接室に呼ばれた。
「何をされているかと思っていましたが、この魔導具を元に戻されたのですね。見た目には事務室の物と変わりませんが、改造されるのではなかったのですか?」
「もちろん改造はしたよ。代表にはこれの新機能の使い方を覚えてもらおうと思って呼んだんだ」
「新機能ですか?」
「これを見て」
出力されていた紙を渡された。ん?
「なんです? 場所1。300メト、400メト……。こっちは場所2。200メト、300メト……良く意味がわかりませんが」
「場所1は僕の下宿、そして場所2は大学さ」
「はあ、だからなんなのですか?」
意味がわからない。
「紙に書いてある場所から送って、ここで印刷させたって意味だよ」
「ふぅぅぅむ、ええと。つまり遠く離れた所から、この紙に書かれてあることをここへ送ったってことですか?」
「その通り」
「すごくないですか? それ」
そうは言ったものの、どれほどすごいのかわからない。驚きすぎると逆に、口調は平板になる。
「まあね。なので、代表はときどき、この魔導具のところに来て、僕が送る情報を読んでもらいたいんだけど。たぶんいろいろ頼み事をすると思うから」
「手紙ではなく、オーナーから連絡が届くと。えっ、本当の話ですか?」
彼がうそを吐くとは思わないが、魔導具の説明が半信半疑だ。
「もちろん」
「う、承りました」
「そうそう。あと速いよ。届くのに時間も掛からない」
「はあ……速いとおっしゃると、伝書鳩より速いのでしょうか?」
「伝書鳩?」
オーナーは、一瞬ポカンとなった。
「あはははは。そうか。そうだよね。伝書鳩よりは格段に速いよ。距離は関係なしにほぼ瞬時に着く」
うれしそうにうなずいた。こう見ると若者らしい。
「完全には信じられませんが、理解しました。お話は以上でしょうか?」
いったん落ち着いて、ゆっくり考えたい。
「いやいや、まだ半分だよ」
「そそ、そうですか」
半分って、これ以上何が。勘弁してほしい。
「僕が送るだけじゃ、つまらないでしょ。ここからも何かに書かれた情報を、僕に送れるよ」
さすがにそれは。そう思ったら顔に出たらしい。
「じゃあ、その紙の裏に……そうだなあ、何か文字を書いて。僕は向こうを向いているから、僕には見せないように」
そうおっしゃると、向こうを向いた。ちょうどテーブルにペンがある。
「はい……書きました」
「うん。次は、複写する時のように魔導具の上に紙を置いて、蓋を閉めて」
ご指示通りにして蓋を閉めると、オーナーがこちらへ向き直った。
「では、僕に送るやり方を説明するね。この濃度増と複写の魔石を同時に触って」
「私がですか? わかりました。ええと同時に」
おっかなびっくり、指示どおりにしてみる。
「ああ、来たよ。本日は晴天なり。アリエス」
はっ? 私がさっき書いた通りだ
「ど、どうしてわかったんですか?」
もちろん紙は、オーナーに見えていないはずだ。
「いやだから、魔導具が画像を僕に送ったんだよ。じゃあ、紙を出してちょっと待って」
しばらくすると、魔導具から紙が出力された。複写に随分時間が掛かったわね。
「ほら、それを見て」
紙を手に取る。
「複写じゃない?! 私が書いた文字と、それと……明日も晴れるといいね?」
「そう、僕が書き足して送ったんだよ」
事もなげに、オーナーは言った。
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訂正履歴
2024/12/11 脱字訂正他
2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (Ellさん、ドラドラさん ありがとうございます)
2025/04/14 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)