163話 進路希望聴取
進路希望訊かれるのいやだったなあ……遠い目
───ゼイルス視点
レオンというジラー研の学生が実施した検証会から数日がたった。あれ以来、どうも周りの教員から避けられている。
まあ、学部長にあれだけ言われればな。無理もない。私が開発している刻印魔導具が刻印可能な線幅は40マクメトだが、検証会では線幅7マクメトの魔石を見せつけられた。
それをやってのけた彼自身は、研究と開発では違うと言っていた。確かにその通りではあるが、まだまだ余裕がありそうだ。さすがは純粋光だと言えよう。
問題は、私がやっている開発に純粋光を取り込むべきなどという、外部の横槍がくることだ。他人の成果を取り込みたくないとか、そんな狭い了見ではない。開発には時間軸が深く関わる、要素技術のひとつが改善されたからといって、急にそれを取り込むのは危険だ。決めたことを決まった期間で遂行する強い決意で進めなければ、付いていた予算を喪うことになりかねない。
純粋光発振を実現したあの技術はすばらしい。成果もそうだ。しかし、魔術士なしで発振できないのでは、開発に使うことはできない。彼が学部2年生であることを思えば、あと数年、いや1年足らずでなんとかする可能性はある。が、その期間が遅れとなり、命取りになりかねん。いくら優れた技術があったとしても、予算がなくなれば装置は実用化には達しないのだ。
そのことは学科長が1番理解している。
私はそう考えているが。学部長の動向が気になる。いささか、この研究には予算を多くつぎ込んでいる自覚はある。教職員も多く動員しているしな。つまり敵は多いのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか60号棟2階の教務室、自分の席の前に着いた。ふう。この時間帯は誰も居ないか。2時限目が始まったばかりだからな。
なんだ?
机の上に封筒が乗っている。ゼイルス先生へか、汚い字だな。初等学校生の息子でも、もっと綺麗な文字を書く。誰からだ? 裏返してみたが差出人は書いてなかった。封を切って、便箋を取り出す。
ゼイルス先生。
とてもお困りな状態と聞いています。
なんだ?
理工学科の例の学生について、秘密を知っております。
!
魔紋が目前に浮かび上がると、一瞬で便箋と封筒が燃え上がる。
あっという間に、灰にもならず燃え尽きた。
「ゼイルス先生?」
「おっ、ルイーダ先生……何か?」
いつの間に? 教務室には誰も居ないと思ったのだが。
「何かではなく、一瞬火が見えた気がしたのですが」
「火ですか? 何かの見間違いでは」
彼女の眉根が寄った気がしたが。
「見間違い……そうかもしれません。失礼しました」
少しほほえむと、歩き去った。
†
「ふん。意気地なしめ」
呼び出した暗がりの一角に、ゼイルス准教授は姿を見せなかった。念のため30分長く待ってみたが。
「そんなことだから、2年になったばかりの学生にしてやられるのだ。だが、まだ手はある」
† † †
───レオン視点
さて、そろそろ戻ろう。そう思っていたら、学食にディアとベルがやって来た。
「やあ」
「やあ、レオン。あれ? もう食べ終わったの?」
トレイを訝しそうに見ながら、僕の前に座った。
「うん。大学へ来たのはちょっと前なんだ。それで先に食べていたんだ」
「1限目は?」
「授業がないんで」
「これだよ。いいご身分だよねえ」
ベルがふくれっ面になる。自分も検定試験を受ければいいのにとは言わない。
「自主休講じゃないだけ、立派じゃないか」
「もう、ディアの裏切り者!」
「ベルは、放っておいて。ちょっと相談があるんだけど」
「ああ、そうだったわ」
「相談って?」
「いやあ。私たちは、クランでそれなりに指導も受けて、狩りの練習もしたんだけどさ」
ベルが割り込む。
「南東の森に一緒に狩りに行ってほしいんだ」
「えっ」
2人はまだノービスだからな。ギルドの入会地に入ることは推奨されない。ベーシス以上が同行すれば問題はないが。
「でもなあ……」
「わかってる、わかってる。論文だろう。それができてからで良いから」
「それなら良いけれど。クランの人は?」
「いやあ、連れて行ってはもらっているけれど。優しすぎてねえ」
「ふーん」
よく分からないが。
「でも、行けるとしても、たぶん今月末ぐらいになるけれど」
もう少し前倒しできる気もするけれど。
「了解!」
「頼んだよ」
†
「おっ、居た居た」
「ターレス先生」
学食からジラー研究室の教室へ戻ってきて食休みしていると、先生がやって来た。何だか少し疲れている感じだ。
「はい」
大きい封筒を渡された。
「もしかして」
「うん。この週末はがんばったよ」
うわぁ。休日返上させてしまったか。
「見せてもらっても?」
「もちろん」
糸封を回し開けて、中の紙束を取り出す。むぅ十数枚もある。
2章.研究の背景と従来技術。ふむ、少し癖があるけど、綺麗な字だ。
刻印魔術の起源、歴史。刻印微細化の推移、魔石、魔導具工業出荷額の推移……、文章の他にしっかりとした図表も添えられてある他、几帳面に参考文献がまとめられている。
いやあ、論文はこういうのがないとね。格調高さがかなりかさ増しされる。それに出典を明記するための調査に時間が掛かるんだよなあ。地球の記憶ですらそうなのだから、情報化がはるかに遅れている、この世界では何倍も労力が必要だ。
「ありがとうございます。すごく助かります」
「なあに。少しは貢献しないとな。それで、レオン君の方はどんな感じかな?」
「そうですね。一応8章の途中まで書きました」
「ええ? 結構進んだよなぁ。8章ってなんだっけ」
「純粋光発振の結果です」
1.序章。2.背景と従来技術。3.本研究の目的と目標。4.純粋光の発振方法。5.光誘導増幅について。6媒質について。7.反射鏡について。8.純粋光発振の結果。9.魔結晶ヘの刻印の結果。10.結果のまとめ。11.研究の意義。12.今後の展望。13.所感。14.謝辞。
「そこまで行ったのかあ。すごいなあ」
「いやあ。光学科から純粋光の(波長)帯域の図表をもらえましたし、次の10章でも刻印線幅を測定してくれているので、そっちも助かりました」
「ははは。最初は検証会なんて面倒なことをやらせるなよと思ったけれど、やってよかったなあ」
「そうですね」
「うん。それについては、学科長に感謝だな」
ガチャ。
「うっ! なんだぁ、リヒャルト君か」
「えっ? 誰だと思ったんですか?」
「それはともかく……」
あっ、ごまかした。
「……論文だけど、もう8章の途中までできてるそうだぞ」
「はい。6章の終わりまでもらってますけど」
「いやいや、少しは驚けよ」
「いやあ、私はもうレオン君のことで驚くのはやめました」
「はっ?」
「魔術に刻印、そして論文。もうこれ、立派な研究員でしょう。助手の域はとっくに超えていますよ。数年後に同僚になっていても、私は納得できます」
「ああぁぁ。まあな。博士課程ではなく学部の2年だけどなあ」
大学の教員になるには、学部の課程の後、修士、博士課程を経るのが一般的になってきている。おふたりもそうだ。
「そういえば。どうするんだ、進路?」
おっ、ここで進路指導? 3人の他は誰も居ないけれど。
「おお、そうそう。どうなんだ」
「進路ですか?」
まだ大学に入ってから1年しかたってないんだけど。
「そうですねえ。とりあえずは、魔導技師の国家試験は取ろうと思っていますが」
「それは知っている」
「その後だ」
うーん。
「僕の実家は商会なんですけど、やはり子供の頃から商人を見てきたんですよね」
「じゃあ、商人ってことか?」
「リヒャルト君、結論を急ぐな」
「そうですね。なにかしら商売には携わろうと思ってはいます」
「まあ、もうトードウ商会もあるしな」
「あれは、アリエスさんの商会ですけど。それはそれとして、叔父が魔道具店をエミリアで営んでいるんですが。あれはなかなか良いなあとは思っています」
「以上?」
「はい」
「いやあ。魔道具店をどうこう言う気はないけれど、レオン君がそれにふさわしいかと言うと、どうなんだろう?」
「確かに。商人になるとしても、もっと派手な商売をやりそうだけどなあ」
「派手ですか?」
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訂正履歴
2024/12/07 誤字訂正、微妙に加筆
2024/12/08 基礎学校生→初等学校生
2024/12/09 誤字訂正
2025/04/26 表現変え(碧馬紅穂さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)