162話 純粋光検証実験(下) 世界最高水準
製品開発をやっているときに、世界初とか、世界最高とか謳うのはリスクあるんですよね。ないことを証明するのはほぼ無理なので、強弁するしかないですよね(そして小さく当社調べと書く)。
光学科長の宣言に響めきが上がり、拍手が巻き起こった。
53号棟1階の大実験場の一段高くなったところで、それを受ける。ごく一部の視線は僕にも向いているが、それよりは僕の前にある純粋光発振魔導具に集中している。
「以上で第1部の純粋光の検証を終了します。第2部開始は、準備が必要ですので少々お待ちください」
これから刻印する魔結晶については、僕というかジラー研の人間が触れてはいけないということになっている。あらかじめ刻印された魔石とすり替えるなどの、不正の余地をなくすためだそうだ。こちらにやましいことはない。しかし、なかなかに信用されていない感じにはむかつく。
分光魔導具が、器の上に蓋を被せて撤収されていく。さっき、分光魔導具から出力された紙はいつ僕にくれるのだろう。帯域幅を半値全幅と言っていたから、きっと波形が描かれているのだろう。そのまま論文に貼り付けたら手間が省けるに違いない。
ええと、誰が持っているんだ?
わからないな。後で聞いてみるか。
光学科の助手さんが、なんか紙を配り始めた。教授陣を配り終わると、段を登ってこちらへ来た。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
なんだろう……おお。
波形だ。魔導具から出力された紙の複写だ。手回しが良いな。
へえ。
脳内システムのスペクトルアナライザの波形と様式が結構似ている。波長が短い方が左なので、横軸周波数のグラフとは左右が逆転している。
それはともかく。さっき説明されたように、中心の波長は622.5ナルメトだ。よしよし、論文に使えそうだ。
助手さんが燭台のようなものを、さっきまで分光器魔導具が置いてあったところに、設置した。ふむ。あれの上端に魔結晶を固定するらしい。
なんだ、あれ?
黒くて大きな板? 脚が付いているから間仕切りというか衝立のようなものを、2人がかりで運んできた。それを燭台と聴衆者席の間に設置した。なるほどね。純粋光が、意図せず、聴衆の方へ反射した場合も、保護するための安全策だ。
ん。助手さんが、右上を指差す。そっちに何かがあるわけではなく。魔結晶の欠陥が少ない部位を示してくれているのだ。
そして、こっちへ手を振った。
始めても良いらしい。会釈を返す。
第2部は僕自身が進行もやらねばならない。
「それでは、第2部を始めます」
言いながら、聴衆者席を見渡す。
あれ? 意外と多いな。
光学科の方々は刻印には興味が薄いだろうから、聴衆がけっこう減るだろうとは、リヒャルト先生の見立てだったが、その予想を覆してほとんど減っていない。
まあ、良いけれど。
「光学科の方に、魔結晶を設置して戴きました。何も刻印されていないことは、あらかじめ確認いただいてます。では、これから複数個刻印をいたします。ではまず1個目」
≪統合───純粋光:全制御起動≫
≪純粋光:発振 v0.9≫
≪純粋光:刻印 S01121≫
刻印サンプル01121の図案が目前に現れると、魔導鏡から純粋光が迸って、数秒後に途切れた。
「刻印が終わりました。皆様へ披露願います」
ざわざわと声が広がる。
「待ちたまえ。本当にもう終わったのかね?」
光学科長だ。
「はい。刻印の規模が小さいので」
なぜだ。憮然とされてしまった。
そんな受け答えをしている内に、助手さんが衝立を回り込んで魔石を外すと、もう1人に渡した。その間に新たな魔結晶を固定してくれる。外した魔石は、魔導学部長に渡った。
「むっ。光った。レ……ああいや、これは、魔術なのか」
学部長の手元で、チカチカと点滅している。僕の名前を呼びかけたな。
「はい。人間が触りますと時間を空けまして、1分間で5秒程点滅します。大学祭の展示品の応用です」
「そういうことではなくてだな」
「はあ」
「発動紋を刻印したのか、それを訊いているのだが」
いや普通、魔結晶に刻印するのは魔紋でしょう。
そう答えると、叱られそうなのでやめておく。
学部長が眉根を寄せて、拡大鏡で探している。
「はい。ああ、刻印した場所は……その向きですと左下の方です」
「ほう。ここかぁ。ふぅぅぅ。ああ、どうぞ」
魔石を隣に座った、光学科長に渡した。
次の魔結晶は、上ね。はい、はい。
「では、2つ目の刻印を」
さっさと終わらせよう。
「待ちたまえ」
「はい」
今度はなんだ? 学部長。
「魔石に刻印されている文章を、別の文章に置き換えは可能かね?」
「はい」
「ああぁ。公正を期すため、聴衆の皆さんから文案を挙げてもらいたいのだが。何かあるだろうか」
ふむふむ。
「では」
知らない若手の先生が挙手した、魔導学部じゃないな。
「人生は後ろ向きにしか理解出来ないが、前向きにしか生きられない」
何か聞いたことがあるような。
「おお、キルゴーの名言かね。どうかな?」
へえ。キルゴー、知らないな。
「はい。では、それで」
刻印図案の文字列を消し、新たな文章を上書きしていく。
……前向きにしか生きられないっと。図案を保存。
「では。刻印します……終わりました」
魔結晶の表面を、縦横に光点が走った。
何だか微妙な顔で助手さんが、2個目の魔石を回収していった。
受け取った学部長は、刻印した部位がすぐに見つかったようで、拡大鏡で一瞥すると隣の光学科長に渡した。
「確かに、先程の名言が刻まれている。間違いなく、ただいま刻印したことを認める」
再び、部屋を響めきが圧した。
光学科長が僕に向き直った。
「後程、わが学科で刻印の線幅について測定させてもらうが。拡大鏡を使っても微かに見えるか見えない位だ。この線幅がどのくらいか、わかっているかね?」
「はい。7マクメトほどのはずです」
「7マクメトだと!」
その声は、聴衆者席の後方、魔導学部の先生が並んでいる方からだ。
「ゼイルス先生。何かね?」
学部長が振り返った。ああ、ゼイルス先生だったか。
「いや、そのう……」
「信じられなければ、見てみると良い」
「はあ」
1個目の魔石が彼の手元に届く。
拡大鏡で確認している。
「ゼイルス先生が開発を進めている大型刻印装置での線幅は、どのくらいだったかね?」
「ぐっ……」
うなったままで答えない。
「代わりに答えます。40マクメト程です」
理工学科長だ。
「ほう、そうかね。世界最高水準と聞いていたが」
学部長が、こっちを見た。人の悪そうな笑みを浮かべている。うわっ、知っていて訊いたな。
線幅が40マクメトなら、熱で広がる分を逆算すれば焦点径は10マクメト程となる。少なくとも全て魔導具で実現できている条件で、世界最高水準というのは間違っていないはずだ。
わざわざ、焚きつけなくても良いじゃないか。
「学部長、よろしいですか?」
「なにかね」
僕に向かってうなずく。
「先程、お目に掛けた実験では、多くの制御に私が、つまり人間が介在しております。まだ道半ばでして……」
「研究段階と開発段階を同列に比べるな、そう言いたいのかね?」
「はい」
「君の言い分も一理あるね」
「失礼します」
ゼイルス先生は、隣に座って居た先生に魔石を押し付けると、教室を出ていってしまった。
†
「ふう。終わった、終わった。お疲れさま、レオン君」
検証会の後片付けが終わった。
「うん。なかなかよかったよ。私が居た周りの光学科の先生方が、みんな感心していたぞ」
「そりゃあ、そうなるに決まっている」
ターレス先生とリヒャルト先生は、満面の笑みだ。
「この忙しいときに、準備が大変だったろう」
「いえ。まあ、これをもらえたので満足です」
分光魔導具の出力波形を見せる。
「そうだな。論文に使えるな」
「はい。そのつもりです」
「それにしても、ゼイルス先生を庇うことはなかったと思うが?」
ターレス先生が真顔だ。
「いやあ、庇ったというか。先に釘を刺しておかないと、学部長とかに大型刻印装置開発を手伝えとか言われかねないなあと」
それは、後で考え付いたんだけど。ターレス先生とゼイルス先生は、過去に何かあったようだしな。
「まあ、それはないな。彼は断るだろう。誇り高いからね」
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訂正履歴
2024/12/04 脱字訂正。誤解を受けそうな点(ゼイルスと学部長)を加筆
2024/12/09 くどい部分削除
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (黄金拍車さん ありがとうございます)