161話 純粋光検証実験(上) 認定宣言
人前で実験したり、展示をすると緊張しますよねえ。でも嫌いじゃない(笑)
ここにいらっしゃったか。
61号棟1階の準備室に姿が見えなかったので、2階に上がりジラー研の教務室にやって来た。
「おはようございます。リヒャルト先生」
「うん。おはよう……あっ、早くはないな」
確かに、もうすぐ12時だ。1限目はもう終わりかけだ。
「レオン君は、実技以外の授業はほぼないからな」
「はい」
「それで、何か用かな?」
「論文の3章と4章を一応書き上げましたので」
先生へ原稿を差し出す。結構文量が多くなるであろう2章は、ターレス先生が書いてくれるし、1章を書くのは終章と同じく最後だ。
「えっ? 早くないか?」
「まあ、この辺りは、余り悩まず書ける所なので」
事実の羅列だ。2章とは違って、あれこれ調査する必要もない。
「そうかもしれないが。ほう。もう、複写してあるのか。2限の授業が終わったら、しっかり見せてもらうよ」
改造複写魔導具で印刷したが、筆圧は掛かっていないから肉筆には見えないようだ。検定試験以降、受ける必要がある授業がほぼ午後になったので、夜更かし出来るようになった。それで興がのって、3時くらいまで書いていた。
8時に一度起きて、朝食を取って1時間ほどまた眠ってから大学へ来たのだけど。
ん? 後ろの扉が開いて、ターレス先生が入って来られた。
「ふう。11月に入ったら急に寒くなってきたな。おお、レオン君。おはよう」
「おはようございます」
今日はどんよりと雲が空を覆っていて、陽が差していない。
「ん、それは?」
「例の論文の一部だそうです」
「ええぇ、もう書いたのかよ。ちょっと見せてくれ」
ターレス先生は無言でパラパラとめくって原稿を見ていたが。
「うぅ、レオン君は、論文を書くのは初めてだって、言ってたよな?」
「はい。そうですが」
いやまあ、怜央の記憶はあるけれど。
「あれっ。4章もあるじゃないか」
うーんとうなって、原稿をリヒャルト先生に戻した。
「初めて書くにしてはしっかりしたもんだ。私も2章をネジを巻いて書くよ」
「よろしくお願いします」
†
「レオン。参りました」
昼食後、リヒャルト先生が講師に昇進して、最近その後任となった助手のスニオ先生が実験室へ来た。ジラー先生が僕を呼んでいるとのことだった。
「こちらに来てくれ」
ジラー先生だ。彼は、この準備室が好きのようで、教務室やご自身の個室にはあまり居ない。
「ご用とは?」
「うむ。純粋光で刻んだ、この魔石を見せてもらったんだが」
この前の魔石を、持っていらっしゃる。
「はい」
「すばらしいできだ。正直驚いた。このように細い刻印は見たことがない。私はそう思ったのだがね」
何か雲行きが怪しいな。
「疑義を唱えた教員がいらっしゃる」
ん?
「疑義と仰いますと?」
ジラー先生が、眉根を寄せた。
「うむ。それがな。純粋光の発振については、この研究室の者に留まらず、学部長と学科長もご覧になった。だから疑いはないのだが、刻印については立ち会った教員がいないのでな」
ふーむ。
「つまり、何か他の手段で製作したのではという疑義ですか?」
「そうだ」
「僕が仮に偽りを言っているとして、どのような手段が他にあるのか。訊きたいものですが」
実現できるなら、別に純粋光でなくてもいいじゃないか。
「うむぅ。私もそう反論したのだがね。学問の立場だとそうも行かないそうだ。本当に純粋光で刻印したのであれば、簡単に証明できるのだから、学科長含めウチの研究室以外の教員が検証実験を実施すれば良いとの意見で一致してしまったのだよ」
簡単にとは言ってくれる。
「はあ。なるほど。僕は信用がないのですね」
論文の優先度はどう思っているんだか。
「そう、悄げることはない。卓越した技術には異議を唱えたくなるものだ」
ふん。僕に国家試験の学内1次試験を控えろと言っていたわりには、結構手間を取らせるんだなあ、学科長は。そう思ったのを見透かされたのか。
「ただ、同意したのは、君にとっても悪いことではないと思ったからだ」
「はい」
「純粋光の定量評価に協力してくれるそうだ」
おぉぅ。
それは良いかもしれない。脳内システムでの測定結果は表向きには使えないので、刻印の結果から証明しようと思っていたが。定量評価ができるなら、かえって手間が省ける気がする。なるほど。学科長も推したのは、そのせいか? 考えすぎか?
「わかりました。いつ、やればよいのでしょう?」
「うむ。あさっての午後はどうだろう」
「あさっては、授業がないので、承知しました」
†
2日後の午後。
53号棟1階の大実験場に、結構な人数が集まっていた。初めて来たなあ、この実験室。以前魔導鏡の反射率測定用の測定器を借りに2階には来たことがあるけれど。そう、ここは魔導学部ではなく、工学部の建屋だ。
それにしても、40人ばかりの人が、この部屋に居る。
ジラー研と魔導理工学科の学生と教員。それに右の方に並んだ椅子には工学部光学科の教員が何人も座っている。
こりゃあ、良い見せ物だな。
ターレス先生が立ち上がった。
「それでは、大勢の方にお越し頂いていますので、早速検証会を始めます。今回は2部構成とし、第1部を純粋光の発振、第2部を純粋光を用いた魔結晶の刻印についてとします。私、第1部の司会進行を務めます魔導学部のターレスです」
がんばれ、先生。
第1部は助手という立場で検証会に臨むことになったから、気が楽だ。
最初は全部助手になりそうだったが、それでは僕が蔑ろになるとターレス先生が難色を示して、第2部は僕が司会をやることになった。僕としては全部助手でよかったのだが。
「なお、本日は実験場と光学機器を貸し出して戴くとともに、測定にご協力をいただき、御礼申し上げます」
魔導分光器という測定器を貸してくれるようだ。
それは良いのだが、何でも不正防止のため、事前検証はやらせてもらっていない。ぶっつけ本番だ。
「では、純粋光発振の原理について簡単に紹介します」
先生が黒板の前に移動した。あらかじめ原理図が描いてある。
「魔導具の構成としては、反射鏡2基と増幅媒体1基です。他に必要な種となる光源は純魔術、また全体の制御も純魔術で構成しています。まず純魔術で発光した光は、媒体に入り一部が吸収されます。そして、さらに媒質に光が入射すると、一定の波長、一定の位相の光を出します」
特定の物体が光を吸収すること、後に徐々に発光することは、この世界の学説として知られていたそうだ。
「そして、この合わせ鏡となっている反射鏡の間を光が往復していく間に、増幅されて純粋光となる。これが今回の肝です。最後に一方の反射鏡から透過した純粋光が魔導具の外部に取り出すことができます」
そうそこに新規性があるそうだ。まあ、それは怜央の記憶にあった地球の技術情報から持って来たわけだが。
「それでは、検証実験を始めます」
ターレス先生が、僕の方を向いてうなずいた。
≪統合───純粋光:全制御起動≫
≪純粋光:発振 v0.9≫
≪純粋光:放出≫
僕から見て、右の方から低く響めきが上がる。
光軸の背景には暗幕が壁に張ってあって、太めに発振した純粋光が目立つ。そしてその先には、ガラスの三角柱が設置されており、30度程光軸を屈折させている。それでも壁に当たった純粋光は点でしかない。
分光されないということは、特定の周波数成分しか存在しないということ。響めいたのは、それを即時に理解した、主に右の方に座った方々、光学科の人たちだ。
それが、ターレス先生にも伝わったのだろう。笑顔だ。
「ご覧の通り、これが純粋光です。なお、これより分光魔導具にて定量的に測定していただきます」
魔導具設置に向けて、純粋光の放出を中断すると溜息が洩れた。
光学科の先生方が、木箱を持ってきた。あれが分光魔導具だろう。ふぅん、意外と小さいものだなあ。
机を持ってきて、さっき放出した純粋光の軸線状に箱を置くと、何カ所かの留め金を外して、木箱の上半分が取り除かれた。
すると中から透明の魔石が現れた。ああ、純粋光を入射させると言っていたのは、あの魔石のことか。専門の学科だけあって、いろんな設備を持っているなあ。
手を挙げて合図が来た。
統合魔術を再び、発振そして放出した。
ええと、少し位置が低いな。純粋光が50ミルメトばかり上を素通りしてしている
≪純粋光:屈折 V-1.4≫
狙い違わず、吸い込まれるように光軸が魔石に射した。そばに居た光学科の先生がうなずいた。測定してくれるらしい。
そのまま1分ほど待っていると、その先生が手を振ってきた。もう良いらしい。
≪純粋光:停止≫
ん。小さい紙が、分光魔導器の側面から吐き出された。
「皆様に、報告いたします。ただいまの実験で魔導具に入射した光は、波長622.5ナルメト。成分帯域幅は半値全幅にて0.15ナルメトです」
おお、脳内システムの測定結果とほぼ同じだ。紙を光学科の学科長の下へ持っていくと、受け取った彼は立ち上がった。
「まさしく、純粋光と認められました」
高らかな宣言だった。
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訂正履歴
2024/11/30 微妙に変更
2025/02/20 誤字脱字訂正、若干加筆(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/05/25 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)