160話 魔改造
日本人ならねえ……。
「オーナー! これは、なんですか?」
珍しく代表は、僕を詰問する調子だ。
「んん。何って、代表に買ってもらった書類複写魔導具……今は下半分になっているけれど」
排紙された紙を、手に取って見る。
うーむ。がんばれば、文字として読めるけれど。なんだか、脳内のエディタで見る状態に比べて、うねりと傾きが出ている。
自動補正しつつ再度印刷。
「それは、見ればわかるのですが」
ん? じゃあ、なんで訊いたんだろう?
代表は、眉根を寄せてあごに手を当てている。
扉をきっちりと閉めて、僕の横へやって来た。しげしげと、魔導具を見ている。
擦過音がして、紙が排紙された。
今度はどうかな。
おお、だいぶよくなった。もう少しだな。
「こっ、これは」
代表が、テーブルに置いた最初に印刷した紙を見ていた。
「これは。3章 研究の目的と目標? 論文ですか」
「そうそう」
「いっ、いや、おかしいじゃないですか。なぜ、半分になっている魔導具で複写できるんですか?」
鋭いな。
「それは、僕の魔術で」
「魔術……恐縮ですが、もう少しくわしく。私でも理解出来るように、おっしゃってください」
うーむ。納得していないな。その上、この人と出会ってから、1番鬼気迫る表情だ。
「簡単に言うと、この下半分を僕が乗っ取って、魔術で上半分の機能を代わりにやっているというわけだ。この、魔石に……」
「あのう。魔術の詳細は、ご説明いただいても理解できませんので、ご無用に願います」
「ううむ。じゃあ、もう説明することはないけれど」
「いいえ、肝心なことをおっしゃっていません」
ん?
「なぜ、そんなことをしていらっしゃるのですか? 単純にご興味があるからではありませんよね」
「なぜか、か」
どうも、ごまかせないようだ。そもそも、この人にうそをいうのは、長い目で見ればよくないと思われる。言わなくても良いことまで、言う必要はないけど。
「あぁぁ、僕の頭の中にある物を印刷したいからだよ」
「はい?」
代表が考え込んでしまった。
さすがにわからないか。補足をしようと思ったら、擦過音とともにまた印刷された。
ふむ。おおう、かなり改善されている。もう、完璧に近い。文字の並びにゆがみはなく、文字も鮮明だ。見た目はリヒャルト先生に渡しても問題ない印刷品質になっている。
───制御自動チューニングを終了します__イタレーション履歴3回
「あれ? ん? そっ、そうか」
代表の表情が晴れてきた。
「オーナーの頭の中! そういうことですか。魔導具の上部がないということは、複写をしているわけではないということですか」
「そうそう」
「つまり、この印刷されている文字は、本とか紙ではなくオーナーの頭にあったわけですねえ」
「正解」
理解してくれたようだ。やっぱり、代表は賢いよな。見た目が似ている母様も賢いけれど、彼女はなんというか怖ろしいほど勘が良い感じだ。だけど代表は、論理的で理学を積み上げて結論を出してくる感じだ。
「えっ? この文字が全部オーナーの頭に入っているんですか?」
「それは……まあ、僕が書いた文章だしね」
「いや、そういうことでは」
手を胸の前に持って来て、眉尻を下げている。
「文字だけじゃないよ」
チューニングも終わったし、他のもやってみるか。
何が良いかな。
†
───アリエス視線
こんなことって、ありえるのだろうか。わかっていたことではあるが、オーナーは常人ではない。
魔術と発想の天才。若く潔癖な男性。
そうは思っていた。だがそれだけではなかった。実に頭脳明晰だ。おそらく一般人とは隔絶した知性。
この文章……純粋光の研究に関する論文で、3章とあるが研究の目的と目標が書かれて居る。論文らしく堅苦しい文調だが、しっかりした文章だ。
こんなものを、一言一句間違いなく、紙一面の量で覚えられるのだろうか。
私には無理だ。
キアン様が買っているだけのことはある。
何者なんだ。この人は。
「ちょっと待っていて」
「はあ」
なんだろう。人類においては空前の事績を刻んでいるにもかかわらず、この人は軽い……いや軽やかだ。何から何まで、こともなげにやる。言い換えれば無邪気だ。
半分になってしまったが、もはや複写という枠に収まらなくなった魔導具が紙を吐き出した。
オーナーはそれを取り上げると、何度か軽くうなずいた。
「まあ、こんなものか。代表。これは誰か分かる」
そう仰って、紙を私に差し出す。
「はい」
むうぅ。絵?
「誰と仰いましたか」
「ああ」
派手なフロックに身を包んだ男性。両手を広げ片脚を曲げた体勢だ。
無彩色で描かれているが、躍動感がある。
「わかりますとも、サロメア歌劇団の男役。アデレード嬢ですよね?」
オーナーは微かに口角を上げると、うなずいた。つまり、最近の舞台の宙乗りの画像だ。いや。おかしい。
「それにしても、魔術以外にどれだけの才をお持ちなのですか?」
「んん?」
オーナーは、私が何を言っているのかわからないようだ。
「まるで写真のようですね。私、こう見えましても、美術は好きですから。わかります。銀板写真は撮影に相当な時間が掛かります。つまり、このような瞬時の動きを再現できません」
ようやく思い至ったようにうなずくと、オーナーは首を振った。
「ああ、いや。これはそういうものではなくて。撮した通り……いや、見たままの画像だから、別に僕が優れているわけでも何でもなくて」
「見たままが描けるのであれば、それは希有な才能だと思いますが。オーナーにしかできないことです」
「うーん」
話が通じないなあという風情で、額を指で押さえている。私は何か変なことを言ったのだろうか? いや、これを誰かに見せれば、皆そう言うに違いない。
「まあ。魔術だから」
おっと。オーナーを困らせてしまったようだ。
「もうしわけありません。素人が偉そうに申し上げました。でもオーナーがこの魔導具の下半分で何をなさろうとされているのか。理解できました」
「いや。代表が謝ることはないよ。でも、わかってもらえたのはよかった。そうだ」
「なっ、なんでしょう」
「これを、売り物にする気はないから。魔導具だけではできないからさ」
「もちろんです。オーナー以外の何人にもできないことは、承知しました」
「んん。まあそうなんだけどね。わかってくれてよかったよ」
なんとなく、皮相的には合っているという面持ちだが、オーナーはうなずいた。
†
───レオン視点
なんとか、代表もわかってくれたようでよかった。
これを事業にしましょうとか言われたら困るからなあ。脳内システムなしには成り立たない。
代表は、まだアデルの画像を印刷した紙を眺めている。
迂闊だったなあ。
それにしても、美術が好きなのか。
「代表」
「なんでしょう」
「さっき、美術が好きって言っていたけれど」
「はい。主に絵画を鑑賞するのが趣味です」
「そうなんだ。画廊とか?」
何度か瞬いた。
「画廊も好きではありますが、主には美術館ですね、月に1度は参ります」
「王立美術館とか?」
「ええ。よく参りますが。オーナーもお好きなのですか?」
「いやあ。僕はさっぱりだ」
手を出す。
「ああ、ありがとうございました」
名残惜しそうにしていたけれど、紙を渡してくれた。
そうか、王立美術館も行くのかあ……この前、イザベラ先輩に謝られたんだよなあ。学園祭で描いた僕の絵を、その美術館で展示することになったって。学部長が言っていた意味がようやくわかった。
学外でも見られるのは、気が進まないけれど。彼女の作品だし、致し方ない。
まあ、その絵が、僕と結びつかなければ、別に構わないか。
先輩に言われたときには、そう思っていたのだけど。
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訂正履歴
2024/11/27 誤字脱字訂正
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (asisさん ありがとうございます)