17話 特許明細書
今日は、祝日なので投稿します。
明細書。本当に回りくどいんですよねえ。
多分40歳位の男性が、教室に入って来られた。
今日の講師だろう。
「こんにちは」
立ち上がって会釈する。
「こんにちは、レオン殿。私のことはご存じですかな」
「いいえ」
初めて見る顔だ。
「サムエル特許事務所所属の弁理士アトンです」
「ああ、サムエルさんは、パーティーで会ったことがあります」
「そうですか。ところで、弁理士という職業をご存じですかな」
「特許を出願する時に、手助けをしてくれる人ですよね」
怜央の知識にもある。
そう。この人は、母様が言い出した魔灯の特許明細書を書け、つまり特許出願しろという指令を受けて、僕にそのやり方を教えに来られたのだ。
「はい。正しくは特許権だけではなく、意匠権、商標権、著作権。これらをまとめて知財、知的財産権と言います。これらを取得される場合や、その後の発明者もしくは権利者に代わって、知財ギルドへの手続きを行うのが主な職務です。それから、今日のように書類作成のお手伝いもいたします」
そう。ウチのリオネス商会出入りの弁理士が、サムエル特許事務所だ。秘密保持契約を結んでいるそうだ。
「なるほど」
知的財産権、知財ギルドと、ノートに書き込む。
「いや、しかし……」
「はい?」
アトンさんが、僕の顔をまじまじと見ていた。
「14歳の方に講義するとは思いませんでしたが、さすがは商家ですね。出願という言葉が出る辺り、それなりに特許のことは、ご理解されているようだ」
そう。小説などは書いた段階で著作権という権利が発生するが、特許の場合は考えたり作ったりしただけでは駄目だ。まずは公的に届け出することで始まる。それが出願だ。そのあとに審査を経なければならない。
「いいえ。知っているのは概念ぐらいです」
「ふむ。では、世の中に特許制度がなぜ必要なのでしょうか?」
これは知っている。
「はい。2つですよね。1つは、発明者と権利者に独占的な権利を与えることで保護して、技術開発の意欲を促進すること。もう1つは、新技術を公開させることで、情報を行き渡らせ、社会全体の技術開発を促進すること」
「おおむねその通りです。1つ目は特許出願の動機付けであり、2つめは国の目的です。ただ、これら2つは矛盾するところがあります」
そうだ、発明者に独占的な権利を与えてしまうと、社会全体の技術開発の足かせになるかもしれない。
「そのため、特許には権利期間を設けています。我らセシーリア王国を含む8国知的財産権条約加盟国が設立した知財ギルドでは、通常特許は登録から15年もしくは出願から20年の短い方としています。ただし、魔術特許は同じく20年と25年です」
そう。我が国の周辺は、まあ少なくとも表面上は平和な状況で、交易が盛んな7国といろいろな条約を結んでいるが、知財もそのひとつのようだ。
ちなみに期間の起算日が2種類あるのは、出願から権利が与えられる登録までの期間が、案件によってバラバラだからだ。長い場合、5年以上掛かることもあるってことだな。それは良いが。
「あのう。他に比べて、なぜ魔術特許の権利期間が長いのでしょうか?」
「それは、開発の難易度が高く、秘匿性が高いので、術者が抱え込みやすいからです。それから、魔道具や魔導具のように物になれば良いのですが、魔術士から対価を徴収するのは困難です」
「ほう」
そうだよな。魔術を使うところを、いちいち誰かが見張っているわけにはいかない。
「起動紋を記した羊皮紙や出版物には使用許諾料を賦課できますが、それで何人の魔術士が魔術を覚えるかまでは把握できません。そういった訳で、もともと魔術は論文や小説、演劇の台本のように著作権で保護しようという話もあったのですが」
たしかに著作物に近いよな。
「しかし、著作権にしてしまうと、権利期間が創作時点から著作者の死後70年と長いので、そぐわないという結論になり……」
そうか。創作時点にしてしまうと、そのまま秘匿して技術開発の促進効果が薄れるからな。
「……特許権に組み入れ、その代わり特別に期間を5年延ばしたという、妥協の産物です」
「わかりました。ありがとうございます」
「はい。では続けます。8国条約では先願主義を取っています……」
この後も、特許の仕組み、出願方法、明細書の書き方を講義して戴いた。
†
昼食後、明細書の文案を書こうと、自室に戻って机に向かう。
出願内容を、ざっとアトンさんに講義の後半に話した結果、公知例を調べる必要があるが、特許出願の価値はありそうだという見解だった。
作業としては、まず僕が明細書の例文を元に案を書く。その後、正式な申請書をアトンさんが書いてくれるそうだ。
まずはじめは、発明の名称……魔灯および魔束量可変術式と魔石っと。これはアトンさんと相談して決めてあった。
特許請求の範囲ねえ。革装丁の本に書かれた例文を読む。
うわあ。改めて見ると、回りくどい文章だなあ。でも特許の中身を厳密に書くことが第一だからなあ。しかたないか。今回のはこんな感じかな。
1.蓄魔力と発光と制御の各術式が記録された魔石と、前記魔石を支持するとともに建造物の壁面または天井面、床面に固定もしくは設置する構造物などからなる魔灯において、発光のために供給する魔束の量を複数段階もしくは無段階で連続的に変更できる手段を持つことを特徴とする魔灯。
2.魔圧を断続的に印加し、断続の時間的な割合を変更することで、平均的魔束量を調整できるようにした魔束供給術式ならびに同術式を記録した魔石。
3.特許請求範囲1の魔束量変更手段は、特許請求範囲2に記載の魔束供給術式および魔石であることを特徴とする魔灯。
4.魔灯の点灯時の魔圧印加量を安定時の半分以下とし、随時安定時量に漸近させることによって、魔束量を滑らかに安定時の量に変化させることを特徴とする特許請求の範囲2記載の魔束供給術式および同術式の魔石を搭載したことを特徴とする特許請求の範囲1および3記載の魔灯。
5.魔束印加量は、発光部の温度と所定の温度目標値の差分に基づき逐次変更することを特徴とする供給魔束量可変術式。
6.平均的な魔束量を段階的に変更する手段によって、発光量を複数段階もしくは無段階で連続的に変更できることを特徴とする特許請求の範囲2記載の魔束供給術式および同術式の魔石を搭載したことを特徴とする特許請求の範囲1および3記載の魔灯および魔石。
7.発光魔石内のフィラメントを並列に魔束供給術式と接続する、もしくは個別に魔束供給術式と接続することで、それぞれの原色フィラメントに印加する魔圧量を調整できることを特徴とする範囲1および3記載の魔灯。
まあ、こんなものかな。
発明の作用か。
断続的な魔束の印加により、発光魔石に多段階の平均魔束量の供給が可能となる。
そう。
魔術者は、魔術に供給する魔圧を感覚で増減できる。しかし、蓄魔石はそうではない。魔圧を印加する、しないの切り替えは容易だが、その中間値を印加するのは難しいのだ。
点灯時には印加魔圧を抑制することにより、突入魔束を発生させず、滑らかに魔束を増大できる。
また、魔石の初期温度によらず突入魔束を抑制できるので、発光魔石内のフィラメント切断可能性を低減できる。
魔束の断続的印加における時間割合の変更により、発光量を多段的に変更できる。
点灯時の印加魔束の周波数は、およそ1秒当たり60回以上にすることで、断続的なちらつきを一般的な人間には感知できないようにできる。
うんうん。良い感じだ。
発明の効果。
作用は現象を書き、効果は利得を書くところだ。
(1)発光魔石の寿命を延ばすことができる。
(2)使用者の意思に合わせた、部屋の明るさを提供できる。
(3)低発光量で済む場合は、蓄魔力魔石の容量を低減できる。
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†
「母様、失礼します」
夕方、母様の手が空いているとメイドに聞いたので、部屋にやって来た。
「レオン。弁理士さんの講義は受けたの?」
「はい。午前中に」
「そう。内容は理解できたの?」
「まあなんとか」
母様は、ほほ笑んでうなずいた。
「それで、なにかしら?」
「魔灯の明細書が一通り書けました」
「なんですって?」
「あっ、いえ。明細書の文案が書けたので、母様に視てもらおうかと」
美しい眉根が寄った。
いやあ、母様の表情、迫力があるよなあ。これをされるとメイドたちは震え上がるようだ。
「見せてみなさい」
「はい」
便箋を糸で綴じた冊子を渡す。
「まあ……」
母様は、冊子をぱらぱらとめくりつつ嘆息した。
「はあぁぁ」
また溜息を吐いた。最後までめくり終わって、また1ページ目に戻った。
「最初から最後まで、レオンの癖のある文字だわ。本当にひととおり書いたのね。まったくレオンは自分の興味があることには、突っ走るわねえ。それ以外のことも少しはがんばってくれると良いのだけど」
うっ。褒められたと思ったら、お小言だった。
それから、母様は15分ぐらい黙って冊子を読んでいた。
「ふう」
おっ、読み終わった。
「どうでしょう?」
「ふむ。文案なんだから、ここまで書く必要はないわよ。弁理士に楽をさせてしまうわ」
「と、いうことは?」
「問題ないわ。まあ申請書類にはいくつか書き足しが必要でしょうけど、文案としては十分だわ」
「よかったぁ」
「それにしても、あなたは明細書を書くのは本当に初めてなのよね」
「はっ、はい」
母様は、少し疑わしいという目で僕を見た。
僕は初めてだ。うそは言ってない。怜央は学内ベンチャーのバイトで書いたことがあるようだけど。
「いいわ。明日執事と一緒に、特許事務所へ行ってきなさい。それまでに、支配人に特許権譲渡書を用意させるから、署名しなさい」
「わかりました」
翌日、署名した譲渡書には、破格だろうと思う、特許収入の8割が僕の物になると書かれていた。
「それと、出願してからで良いから、昨日より光量を増やせる試作品をいくつか作ってもらうわ」
「わかりました」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
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補足
先願主義:発明の時期にかかわらず基本的には出願の時期が早い方が権利を与えられる仕組み(例外もあり)
先発明主義:発明の時期が早い方に権利を与えられる仕組み。争いになった場合は発明の時期を証明する必要あり(地球では近年までアメリカが先発明主義だったが、2013年に先願主義に変更された)。
訂正履歴
2023/10/10 アトンが褒めた根拠を加筆、補足追加