157話 刻印の行方
能力を誇ろうとすると、遊びに見える。
リヒャルト先生に呼ばれて、1階の準備室にやって来た。
「おおい、ここだ」
奥の方にあるベンチが並んでいるところに、ジラー先生がいらっしゃった。
「まあ、座りたまえ」
「はい」
腰掛けて話を待つ。なんとなく良い話ではなさそうだ。
「うむ。話は他でもない。来年の魔導技師国家試験に先だって、1次試験学内検定が12月にあるが……」
「はい。願書を出しました」
合格すると、国家試験の同試験が免除になる。なかなかの恩典のようだが、違うそうだ。そもそも同試験の受験者数は多いが、合格者は100人中5人程度と低いらしい。主催としては、その選抜の手間を外部組織に負担させたいのだそうだ。
「うむ。ウチの研究室分を取りまとめて学科長に出したのだが」
珍しく渋い顔になった。
「なんでしょう」
「ふーむ。学科長が、君の受験は控えたらどうだろうと言って来られたのだ」
「えっ」
学科長!?
「ううむ。君の腕だ、まあ実技試験は、現時点で受けても問題ないとは思うが。学科試験がな」
「合格が難しいということですか?」
「そうは思わないが、受験に際して勉強をする時間が必要だろう」
「それは、まあ」
魔術だけでなく法律関係も覚えることはある。その授業は受けているが。
「この先は、学科長は口にはされていないが、どうも国家試験よりは論文を書くことに注力してもらいたいらしい」
「ええ?」
僕じゃなくて、リヒャルト先生だ。
「そこまで、論文を優先させなければならないのですか?」
「リヒャルト君。君がそこまで怒ることはない」
「それは……そうなのですが」
険しい表情で先生がこちらを向いた。
考えたくはないが。魔導学部としては、学術的な成果を上げたいのだろう。特に理工学科は、例の研究で予算が厳しいようだからとは、ミドガンさんからの情報だ。
それはともかく。僕はどうするべきか。
最悪、学内検定を受けなくても、1月の一般試験は受けられるが。
「先生はどうお考えでしょうか?」
「私か。伝えるべきは伝えた。選択は、レオン君。君の考え次第だ」
おおぅ。
「わかりました」
「ん?」
「もう少し追試験をやりたいところですが、現段階でも論文に着手できます。11月末に完成を目標に進めます」
「おお」
「そして、学内検定も受検します」
「おお?」
「いいのか? レオン君。10月末の修了検定も受けると言っていなかったか?」
「もちろん受けます。それに合格しないと、授業を受ける量が増えて、論文を書く前提が崩れますので」
両先生が顔を見合わせた。
刻印実習室に戻って、装置以外の後片付けをして大学を出た。
忙しくなった。
成算はなくもない。とりあえず学力修了検定については、教養科目がほぼなく専門科目ばかりだからな。
魔導技師の検定も、実技は自信があるし、学科試験は12月に入ってからがんばるとして。当面は論文だ。
この段階で、曲がりなりにも魔結晶に刻印できたのは大きい。11月末の段階での理論面記述の完成度がそれなりでも、成果の一部前倒しを示して妥当性が担保できるとなれば、査読する側も態度が変わるはずだ。いきなり却下するのではなく、加筆修正を求めるだろうから、査読に時間が掛かる。
われながら、あくどいやり口かもしれないが、時間を稼ぐにはやむを得ない。もちろん完成度はできるだけ高めるが。
†
翌日。
ジラー研究室の教室が空いていたので、ターレス先生とリヒャルト先生に論文作成の相談を始める。
「やあ、昨日は大変だったみたいだな。リヒャルト君に聞いたが、来月末までに論文を書き上げると、ジラー先生に宣言したそうだが」
ターレス先生は不在だったからな。
「はい」
「全く学科長にも困ったものだ」
「まあまあ。先生」
もう一人の先生がなだめる。昨日は自分も怒っていたのにな。
「それで、一応論文の骨子を作ってきました。たたき台ですが」
2人に渡す。
「ふむ。背景、従来技術、本研究の目的と目標、純粋光の発振方法、光誘導増幅について、媒質について、反射鏡について、純粋光発振の結果、魔結晶ヘの刻印の結果……ん?」
ターレス先生がこちらを向いた。
「魔結晶への刻印の結果とあるが。それも含めるのか?」
「はい」
「ふむ。いささか、欲張りすぎじゃないか? そりゃあ。入れられるに越したことはないが。今から刻印を試すこと前提で組み立てるのは……」
「ん?」
「ん?」
リヒャルト先生を見る。
「あっ!」
「どうした?」
「そういえば昨日刻印したって、レオン君が」
「おいおい、聞いてないが」
リヒャルト先生に詰め寄る。
「いやあ、それがですね。いろいろありまして」
「刻印したものは、これです」
「はぁあ?」
昨日の魔結晶、まあ一応魔石になっているけれど、それを取りだして渡す。
「もう、刻印できたのか?!」
「ええ、まあ」
ターレス先生が、渡した魔石を魔灯に翳す。
「この白いところか?」
「はい」
「ふーん。すごいな。確かに刻印できている。その時を見たかったなあ……」
魔石を横で見たそうにしている先生に渡した。
「この白い線ですよね。へえ。これが。意外と太いですね。もっと細くて目に見えないぐらいかと」
魔石がターレス先生に戻る。
「いやいや。確かに0.1ミルメトぐらいはあるだろうけれど。第1弾は、これ位で良いだろう。徐々に細くできますと言う方が」
「なるほど。そうですねえ、その方が」
あれ?
「あのう。これを」
「ああ。これで視ろということか」
拡大鏡を渡す。
「ん、なっ!」
息を飲んだ。
「ターレス先生?」
「うわぁ、この線は1本じゃなかったのか。信じられん。ああ、君も、こっ、これで見てみろ」
顔が紅い。
「ええ?」
そう。0.1ミルメトの線は、それよりはるかに細い線をたくさん束ねて描いた物だ。
1本1本の幅は数マクメトの線を、同様の間隔を空けて平行に数十本引いたことにより、全体では太く見えるのだ。
「いやあ……細い線がたくさん刻まれているとは。これは、明日ジラー先生へ1番に見せないと……んん。なんか少し離れた所に。なんだこれ、文字? 文字だ! さ……サロメア大学魔導学部魔導理工学科ジラー研究室」
「なんだと、ちょっと見せてみろ。ああ、これか。本当だ。紀元490年10月13日。昨日の日付けか。それとトードウ商会か」
「ええ」
その通り、文字も刻印してみた。エングレーブ・スタジオとマクロコマンドでつなげて、まだ低レベルだが半自動で刻印できるようにしてある。そうしないと、こんなにたくさんの線を平行に引けないからな。
「これは本学というか、わが研究室で確かに刻印した証明になるな。文字の大きさは?」
「ああ。ざっと高さで30マクメト程です」
「それって、世界最小の文字じゃないか? 髪の毛よりはるかに細い」
それは考えてなかった。
「ふむ。これは、学科長に見せたら、小躍りしそうだが」
「でも、考え物ですよ。また、別の無理難題が飛んできますよ」
「そっ、そうだな。ジラー先生には報告するとして、学科長には……」
黙っているつもりか、いいのかなあ?
「おっと、だいぶ話が逸れたな。論文の章立てだったな」
「はい」
「魔結晶ヘの刻印の結果、結果のまとめ、研究の意義、今後の展望、所感、謝辞……うん。いいんじゃないか」
「そうですね」
「わかりました」
よしよし。
「じゃあ、2章の背景と従来技術のとりまとめは、私の方でやらせてもらおう」
「ターレス先生。いいんですか?」
「この状況で、連名に入れてもらうのだからな。それぐらいはな」
「はい。助かります」
「えっ。じゃあ、私は何を」
「そうだなあ……」
リヒャルト先生には、僕が書いた論文を素早く査読してもらい、第三者が理解出来る文章か判定してもらいつつ、内容を調整していくことになった。
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訂正履歴
2024/11/16 微妙に加筆
2025/02/20 表現訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/26 表現変え (碧馬紅穂さん ありがとうございます)
2025/04/30 誤字訂正 (とんぼさん ありがとうございます)