156話 見解の相違
何事も見解の相違はあるもので……
「はあ?」
「あら、聞こえなかった?」
なぜだか、カタリーナ嬢がしたり顔だ。
「聞こえている。だが魔術を教わるなら、技能学科に先生方がいくらでも居るだろう」
「もちろん。大学では彼らに教わるわ。私が言っているのは家庭教師よ」
家庭教師……。
「ふーん。レオンは高いわよ。それと交渉は私を通してね」
「「「はっ?」」」
「ああ、ベルのことは無視してくれ」
「そう。あなたがベルティア・メディウムということは、こっちがクラウディア・ラーセルね」
うわっ、この短時間で調べたのか? 少し薄気味悪さまで感じるな。
「先に言っておく。家庭教師の件は受ける気がない」
相手が貴族であっても、領主とその住人の関係でなければ、法的には言うことを聞く必要はない。
「さっき女子と間違ったことは謝るわ」
「いや。そういうことじゃなくてだな」
「そう。まあ、そうよね」
ん? いやに簡単に納得したな。僕が断ることは想定通りか。
「じゃあ、あの衝撃弾を一気にたくさん発動する術式というか起動紋。私に売ってくれない。あれは見たことがないし」
ガガッと椅子がいくつか音を立てた。
やっぱりまわりはこちらを気にしていたのだろう。
「ちょっと、声が大きいわ。知らないの? 学生間で非登録術式のやりとりは禁止よ!」
「ええ、そうなの?」
「いやいや。初回の説明会の時に、規則の冊子をもらったでしょう」
「んんん。読んだわよ、途中まで」
へえ。技能学科は初回にもらうのか。
「ちょっと、ちゃんと全部読んだ方が良いわよ。痛い目を見る前に」
「わかった。そうするわ。学生間で駄目なら、先生を通せば良いってことね」
「まあ、それなら」
別にかまわないけれど。
「うそ!」
「えっ、そうなの?」
ディアとベルの方が反応した。
なぜか2人がきつめに俺を睨んでいる。
「わかったわ、じゃあ、先生に相談する。ありがとう」
上機嫌になったカタリーナ嬢は、立ち上がると手を振って離れていった。
静かになったので、食事を再開する。
「ふぅぅむ。やっぱり男ってのは、若い娘の方が好きってのは本当だったのね」
ん? 何を言い出した、ベル。
「ん? まあ、そうかもしれないわね」
ディアも同意か。彼女たちの顔を見ると、何だか怒っているようだ。
ふむ。若い女かあ、どうだろう。
年齢は余り関係ない気がするのだが。アデルは好きだけど、好きになった人がやや年上だっただけだ。
「ええと。さっきの話。気に入らないのか?」
「気に入らないわよ。ちょっとかわいいからって、あんな新入生にデレデレして!」
そうかなあ。2人の方が、よっぽどかわいいと思うけどな。
「いや、ベル。レオンはデレデレはしていないぞ」
「ふん。デレデレはしていないか。でも許し難い!」
「ええと。気に入らないのは、魔術を譲ることと、それがあの新入生だったことの、どっちなんだ?」
「「どっちもよ!」」
即答か。
「とはいえ、そう簡単には行かないと思うけどな」
「ん?」
「なにが?」
「教育機関で、新規に登録する戦闘用魔術というのは、結構審査が厳しいそうだし」
安全確認に時間が掛かるし、起動難度が高すぎると登録されないとなんかで読んだな。
「へえ……」
「たしかに」
†
午後。刻印実習室。個室にこもる。
いよいよ、純粋光で魔結晶に刻印を試す。
本来なら種光源とその冷却の魔導具化から、段階を踏んで進めたいのだが。結構時間が掛かるし。論文を書くとなると、単に純粋光を発振できました……ではなく、刻印できましたという段階まで持っていきたいからな。
純粋光の発振は大きな目標だし意義深いが、あくまでも通過点だ。
さて、始めよう。
応用実験については、僕ひとりでやっていいと、許可はもらっている。
まずは未使用の魔結晶を、軸線上の保持器に挟み込んで固定する。
道具立てとしてこれまでと違うのは、複合魔導レンズ群を追加している。この機能は光軸の屈曲と集束だ。
魔結晶に魔紋を描く訳だから、純粋光を2次元的に掃引する必要がある。屈曲は光軸を曲げるための機能だ。
集束は、純粋光に焦点を結ばせる機能だ。
現状、純粋光の幅は、0.05ミルメト程度。先生方に細いとは言われては居るが、およそ髪の毛の太さ程もある。もう少し細く発振はできるが、種光源からの純粋光への変換効率が悪くなるので、現段階ではこのあたりが妥当だろう。
当然ながら目標とする焦点径は、刻印魔術の現状の限界である0.01ミルメト以下だ。とはいえ、そのわずかに下回る程度では新規性や進歩性が認められないだろう。未発表の技術で細くなっている可能性がある。それを考慮すると、せめて1/2にしないとだめだろう。そうなると0.005ミルメト、つまり5マクメト(=5μm)か。発信器の外で、1/10程度には集束する必要がある。
(注:1メト≒1m,1メト=1000ミルメト,1ミルメト=1000マクメト)
当然ながら、今のところ複合魔導レンズ群の制御も、魔石ではなく僕が自らやる必要がある。
まあ、最近使えるなあと思っている魔術群の統合があるから。さほど負担でもないけれど。
≪統合───純粋光:全制御起動≫
≪純粋光:発振 v0.7≫
≪純粋光:掃引 水平速度1≫
屈曲センサーの角度フィードバックが綺麗なのこぎり波を描く。
よし。
≪純粋光:掃引 垂直速度0.01≫
こっちも問題なしだ。
やって見るか。
≪純粋光:放出≫
≪純粋光:停止≫
左から右へ光点が走った。
おおぉぉ。良い感じだったが。線は引けたというか刻印できたのかな?
ええと。肉眼では何かあるような、ないような程度にしか見えない。脳内システムの機能で拡大してみよう。おおっ。魔結晶に、綺麗に白く線が描かれている。
焦点径は直接測れなくもないが、刻印された線幅から逆算するのが一般的だ。
線幅は……むう。20マクメト、いや15マクメトってところだな。
ちなみに焦点径と、刻印された線幅は同じではなく、後者が太くなる。光を受けて魔結晶が変性した分だけでなく、光による熱が広がって変性した分があるからだ。よって刻印された線幅は、焦点径の3倍から5倍になる。
3倍として逆算すると、焦点径は5マクメトか。さほど調整していないのに、いきなり目標値に達した。さすがは純粋光だ。でも、もう少し余裕が欲しいな。
光量をもう少し弱めて、掃引速度を上げよう。
≪純粋光:掃引 水平速度3≫
≪純粋光:放出≫
≪純粋光:停止≫
おお、速くて焦った。
拡大して……ん? どこだ?
視界を動かして探す。あった、あった。
線幅は7マクメトってところだな。焦点径は太めに見ても3マクメトを下回るはずだ。
とはいえ、思ったより細くならないな。熱の問題だろうなあ、きっと。
今のところ光量はこれ以上絞るのは不安定になる。掃引速度を速くするのは厳しいなあ。直線を引くぐらいなら問題ないけど、魔紋を描かせるには光点動作の位置精度が悪化するだろうなあ。
やっぱり、あの技術が必要だろうな。試したいところだけど、今のところ制御ソフトができていない。
それは下宿に帰ってやるとして、できることをやるか。
†
個室の扉が叩かれた。
振り返るとリヒャルト先生が覗いてる。
「なんでしょう?」
中断して扉を開ける。
「探したよ、レオン君。ジラー先生が君を呼んでいるんだけど。今は大丈夫かな。何か実験をやっていた?」
「はい。魔結晶に刻印を試してました。後で見せます」
「ええ? そういうことは立ち会わせてほしいんだけれど」
なんだか不機嫌そうだ。
「いや、応用実験は、僕だけでやって良いと……」
「それは、応用じゃないって」
あれ。見解に相違がある。
「そっ、そうですか」
ちょっと顔が怖い。
「済んだことは仕方ない、次は頼むよ」
「はい」
「ともかく、準備室へ行こう」
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訂正履歴
2024/11/13 誤字訂正、一般の刻印魔術の線幅の記述削除
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)