154話 多人数魔術戦闘競技会(3) 偽りの愚策
やっと風邪が治ってきました。皆さんもご自愛ください。
40分余り待たされて、ようやく各組の予選が終わった。
敗退者は、競技をする輪から離れて遠巻きに見て居る。
つまり、僕のように輪のそばに居るのは、予選を勝ち抜けた本選進出者だ。ざっと70人ぐらい居そうだ。
「あの1年生。勝ち抜けたみたいね」
ディアの指した先に151番が居た。
「何かこっちをにらんでない?」
ベルが人の悪そうな笑みを浮かべる。
2人がここにいるのは勝ち抜けしたからだ。めでたいね、負けると冒険者ギルド活動が自粛に追い込まれるかもしれないからなあ。
こんな軽口を言えるぐらいだ、気が楽になったのだろう。本選以降は勝たなくて良いからな。
「にらんでいるわね、レオン。カタリーナ嬢に何かした」
そうそう。そんな名前だった。
ベルが人の悪そうな笑みを浮かべる。
「いや、別に」
「本当?」
「本当さ。衝撃弾を当てたぐらいで」
「なっ、何を言っているの。それよ。あれは根に持っているわね」
「……そんなことで?」
根に持つかなあ? 試合中の話だし、彼女も勝ち抜けているじゃないか。
「そうだって。出場任意の1年生がわざわざ出てくるぐらいだから、よほど自信があったんじゃない? それが自分が女だと間違えた男にやられるなんてねえ」
ベルの言葉には悪意があるけれど、的も射てる。後から考えると、結構正しいことが多いんだよなあ。
あれ?
「先生が指揮台に登ってるわ」
台上に拡声魔導具を置いた。
「静粛に。マルビアン教官から重要な連絡があります」
なんだろう?
教官が登ってきた。
「連絡する。本日の競技会は終了時間の都合により、本選は各自3試合を以て終了にする」
へえ。予選に時間が掛かっているからなあ。
いますぐ終了にしてくれないだろうか。
「したがって、競技内容を若干見直す。競技人数を1試合当たり7人であるところ、13人として実施する。なお1試合当たり勝者2人については変更しない。1勝した者はそれで競技終了だ。以上」
「はっ?」
質疑はなく、そのまま教官は指揮台を降りた。その直前に、僕の方を見てニヤリとしたような気が。
いやいや。ちょっと待て。
13人?
他の競技者全員へ一気に衝撃弾を当てる僕の戦術には、思いっきり影響が出る。的が6から12に倍増するじゃないか。攻撃魔術の並行発動数を増やす必要が……どう考えても、僕を狙い撃ちにした変更だ。
いやそれより。
目を瞑って、競技の状況を想像する。
半径10メトの輪だからおよそ300平方メトに13人。
等間隔でも、ざっくり5メトおきに選手がいる計算だ。当然人間がやることだ。そんなふうにはならない。ばらついて、的同士の距離はもっと短いだろう。
現在、発動紋の位置は地面から0.7メト。つまり胴の高さにしている。なぜならば、発動紋から見る、直立する人間の立体角が最大だから。つまり、衝撃弾が命中する期待値が高いからだ。
しかし、ここまで的同士が近いと、別の問題が生じてくる。発動紋が、人体に重なる可能性が高い。
まずい。
発動紋が空間中にあるときと、何かの物体中にあるときでは、発動の基準となる固有周波数が変わるのだ。発動紋を術者の近くに置く一般術者には問題ないが、的の近くに置く僕にとっては、問題大ありだ。理論上発動は不可ではないが、周波数特定に時間が掛かる。
くぅ。発動紋を自分の近くに戻すか。
しかし、それではあの教官の思うつぼのような気がする。位置を戻しても競技には勝てるかもしれないが。制御技術者としては敗北だ。それは癪だ。
ふむ、そうだな。
予選の勝ち残りで既に目標を達している。もう冒険者ギルドの活動に支障は出ない。つまり、本選は戦わざるを得ないが、負けてもなんら痛くはない。いや、衝撃弾を受けたら真の意味で痛いかもしれないが、そんなことは制御技術者としての敗北に比べれば何ほどのことはない。
「ねえ」
「ん? なに、ディア」
「レオン、すごい顔してるよ。怒っている?」
「ここまでやられるとね。勝ちたくなってきたよ」
「あっ」
ベルの声に首を巡らすと、110番のゼッケン。軍の体操着を着た中尉がこっちへ歩いてきた。
何の用だ?
明らかに僕を睨んで、近付いてくる。
おいおいディア。彼女は一歩前に出て威嚇を始めた。僕たちに中尉が何かするとでも思っているのか?
彼はディアを無視だ。そのまま僕の横を通り過ぎ……ることはなく。横で減速した。
「こちらを向かず聞け。先輩たちが狙っているぞ、おまえを」
むっ。
彼の意が伝わったので無表情を貫く。
異分子である僕を排除すべく、やって来そうなことは承知しているが───なんだ。
僕の反応を聞くことはなく、加速して通り過ぎて行った。
「ふん! 自分はそういうことに与しないぞって宣言? あいかわらずキザなやつ」
ベルが吐き捨てた。
キザねえ。誇り高いだけのような気もするけど。立場が違えば見方も変わるか。
とはいえ、かばってやる義理はない。
数分後、本選第1試合の13人が発表されたが、そこに僕は含まれていた。
その中にディアもベルも居なかったが、あの1年生が居た。あと中尉も。
「がんばれ! レオン」
「あんな、キザ野郎に負けるなよ!」
勝つかどうかはともかく、僕のやりたいようにやらせてもらおう。
†
「いよいよ、本選か。だが、なぜ1回戦止まりにしたのかね? エドワード」
教練場を見下ろす窓の前で、壮年の男は軽く振り返った。その先───
「この1試合で、本日の競技会。その目的が達せられるからです」
「1試合?」
「第2試合以降の実施は、教育機関の義務というべきでしょうか」
「110番とぶつけることが目的か」
「はい」
「第1戦始まります」
「測定開始」
6735教室内部が仄青く光り、うなりを上げた。
†
「本選第1試合。出場者は輪の内へ。開始20秒前。すべての魔術を停止!」
審判が手を挙げた。
僕は2人から離れ、輪に近付く。全体が見渡せるように、境界から少しだけ離れた所へ位置取る。
中尉もやや端。カタリーナ嬢は、僕の反対側か。あとの10人はゆっくりと輪の中程に入った。今のところ何をするでもないが。顔が見える範囲では、同級生は居なさそうだ。たぶん3年生ばかりだろう。
「10秒前!」
ん?
やや間隔を空けて中央に広がった集団が、明らかに集まっていく。
なんだ?
密集隊形だと───
「始め!」
正気か!
大部分の選手が、さらに中央に密集した。
狙いがわからないが、対策は必要だ。術式を一部変更。
≪統合───≫
予選の時と同じように、一部の発動紋が高さ1メトに発現。分布は密集隊形を取り巻くように。
ファランクスという言葉が過る。この陣形のことだろう。
彼らは障壁魔術を起動。
遅い!
≪プラクティス:発射≫
6つの発動紋が白くけぶり、衝撃弾が密集へ殺到。
手応えあり。
魔弾の術式に対して密集は愚策。的が大きくなるだけ、むっ!
これが狙いか───
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2024/11/06 誤字訂正
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ヤヒロさん ありがとうございます)