153話 多人数魔術戦闘競技会(2) ジラー研の奇才
二つ名には縁がないです。
「閣下。始まります」
「むう」
教練場を見下ろす67号棟3階6735教室。
練兵場に設えられた4つの輪で、主審が手を挙げたのが窓から見えた。
サロメア大学魔導学部魔導技能学科のほとんどと、一部の同魔導理工科の学生を集めた多人数魔術戦闘実習が開始された
「魔力増大率が!」
背後の職員が悲鳴めいた叫びを上げる。
「なっ」
北西の第3コートでは、異変を招来していた。
輪の中が白い靄に包まれたのだ。やがて視界を遮っていたものが風で流れると、ある者は地に倒れ、ある者は跪き。ほとんどの選手は立っていなかった。
「一瞬で……何が起こった?」
焦った学科長の声が響き渡る。
「よく見ろ、1人立っているぞ」
「163番。女子なのか」
「いいえ、閣下。彼は女子ではありません。理工学科2年のレオンという男子です。髪が長く紛らわしいですが」
「男女はともかく、理工学科なのか」
「学科長。分かりました。開始約2秒で、衝撃弾が発動。それが6人に直撃しました」
「2秒?! それに6発も連射だと?! すべて彼が発動したのか?」
「お言葉ながら……あれは連射ではありません」
学科長は声の方を見た。自分の部下ではない、理工学科の教員。
「どういうことだ?」
「あれは、並行して6発の攻撃魔術を発動したのです。加えて防護魔術も発動しております。信じられないことですが───観測結果がそう示しているのです。さすがはジラー研の奇才……」
学科長の眉間のシワがいよいよ深くなる。
「確かか?」
「はい。それと発動紋の距離が術者から5メト以上離れています」
「バカな」
「速すぎて見えないと思ったが、そういうことか」
学科長も学部長も苦虫を噛み潰したような面持ちだ。
「ふむ。的と発動紋が近ければ、当たりやすく避けづらい。理に適っている……ん、他の術者は、なぜそうしない?」
「閣下、それはですね。ああいや……ミディール先生、専門の君から説明してくれたまえ」
「はっ、はい。端的に言えば理に適う、それは間違いではありません。ただ、そうなりますと、術者は的に合わせて発動紋の方向と位置を操作する必要があります。魔術の発動の難度は、可変量が多くなると飛躍的に上がります」
「つまり、彼がやったことは、他の術者にはできないと?」
「はい。前代未聞です」
学科長は、なぜか忸怩たる面持ちを浮かべた。
「ふむ。163番の名はレオンだったな」
「はい」
閣下と呼ばれた男が振り返り、手を伸ばすと随行の1人が冊子を渡した。
「王宮から、こんなものが出ておる」
「王宮……拝見します」
学部長は、冊子を受け取ると、一瞬目を見開いた。
†
───レオン視点
「始め!」
審判の右手が挙がった。
≪統合───プラクティス≫
≪プラクティス:照準≫
体中が沸き立っていく。
多数の魔術が発動、視界が半透明になり黄色い四角が散らばる。そこへ赤い丸が、瞬く間に重なっていく。
≪盾≫
≪プラクティス:発射≫
コートの中が白く煙り、破裂音が連なった。
立ちこめた靄が流れると輪の中に居た連中が、倒れるか膝を突いていた。
どよめきが起こったが、他のコートはまだ戦闘中だ。
なんだ、僕への攻撃はなしか。
≪リィリー:盾≫
気合いが抜けて、低級盾魔術を破棄する。
「中断、中断だ。魔術発動停止! 一時審議する」
輪の外に居た3人の審判が割って入ってきた。中心に寄っていき、何だか俺を睨んでいるな。
「痛ぁあ……あなた、何をしたのよ!?」
3メトばかり前で、尻餅をついている女子が喚いた。
「なにって、衝撃弾を撃っただけだが」
そう。多数の衝撃弾を撃つために作成した自動化統合魔術は使ったが。
か細い腕が差し出されたので、歩み寄って彼女を引き起こす。
首から提げた魔導具が点滅している。
「ふん。まったく。さすがは2年の戦姫2人……3人組。うわさ通りだわ」
「どんなうわさかは知らないが。僕は男だ」
「へっ?」
彼女はやや引き攣りながら、自らの右手を見た。そして、僕の顔と行きつ戻りつしているが。徐々に顔が険しくなって。
はっ? 貴族の未婚女性の手を触ると罪に問われるとかないよな?
いや、そもそも手を伸ばしたのは彼女の方だ。僕は悪くないぞ。
「不正は認められなかった!」
ん。
審判。振り返ると旗を振っていた。
「試合終了! 163番以外を敗退とする。各人は次の戦闘に備えなさい」
「あ、あぁぁ」
ひとつ終わった。
151番が僕を睨みながら、輪の外に出ていった。
やれやれ。僕も続く。
ん?
なんか、視線が……全員、僕を見ていた。
特に、軍服の教官と副官が思いっ切り睨んでいる。ふん。
彼らの前を無言で通り過ぎた。
†
───マルビアン視点
第3コートでは、一瞬で勝負が付いた。
その勝者が、目前を無表情で通り過ぎて行く。何の気負いも、疲労も面には出さず平然としたものだ。
衝撃弾は魔力消費が少ないものの、発動には時間が掛かる。他の輪を見ても、早くて7、8秒は掛かっている。しかし、彼は不正もなしに、3秒と掛からず撃った。しかも別々の発動紋から計6発も。
先日、教官室へ来たときは魔力が高そうな潜在性は感じられたものの、対人戦闘が強そうには見えなかった。軍で何百という魔術士を見て来たが、およそ強者の傾向には該当しない。風貌が中性的で穏やかだからかもしれないが。
魔力保持量の高さもさることながら、見たことのない新魔術。
「くう。ジラー研の奇才か」
「奇才?」
「はい。教授。技能学科では、163番のことをそう呼ぶのだそうで。あとは女誑しとか」
ルアダン君はバツが悪そうだ。
「ふーむ」
奇才に違いはないだろうが、まるで伝承にある古代エルフのようだ。
地より魔導を取り込み、風の如く術を放つ……か。
ふっ。我ながら夢想に逃げるとはくだらん。
「教授?」
「なんでもない。どうだ? ルアダン君。彼に勝てるか?」
「はぁ? はあ。あの速さは脅威でしょうな」
渋い表情だが、負けるとは言わないところが、まだ彼も若い。
とはいえ。レオンという名だったか。
彼はなぜ、この実習参加を嫌がったのか。これほど強いのに。予選の勝ち抜けなど余裕のはずだ。それは彼自身が1番わかっているはずだが。
†
───レオン視点
第2試合は、魔石が点灯せず、休憩になった。
ふう。芝に腰を降ろす。
制式衝撃弾では、大した被害を与えないと言っても、人に攻撃魔術を向けるのは好きになれないなあ。競技だから仕方ないけれど。
それにしても、第1戦はずいぶんあっけなかったな。まあ、僕が人並みより魔術発動が速いことは分かっているし。発動紋が術者ではなく、自分の間近に発現して虚を突かれたという点を差し引いてもなあ。避けられそうなものだ。1年生の……名前忘れた……まあ、彼女は仕方ないけれど、他の男共は少し情けないよな。
とはいえ、まだ初戦だ。次に僕が出番の時は対策をしてくるだろう。
その時はそう思っていたのだけど。
†
「やあ、ベル」
「あれ? レオン。どうしたの? こんなところに来て」
「うん。なんか、3組の連中の視線がいやだったんで」
隣の1組のコートに移動してきたのだ。
「悠長だなあ。で、どんな感じ?」
「感じって?」
「第1試合が出番だったのは知ってるけど。勝った?」
「勝った……」
「じゃあ、次に備えないと。こんな所に来てないで、やることはいくらでもあるでしょ。別の選手を観察するなり、なんなり」
「ああ、いや。さっきので、2つ目を勝ったから、本選までしばらく暇なんだ」
「はっ? 私も試合だったから、見てなかったけど。しれっとレオンは勝ち残ってるし」
「しれって……まあ歯ごたえはなかったけれど」
10秒未満で勝負が付いた。
「なんていうかさ、僕が居た3組の人たちって、弱くない?」
「いやあ、学年がばらつかないように、この番号で組み分けしてるから、考えにくいわ」
胸のゼッケンを指した。
「おお、ベルにしては理路整然としてる」
にらまれた。
「でも、そう感じたのなら、3組が弱いのではなくて、レオンが強いんだと思うけどね」
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訂正履歴
2024/11/02 ジラー研の奇才と言ったのをマルビアンからルアダンに変更。その周りを少々加筆。
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)