151話 裏交渉と実感
報連相と根回しは大事ッスね。
───アリエス視点
白髪頭の老紳士が部屋に入って来たので立ち上がる。
「キアン様。お時間をいただきありがとうございます」
「ああ。アリエス君、元気そうだな。掛けたまえ」
促されてソファーに掛け直す。
ここは、中区にいくつかある財団の拠点。久しぶりにここにやって来たが、静謐な空気は変わっていない。
「ああ。すまない。今はトードウ商会代表だったな」
「恐れ入ります」
キアン様は、財団の中では最高位の方だ。肩書は代表理事だが、総帥代理と呼んでも差し支えない。
「それで、レオン殿の様子はいかがかな?」
「オーナーは……」
「オーナーとは?」
「失礼しました。レオン様のことです。社内ではそう呼んでおりますもので」
「それは構わないが、どういう意味かね?」
「はい。彼曰く、古代エルフ語で持ち主という意味だそうです」
いつも無表情のキアン様の右眉が数度動いた。
「不勉強だった。それで、本日の用件は何かね?」
「はい。実は3日程前、トードウ商会へサロメア大学の先生方がお越しになりまして、キアン様が懸念されていた事態となったと告げられました」
「先生方というと?」
「はい、ジラー客員教授と講師の方2人。いずれもレオン様を担当されているとのことです」
「ああ。ジラー工房の魔導匠だな」
「ご存じでしたか」
「ご高名だが、お目に掛かったことはない」
この人は、本当になんでも知って居る人だ。
「ところで、私が懸念していた事態とは?」
「はい。レオン様が、魔術の大発明をしたとのことでした。それは、説明が長くなりますが」
「ふむ。いささか早いと思うが純粋光の発振に成功されたかな」
えっ。
背筋が冷たくなり、血の気が引く。
「ど、どうして」
それを。
「ほう。私の勘も捨てたものではないようだ。驚くことはない。7月に奨学金研究の報告をいただいたからね。大発明と言われれば想像も付く」
「そっ、そうでしたか」
いや。それだけではないだろう。どこまでこの人は知っているのか。空恐ろしさが心を埋める。
「それで、キアン様は懸念なさっていたのでしょうか?」
「うむ。いくらレオン殿とはいえ、血統だけで財団は重きを置かぬよ。第一財団の中でも切れ者の君を手放しはせぬ。そうか、やはり見込まれただけのことはある」
見込んだではなく、見込まれた? 誰に?
「それで、事態としては主としてそれかね?」
「はい」
「わかった。財団でもできるだけのことをしよう」
「あっ、ありがとうございます」
「そうか、君が礼を言う立場となったのだな」
†
───レオン視点
ん?
何だか最近魔導感知が鋭敏になってきて、人の行き来が気になってしまう。今ではいくつか制限を掛けて、意識的に無効化しているのだが。
10数人がこの61号棟に向かってきている。
そうか。
一瞬何事かと思ったが。新入生、新しい魔導理工学科生の施設案内だろう。
去年は僕も案内されてきたんだった。最初は概略をあっさりと、純理論系と工学系を分けてからはじっくりとジラー先生に案内された。
時期的には前者だな。ならば、気にしなくとも良いだろう。
やるべきことをやるか。
今日は、媒質の再検だ。
純粋光の発振の可否は、媒質の包含成分によることがわかった。
初めての発振成功から、アルミラージで作った媒質を複数試してみた。その成功確率は4割。成分による違いは、希土類元素の量だった。分析によるとイッテルビウムとユーロビウムだ。この世界の人類は、それらの元素は認知していないようだ。無論上級エルフ族の記録には載っていたが。
最初の実験で、角を媒質とした時にうまくいったのは偶然で、媒質は別に角でなくても良いのではという仮説だ。魔結晶でも、包含成分が適合すれば純粋光を発振できるのではないかと考えた訳だ。
おととい数件の魔道具店を回り成分鑑定をしながら、申し訳ないが該当する物だけを購入させてもらった。それで、昨日媒質の形に加工して今日を迎えた。
媒質と魔導鏡の位置出しをするのが面倒なので、鋳鉄の板に穴を明けてそれぞれを固定した。さて実験を始めようかと思ったところ、ちょうど団体がこの実験室にやって来た。
案内をされているのは、リーリン、ルイーダ両先生だ。その後ろに大勢の新入生を連れている。
「ここが、実習室だ。ああ、レオン君。入っても大丈夫か?」
「大丈夫です。魔術は発動していません」
今年度も魔導理工学科1年生の共通窓口をされるようだ。人当たりも良いし面倒見も良いからな。そういったわけで、2年になった僕らは彼の担当から外れてしまった。
「そうか。じゃあ、みんな。中に入ろう。ただその辺の物には触らないこと」
ぞろぞろと、入って来た。
今年も、男子学生が多そうだな。
「ここは、魔道具の調整と発動を行う実習室だ。ああ、それから。彼はレオン君だ。2年生にして、既にここの主みたいになっている」
はっ? まあそうか。あまり授業を受けていないからな。
「そうね。彼は昨年度の考査上位者の発表名簿には載ったことがないけれど……」
何を言い出した? ルイーダ先生。新入生から失笑が漏れたが。
「……でも理工学科で最も優秀だったのが、彼よ」
「ええ? なんか、矛盾していませんか、先生」
隣に居た女学生が訊く。
「矛盾していないわ。今月末に検定試験があるけれど。去年、彼はそれに全て合格し、教養科目は考査を受講免除になったのよ。つまり考査上位者になるわけはないわ」
響めきが上がった。
「さて、次に行くぞ」
「失礼します」
「「「失礼します」」」
ふう。あいかわらず僕に含むところがあるようだな。ルイーダ先生は。
団体が実験室を出ていくと、代わりにリヒャルト先生が入ってこられた。
「さっきのは、新入生の施設案内か」
「そうらしいです」
「ふふふ……」
「なんです?」
「いやあ、レオン君にも2年生になった実感が湧いたかなと思って」
「まあ、たしかに。今年はジラー研には何人が来るんですかね」
昨年度は、僕を含めて9人増えて6人卒業されて、4人どこかに行ってしまった。
工学系はゼイルス研が多数派だ。
「さあ、なあ」
まあ、現段階で意思表示する学生は少ないだろう。
「では、始めましょう」
「はい。魔結晶の媒質です」
「ほう」
≪発振 v0.6≫
純粋光発振魔術群だ。
シムコネによれば光量が上がってきた。
「出します」
≪放出≫
おっ!
「いいんじゃないか?!」
「はい」
スペアナの周波数成分波形は、角の結晶で発振したときと同じように先鋭化している。
プリズムを翳してみたが、やはりスペクトルが広がらず、単純に屈折したようにしか見えない。
「そうか。純粋光を発振できたんだなあ、魔結晶でも。それにしても、前のと何が違うんだ? 結構自信たっぷりに再検したよな? レオン君」
先生が興奮している。
「鑑定魔術で成分がわかったので」
「そうなのか。ふむぅぅ。わかった。とりあえず。ターレス先生を呼んでくる」
バタバタと実験室を出ていった。
「へえ。この細い光が、これが純粋光ってヤツか」
「ああ、はい。そうです。ミドガンさん」
2年になったら、先輩と呼ぶなと言われた。
「あれ? 止まった」
「媒質を変えます」
「良いのか?」
先生たちを待っていなくて大丈夫か? そういう意味だろう。
「ええ。再現度は高いので」
「そっ、そうか」
蓋を開けて革手袋を着け、まだ陽炎を上げる魔結晶の円筒媒質を取り外した。ふむ。もっと表面積が大きいと、冷やしやすいのだけどなあ。
別の媒質を取りつけて、蓋を閉める。
「行きますよ」
予定通り、2個目も3個目も魔結晶媒質で純粋光が発振できた。発振の可否が媒質の希少成分であることが証明できた瞬間だった。
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訂正履歴
2024/10/26 わずかに加筆
2025/04/02 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)
2025/07/08 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)