150話 守るべき対象
師弟というのは良いですね。
先生方と計4人でトードウ商会を訪問すると、応接室へ通された。
「オーナー、私とこちらの方々をご紹介ください」
ソファーの隣に座った彼女を差す。
「では。まずこちらは、トードウ商会の代表、アリエスさんです」
「初めまして。よろしくお願いします」
「「「初めまして」」」
「それで……」
ソファーの反対側を指す。
「皆さんは僕の大学、サロメア大学の先生です」
「先生……」
「左から、僕の研究室の室長のジラー客員教授」
「ジラーです」
「あのう、客員というのは、別に何か」
「ジラー工房の工房主です」
「なるほど」
「そして、真ん中が講師のターレス先生」
「ターレスです」
「そして、同じく講師のリヒャルト先生」
「よろしく」
紹介する中で、先生方の視線が僕とアリエスさんの顔を行き来する。
「僕たちの顔を見て、お分かりかとも思いますが、代表は僕の親戚です」
「はい。オーナーのお母様と従姉妹なのです」
笑顔で答える。
打ち合わせもなく、話を合わせてくれるアリエスさんはさすがだ。まあ事実ではあるけれど。
「道理で、おふたりがよく似ていらっしゃると思いました」
まあ、そう見えるよね。アリエスさんと親戚と疑われるのは必定。それなら、先に言って他の関係を隠蔽するのがよい。先生方に本当のことを言わないのは心苦しいが、知らない方が良いこともある。
「それで、本日のご用件は?」
「ジラー先生。お願いします」
「失礼ながら、レオン君が言っていることの確認。それと今後に起こりうることについて、説明に参りました」
アリエスさんが、僕を見た。
「なるほど。オーナーのことを心配されて3人でわざわざお越しになったのですね。」
「教育者が本人を前に言うべきではないのですが。彼は異能です。大学の範疇には留まらず、世界の魔導技術を背負って立つ人材だと私は考えております。よって、彼を気遣うのは当然のことです」
ジラー先生。
「世界……感服しました」
アリエスさんが、ゆっくりうなずいた。
「では、まずはいくつか質問を。御社の目的を教えていただけますでしょうか」
「お答えいたします。弊社は魔導技術者かつ発明家でもあるオーナーの負担を軽減し、煩わしい作業から解放し、創造的なお仕事に集中していただくために存在します」
んんん。内容はその通りだけど、理念がちょっと。まあいいか。
「あの代表。もっと具体的に」
「分かりました」
しかし、そのとき。
「失礼いたします」
サラさんが、応接室に入って来た。
「どうも」
ジラー先生から順に、お茶を置いていく。
「ありがとう」
僕と、アリエスさんの前にも置いて退出していった。
「では、話を続けます」
トードウ商会の商売内容を彼女が紹介していく。
1.特許など(工業所有権)の出願、審査請求、登録後の年金払い込みの管理
2.特許権などの許諾交渉
3.同料金の回収
4.侵害事象の発見と訴訟
5.特許ギルド、商人ギルドの調整および交渉
「以上です。他にご質問は?」
「ありがとうございます。私の方は、ほぼお答えいただきました。君たちは?」
そうなのか。
リヒャルト先生が、身を乗り出す
「はい。疑っていたわけではないのですが、会社を構えてまで意義があると現時点で考えていらっしゃったのですか?」
「現時点というのが、少し引っ掛かりますね。意義は先程申し上げた通りです。また具体的な特許については差し控えますが、経済的には十分です。例えば」
代表が立ち上がった。
後ろに行って、飾ってあった物を持ってくる。
「これです」
「ん。アイロンですよね」
「はい。無論一般的な物とは違い」
立てたアイロンの魔石を触ると、少し間があってシューシューと音を立て始めた。
「このように蒸気が出ます」
「なるほど。蒸気で布のシワが伸ばしやすくなると」
「その通りです。こちらのオーナーが出された特許は登録済みで最近発売が開始されました」
「おお。これはすごい」
今日はターレス先生がよく言う言葉だ。
「でも、レオン君。水を入れておくと錆びるんじゃないか?」
リヒャルト先生、鋭い。
「違うぞ、リヒャルト君」
「えっ? どう違うんですが?」
「これは、アイロンの中で蒸気を作っているわけではなくて、この発動紋の面で……」
「先生! そこ、熱くなっています」
触りそうだったから止める。
「そうか。アイロンだったな。ともかくも発動紋で蒸気を産んでいるから錆びない。鉄の外周はメッキがしてあるからな。そうだな?」
「おっしゃる通りです」
さすがだ、ターレス先生。この短時間で見抜くとは。
「そうかあ。よく考えてあるなあ。レオン君」
「はあ」
「それでは話を戻しますが……」
名残惜しそうに両先生は見ているが。
「……今のところ事業は順調です」
「そうなんですね。承りました」
「ターレス君は?」
「いや。私も、先程伺った範囲を考えていました」
「そうかね」
「よろしいでしょうか。それでは、今後に起こりうることとは? お聞かせ願いたいのですが」
「はい」
ジラー先生は、眉を寄せた。
「まずは原因から。本日、レオン君は重大な成果を作りました」
「おお」
代表がこっちを向く。驚いた表情と、それでいて何か微妙に怒りがこもっていそうだ。
「純粋光という光を、作り出したのです。古代エルフの技術にあったとの言い伝えはあるのですが、全容と詳細は分かっていませんでした。つまり失われた技術です」
「それを、オーナーが再現したと?」
「その通り、世紀の大発明です」
いや、ここまで言われると。魔術を使って実現はしたという新規性はあるけれども、元は地球の概念だからなあ。
「そうなんですね。それはそれは」
代表はうれしそうにうなずいている。
「先程、大学で彼が言っていましたが、まだ技術的には途上です。ただ応用範囲は広く、用途も期待できます。その有力なひとつが刻印魔術です」
横に居るターレス、リヒャルト両先生もうなずいた。
「それゆえに、知財管理が重要になってきます」
「わかります」
「予想される事項として、これまでも外部からの働きかけがあったでしょうけれども、これからはもっと激しくなる上……」
アリエス代表の表情が曇った。
「……おそらく政府機関も」
「政府ですか」
「それと、これだけの発明発見となると。魔術学会や王立科学院も放ってはおかないでしょう。特許公報では匿名性が担保できるが、学会ではそうはいかないのです」
「と、おっしゃいますと?」
「そうですね。論文だけなら良いですが、口述発表も彼の学位のためには必要になりますし。学会では不特定の学会員が出席できます」
そうなれば情報はどうしても拡散する。
「それでは、これまでの隠蔽方針とは相容れませんね」
「あのう、ジラー先生。僕は大学は卒業したいですし、魔導技師の資格は取得をしたいですが、学位、博士号は必要としていません」
「無理だ」
「はっ?」
「この技術自体をなかったことと、闇に葬るのでもなければ。それにな、必要とされる技術は、いずれ誰かが作り出す。それでは、社会の要求に応えられない」
「社会……」
「良い意味でも悪い意味でも、誰かが権威者になる必要がある。つまり良き方向への誘導だ。どんな技術でも陳腐だが善悪の両面がある。水は人間を潤すが同時に溺れさせるようにね」
「なるほど。ジラー先生がおっしゃる事象はおおむね理解できました。その意味をどこまで理解されていたかは分かりかねますが、彼のご両親が私どもを手配したのは、そのためだったと言えるでしょう。私どもがオーナーの盾に成ります」
「それは心強い。われわれ教員も同じ立場ではあります。ただ、申し訳ないが守るべき対象が多いのでね」
むう。
「ありがたく思います」
その後、いくつかの話題で、先生方と代表が話し合った。
先生たちを送っていく。1階まで降りてきた。
「レオン君。ここまででいい。親戚とはいえ良い人が付いてくれた。君は幸運に感謝すべきだ」
「はい。僕は先生方に感謝します」
「ははは。ふむ、ではまた大学でな」
「はい。失礼します」
3人を見送った僕は、トードウ商会に戻ると、先に言ってほしかったと代表の嘆きを聞きながら報告を受けるのだった。
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訂正履歴
2024/10/23 微小な訂正
2025/04/11 誤字訂正 (ponさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)