149話 老先生2人
学生時代には余り老先生に見て貰うことはなかったのですが、社会人になってからは味のある老先生とお付き合いがあります。
「えっ、あの」
僕が魔術を発動しているにもかかわらず、学科長が警戒線を越えて近付いてきた。
「そのまま、そのまま」
思わず魔術を中断しかけたが思い留まる。
「これが純粋光か」
聞こえるか聞こえないかの声音。
何も説明していないが、学科長は理解しているようだ。何をするつもりだ? 学科長は迷わず、プリズムをつかむと光軸に翳した。
「ここまで細いままだと?」
差した先は異なるが、純粋光は、先程と同じようにただ屈折したようにしか見えなかった。
「むぅぅぅ」
学科長のうなり声が、教室に響く。
「リヴァラン先生。盛り上がって居るところ悪いが、門外漢にも分かるように説明してくれたまえ」
学部長の眉間にしわが寄っている。
無理もない。
知らない人が見れば、地味な光が出ているだけだ。
「では。まずは、全体の話です。あの暖色のまっすぐな光は、純粋光です」
学科長が説明を始めた。
「純粋光というと、7月にやったレオン君の報告会で話の出た光のことかね。焦点径を画期的に絞れるという……」
学部長は眉をひそめてこちらを見ている。
「そうです。利用の仕方によっては、刻印魔術の分解能を大幅に上げることができます」
「それは、以前聞いた通りだが。それから年度間の休みしか過ぎていないが、もうできたということか」
「はい。このプリズム……」
ふむぅ。さっきのターレス先生と同じ話がはじまった。
よく、知っているなあ。光学は専門外だと聞いているんだけど。
「んんん。それは、なかなかの成果のように思えるが」
「古代エルフの時代以降、純粋光を発振した者は居りません」
「うむ」
納得したようにうなずいている。
ええと。学部長と学科長の問答がまだ続きそうなのだけど、いつまでこの状態を維持すれば良いのかな? ターレス先生を見る。
「あっ、あのう。学部長。レオン君に負担が掛かっています。発振を中断させてもよろしいでしょうか?」
「そうかね。もちろんだ」
「では」
まあ、この出力であれば、そこまででもないが。お言葉に甘えて中断する。
「負担というと、純粋光の発振はどういう魔術体系になっているのかね?」
「そこまでは、分かりかねます」
ターレス先生を2人が見た。
「私がお答えしても?」
「レオン君か。もちろんだ。術式の機密に関するところまでは、答えなくてもよい」
「はい。では簡単に。お褒めいただいて恐縮ですが、この魔術はかなり初歩的で、成熟していません」
「それでも純粋光が発振できたのだろう」
「はい。ただ魔道具へ落とし込めているのは、部分的です。種光源の発光、魔導鏡の光軸制御4自由度、左側の魔導鏡の透過率操作、媒質の冷却については、まだ術者がやらざるを……えっ、はい」
学部長が、僕の方へ手を伸ばして遮った。
そして、自分の額に持っていって押さえる。
「ええと。今の話を総合すると、4系統7種の魔術を同時に発動していたということか」
「はい。そうですが」
いや。統合的な制御や監視やら10種以上は発動しているが、まあいいか。
「つまり、純粋光の発振は君なしでは不可能ということか」
「はい。準備はともかく、試験は実質今日から始めたので、引き続き魔道具の割合を増やしていきます」
「わかった」
「ふむ。この研究がレオン君が言った通り、途上ということは理解した。とはいえだ。リヒャルト君、ターレス君。現段階でも意義はあると思う、第1段の論文を作ってもらいたいのだが」
論文か。
「あのう」
「何かね。ターレス先生」
「誤解があるとよくありませんので、あらかじめ申し上げておきますが。この媒質と魔導鏡を発案そして作成したのは、レオン君です。私とリヒャルト先生は、せいぜい助言と実験の手伝いをしたぐらいで、技術的な貢献はありません」
「いや……」
ターレス先生が僕を見たので止まる。そんなことはないけれど。
「ふふふ。研究者らしい潔癖さで結構だが。今回はそうもいかん。遅かれ早かれ、世に出ていく。情報を遮断するわけにもいかん。その時、レオン君だけを矢面に立たせる気かね?」
「うっ」
「まあいい。ともかく、ジラー先生とよく相談して進めてくれたまえ。では失礼するよ。次の会議があるのでね」
満面の笑みの学部長といつもの無表情へ戻った学科長が、実験室を後にした。
ジラー先生が寄ってきた。
「よくやってくれた。レオン君に2人もだ。ともかく、ここではなんだ。移動しよう」
たしかに、学部長が出ていったので、さっきまでいた同学科の先輩たちがこちらをうかがっている。
僕は、装置やらなんやらを魔導収納へ入れて、先生方と準備室へ移動した。
†
久しぶりに、この部屋に来たなあ。
長椅子へ掛ける。
「まあ、なんだ」
ジラー先生が重そうな調子で口を開く。
「私は論文に関して役立たずだが、どうなんだ? 今の状況で書けるのかね、レオン君」
「はあ。一応は書けると思います。書き方の授業も受けていますので……」
何本も書いた怜央の記憶と、この世界の論文の組立や書き方自体はほぼ同じだったし。
「……ただちょっと、もうすぐ検定試験があるので、すぐというわけには」
「そうだよな、まったく学部長は」
えっ。ターレス先生。
「ターレス君」
「はい。すみません」
やはり上司の批判はまずいらしい。学生の前だしな。
「それで、論文は2人に指導してもらって、なんとかするとして。特許の方はどうするんだ?」
「論文や学会への発表は、1年間は特許の新規性を喪失しない例外になっていますので、大丈夫ですが」
そう。特許の要件として、有益性、進歩性がある。人間のためになって、既存技術とそれなりの差がある。さらに、これまでになかったこと。つまり新規性が必要だ。これまでになかったというのは、関係者は別にして誰も知らなかった、つまり公知ではないことが最低条件となる。ただし例外もあって、ジラー先生がおっしゃったようなことで公知になっても、1年間は新規性は維持される。
「あのう」
「ん?」
「新学期になったばかりの頃に話しました……」
「ああ、権利管理会社の件かね?」
ジラー先生は察しが良い。
「そうです。この件は今日にできるとは思っていなかったので、まだ純粋光の件は話していません。今日ちょうど打ち合わせがあるので、調整しておきます」
「今日かね? 何時だ?」
「4時からですが」
時間を訊いてどうするんだろう。
「ふむ。私も同行しても構わないだろうか?」
「はっ。えっ。ジラー先生もですか?」
「できれば、この2人も」
「はっ、はぁぁ」
†
馬車鉄に乗って、レズルー街へやって来た。
会社が入っている建物に入ると、屈強そうな男が寄ってきた。登録者証を見せる。
「失礼。そちらは同行者ですか?」
僕に訊いてきた
「その通り、私の客だ」
「分かりました。事務所まで同行します」
僕が訪問することは問題ないが、ジラー先生以下3人は訪問予定には入っていないから問題だと判断したのだろう。同行はさっき決まったことだからな。
階段を昇り、トードウ商会と札の掛かっている扉の前に来た。
「少々お待ちを」
警備員に止められる。
扉をガンガンとノックをすると、サラさんが出てきた。
「はい」
「責任者を呼んでもらえますか」
「わっ、分かりました」
すぐに、アリエスさんが出てきた。
「なんでしょう?」
「あのう。登録者の方が、同行者3人を連れて来られましたので、確認をお願いします」
代表が僕を見たのでうなずく。
「予定にはありませんでしたが、問題はありません。お手数掛けました」
「わかりました。では」
門衛さんが、僕に会釈すると階下へ戻っていった。
「どうぞ。お入りください」
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訂正履歴
2024/10/19 微妙に訂正
2025/04/21 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)