148話 純粋光(レーザー)
いいですよねぇ。レーザー。でも人に向けるのは、論外。
「これが試作器なのか、意外と小さいものだな」
理工学科実習棟の魔導具の試作ブース。背後にいるターレス先生がつぶやいた。
道具立ては、両手に収まるほどだ。
「それは、まだ機能の一部を付けていないからです。ここにあるのは魔導鏡2つと媒質だけで、種の発光と冷却は僕が魔術で発動しますので」
それも作ったら、容積が3倍以上になるだろう。
地球の分類にしたがえば、固体媒質の励起光源ありという方式だ。普通の光源による光を、媒質と反射鏡を使って単一の波長かつ位相がそろった純粋光へ変換する。
「それにしても、よくこの大きさに収まったとは思うがな。じゃあ、始めてくれ」
リヒャルト先生が、うんうんとうなずく。先生方は、盛り上がっているなあ。
「あのう、媒質の選択はこれからなので、そんなに期待しないでください」
「わかっているとも。リヒャルト君、警戒線まで離れるぞ」
「はい」
名残惜しそうに離れていく。
初回の実験なので、距離を取ってもらうのだ。
「始めます」
目を閉じると、シムコネの状態が浮かび上がる。
魔導鏡起動。両鏡とも全反射状態へ。光軸調整開始。物理鏡だと、光の往復する軸を一直線に調整するのが考えただけでも大変そうだ。しかし、魔導鏡なら角度の微調が可能で、上下左右の2自由度を2組の計4自由度の角度制御で対応が可能だ。
続いて、発光術式。集中───
発光位置媒質内へ。媒質冷却開始。
シムコネのスコープが、媒質内の光量が増大していることを逐次示してくる。
いけるか?
左の魔導鏡の反射率下降───
左に赤い光束が突出し、ブース側面に光点を結んだ。
「おお、光が!」
「おおぉぉ」
響めきが起こるが、僕は首を振った。
シムコネでスペアナにつなげたスコープに、こんもりとした山のような波形が表示されているからだ。つまり、いろいろな波長の成分が混ざった光ということを示している。もっと針が立っているように精鋭な波形でなければ、純粋光とは呼べない。
「だめなのか?」
「そうですね」
言葉を濁す。僕は、脳内システムの情報で分かるが、先生2人に駄目であることを、どう納得してもらうか……そうだ。
「これで」
透明なガラスの3角柱を見せる。
「ああ、プリズムか。なるほど」
ターレス先生がすぐ納得した。光束が差し込むようにプリズムを翳す。
「おお。光が」
ブース側面に、光の帯ができた。
「赤から、橙ほどの範囲だな」
「ターレス先生、ガラスで光が屈折することは分かりますが、これはどういう」
リヒャルト先生は、魔術、魔道具が専門分野だ。光学にはそこまで明るくないのだろう。
「ああ。光は波長によって屈折率が変わる。つまり、プリズムに入射した光は曲がり具合が変わって、それぞれに色が変わる帯ができるんだ。そうだな?」
「はい」
ターレス先生は物理も専攻分野だ、理解が早くて助かる。
「でも。陽光を分光したときより、幅が狭いよな」
「そうなんですか?」
確かに、寒色系のスペクトルが出ていない。虹が2色止まりになったような物だ。
「元の光源も、陽光ほど波長域が広くはないですから」
「まあ、そう謙遜することはない。焦点径がどこまで絞れるかは後で試すとして」
「そうですね。別の媒質を試しましょう」
†
「これで全部かね?」
魔結晶を交換しながら5種類を試したが、純粋光の発振と呼べる媒体はなかった。
「はい。魔結晶はこれだけですが、もうひとつあります」
「んん」
「それは?」
「他のに比べて長いね」
「これは、魔結晶ではなくて魔獣の角です」
「角か。確かにその長さの魔結晶は、結構高価になるからねえ」
そう。今日用意した魔結晶は長さ50ミルメトだが、アルミラージの角は100ミルメトだ。なんなら500ミルメトでも用意できる。魔導鏡の間隔を広げ、角の固定が終わった。
「では、やってみます」
もろもろの魔術を起動。光源発光。角媒質に光が満たされていく。
「おおっ」
「どうした、レオン君」
「いや、ちょっと待ってください」
今までとは、光度が違う。
目をつぶると、スペアナの波形が全然違っている。波高値も段違いだ。
媒質は光を当てると、吸収して電子が励起状態になる。そこにさらに光を当てると電子は基底状態に戻るが、その時に同じ波長、同じ位相の光を2倍の光量で放つ。これが誘導増幅だ。そして光は純粋光に近付いていく。
波長は620ナルメト。縮尺を変えると、両側に側帯波があるものの線幅がかなり狭い(側帯波:主成分に対して高低両方向に等間隔離れた別周波数の成分のこと。スペアナでは山の字状に見える)。
これなら。
「照射開始します」
左の魔導鏡の透過率が下がり、糸のように細く橙色の光が見えた。
「レオン君、さっきより暗くないか? なんか途中でチリチリと瞬いているけれど。えっ。先生。どうしました?」
ターレス先生はあんぐりと口を開いたままだ。
「先生?」
「あっ、いや暗いのは光が分散しないことの証明だ。瞬いているのは空気中のチリに当たって分散しているのだ」
ターレス先生の興奮が僕に伝わったらしく、つばを飲み込むと、おそるおそるプリズムを光条に宛がった。
「おおぅ。全然分光されないぞ」
「えっ、ええと」
「純粋光が発振できました」
「よぉぉし!」
えっ?
ターレス先生が突如吼えた。
「よくやった。レオン君。すごい、すごいぞ」
「あっ、ありがとうございます」
「先生、声が」
まだ理解できないのか、リヒャルト先生が引き気味だ。
実習室に居る学生たちが、みんなこちらを見ている。
「知ったことか! 世紀の大成功だ。レオン君これだけでも、学位は堅いぞ」
「それほどですか?」
「何だ、リヒャルト君。ことの重大さが……それは、ともかく。ジラー先生は、どこにいらっしゃる?」
「えっ、今時分だと、教授会が……いやそろそろ終わっているかな。わっ、わかりました。呼んできます」
リヒャルト先生が慌てて、実験室を出ていった。
魔術を中断させて、しばらくターレス先生と話をしていると、ジラー先生がやってこられた。立ち上がって会釈すると、リヒャルト先生の後ろに、学科長となんと学部長まで居た。
「うわっ」
低くうめいたのは僕ではなく、ターレス先生だ。
何か不吉な雰囲気を察した先輩たちが次々に退出して、教員の他は僕だけになってしまった。
「あのう、学部長。今日はどのような?」
「ははは。ターレス先生。そんなに警戒することはない。リヒャルト先生が血相を変えてジラー先生を呼びに来たから何事かと思ってね、付いてきたのだよ。それとも私が来たらまずかったかね」
うわぁ、愉快そうな学部長の横。学科長が白い眉の下でこちらをにらみ付けている。
「いっ、いいえ。何か問題が起こったわけではありません。しっかり精査の上、報告させてもらおうかと、考えておりました」
そりゃあ、たじろぐよなあ。
「それは、リヒャルト先生を見ていればわかったが。遠慮は要らないよ。やってみてくれないかね」
「承知しました。レオン君、たのめるか」
「はい」
「やっぱり、当事者は君なんだね。レオン君」
「恐縮です」
「君も大変だね。学業だけでなく、多人数魔術戦実習に……」
来週だ。気が重い。
「……王立美術館まで」
「王立美術館?」
「おお、知らなかったのかね。まあ聞かなかったことにしてくれたまえ」
そんなことは無理だろう。
「おっと、先生方をお待たせするのはよくないね。早速始めてくれたまえ」
まったく食えない人だ。だが、いまさらだ。何度もやらされるより、手っ取り早く、まとめて済ませられると考えよう。
「では、はじめます」
さっきと同じように順番に魔術を起動していき、媒質の中に光が満たされた。
「外部に光を取り出します。その線から中に入らないでください」
左の魔導鏡から、光が迸った。
「むう」
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訂正履歴
2024/10/16 少々加筆