146話 工房訪問
製造工程を紹介するyoutube動画好きです。
「それにしても、お母様によく似ていらっしゃること」
「よく言われます」
「そうですわよねえ」
40歳代の男性が、何やら妖しい科を作りながらしゃべっている。ここは、宝石の研磨を行う工房。会話の相手は、工房主でボードウィンさんだ。母様の知り合いであり、リオネス商会の取引先だそうだ。今日は、ダンカン叔父に紹介状をもらって見学させてもらっている。
工房としては、なかなかの大手だろう。ここはいくつかある平屋の建屋のひとつ。20人ぐらいの人が居て、シュルシュル、キーキーと言う擦過音があちこちで上がっている。
「宝石は、多くの面を刻むと、中で光が何度も反射するの。それが美しさのもとになるわ」
そう。宝石は多面になるほど、入射した光軸に対して、面が鈍角になりやすく、全反射しやすい。説明はありがたいが、僕の身体を触るのは勘弁してほしい。肩とか二の腕だから、どうということはないのだが。最初に男と宣言したから、勘違いはしていないはずだよな。
「回転する研磨機の面には、宝石の粉が貼ってあって、そこに原石を擦り付けることで、面を刻むの」
「なるほど」
研磨作業をする職人と、研磨機を回す助手が2人掛かりだ。助手は研磨機の横で径の大きい滑車を回し、張られたベルトで細い軸に伝達して高速回転を生んでいる。
そういう単純な作業でも職に就けるのはよしわるしだなあ。雇用があるし、回しながら職人のやること観察しているから良いかもしれないが。別の手段で回転させられるなら、もっと修行に直結する作業ができる。モータがあれば良いのかあ。暇になったら考えてみるかな。外部の人間が、偉そうだけれども。おっと、今はそれより。
「できれば直径10ミリメトで、長さは50ミリメトぐらいの円筒の物はできますかね?」
ボードウィンさんは何回か瞬いた。
「円筒……何か具体的に作りたい物があるの? でもその形だと宝飾品というよりは、工業用の部品かしら」
「そうですね」
そんな形の宝飾品はないしな。ん? 管玉ってなんだ? よくわからない情報が浮かんだ。地球にはあったらしい。
「素材は何かしら?」
「魔獣の魔結晶とか、角とかを考えています」
「角? あら、お母様と同じ件かしら?」
「母が何か言っていましたか」
「8月の終わりぐらいだったかしら、お宅の工房で魔獣の角を削ることができるかって、何かの話の合間に訊かれたわ」
「へえ」
「それで、普通の角はウチの工房で扱うには柔らかいから、無理って。希に結晶に近い角があるから、そちらならいけるかもと答えたわ」
後者はアルミラージの角とかだろう。
「そうですか」
クリスタルペンの話だろうが、こちらにはペンとまでは話してないようだな。
「それにしても円筒ねえ……」
むつかしいか。見本を見せたら反応が変わるかな?
「工房の方に見せるのは恥ずかしいのですが。見本です、例えばこんな感じで」
試作品を懐経由で魔導収納から出して渡す。
「あら。これは、さっき言っていた通りの大きさね。ふーーん。いいわね。えっ? 恥ずかしいって、もしかしてレオンさんが作ったの、これ?」
「ああ、はい」
「へぇぇ。ドリさん、これを見て」
横に居た、年配そうな職人。石を見ていた灰色の短髪の厳つい顔を持ち上げた。
工房主の太い腕から、試作品を受け取った。黒く汚れた指先でくるくると回している。
「・・・・・・・」
ん?
「ドリさん、それじゃあ聞こえないって」
「……印魔術……か?」
「はぁ、はい。刻印魔術で作りました」
うなずく。半分推測だ。
「へぇ。魔術でねえ。うちにも刻印魔術使いがいるけれど。魔術でたくさん削るのは大変じゃないの?」
「まあ。そうです」
確かに時間は掛かるけれど。急ぐと熱が加わるし。
「それでウチに頼みたいのね?」
「はい。じゃあ、魔結晶はいけるんですか?」
「削れるわよ。魔結晶は水晶や珪石相当で、それほど硬くもないし、柔らかくもないし。円筒はどうか分からないけれど。できないときは、ドリさんがすぐできねえって言うから」
「そうですか。よろしくお願いします」
「わかったわ。じゃあ、隣の水研ぎの工程に行きましょうか」
後日、木工旋盤を流用する方法、つまり端をつかんで軸回転させて、砥石を当てて研磨する方法で、円筒状魔結晶を作ることができるという回答をいただいた。そこで、3種の魔結晶とアルミラージの角を各2個を依頼した。
† † †
持って来た物を傍らに置いて、揺らさないようにベッドの上に乗る。
ふふっ。
寝ていても、アデルは美しい。
しみひとつない、なめらかな頬をつついてみる。しかし、彼女の寝息は乱れることはなかった。紅も引いていないのに艶やかな唇をなぞると……。
「おっ」
無意識なのだろうが、わずかに唇が開き、指が歯に触るとあごが動いて、指が奥へ。
彼女のまぶたが開いた。
「おはよう」
「うん。おは……あれ、もう朝だわ」
カーテンの隙間から。陽光が微かに差し込んでいる。
「わたし、寝ちゃった?」
ベッドで向かい合う、アデルが覚醒してきた。顔がわずかにひきつる。バツが悪そうだ。
「ごめんね。レオンちゃん。せっかく来てもらったのに」
「いいよ、疲れてたんだよね」
「うぅーん」
アデルの休日前の昨夜、彼女の部屋にやって来た。2人で食事をして、シャワーを浴びて出て来たら、先に浴びたアデルがソファーで寝ていたのだ。僕は、彼女を寝室に運んで、そのまま眠らせた。
今度の舞台は、あれだけ動いているからなあ。疲労もたまるよな。
「でも、起こしてくれれば良かったのに……」
「いやあ。あんなにかわいい寝顔を、起こすなんてできないなあ」
「そのう。今から……」
「ああ、でも。もう朝だし」
「だけど」
「それより、話を……いやちょっと」
†
流されてしまった。心地よい疲労が攻めてくるが、昨夜は早めに寝たし。
「それで、公演はどうなの。僕が行った時も立ち見が出ていたけれど」
「うん。それがね、前売りが完売になったって」
すごくうれしそうだ。
「それは、すごいねえ」
「イズンさんが、おととい楽屋へ来てくれて」
「ああ、男役だった?」
アデルが俳優になる少し前に、歌劇団を退団した名優だ。
「そうそう。それで、新人女優が初舞台で好評を得るのはままあるけれど。2回好評を得たら本物だって、褒めてくれた」
おおぅ。そういうものなのか。アデルを認めてくれたわけだ。
「そう。なんだか僕もうれしいや」
「もっとよろこんで」
「えっ?」
「役者は恋しているときに、1番輝くんだって。だからレオンちゃんのおかげなのよ。それに宙乗りだって」
「いいや、アデルはちゃんと自分を評価した方が良いよ」
「ええぇぇ。そうかなあ」
アデルの頬が一層赤らんだ。
「なあんて、これは義姉さんの受け売りなんだけどね」
「もぉぉ、コナンさんの奥さんね。でも元が誰の言葉だって関係ないわ。レオンちゃんが言ってくれたからうれしいの」
照れくさくて、彼女を抱きしめる。
そうだ。
「ああ、そこにある今日の新聞にアデルのことが出ていたよ」
さっき小用へ起きたときに、戸口の下に差し込んであった。
「ユリアさんが持ってきてくれたのね。あとで読むわ」
そう言いながら、またもや僕に抱き付いてきた。読んだら喜ぶと思うんだけどなあ。
記事は、エミリア大劇場に来た評論家のどちらかで、アデルの新しい演目を褒めちぎっていた。
曰く、宙乗りという技巧は、数十年の歴史がある。かく言う筆者も十年前はよく見ていた。だが昨今は廃れていた。それはなぜか───演者がただ吊られていたからだ。
だが、アデレード氏は違う。
宙を駆け、舞っているのだ。
新表現だ、新機軸だなどと、ことさら喧伝する必要はない。ここギュスターブ大劇場に詰めかける観客の数が、ホールに満ちる歓呼が何よりも雄弁だからだ。
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訂正履歴
2024/10/09 誤字、細々訂正
2025/03/30 誤字訂正 (リュカさん n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (クロルクロさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)