145話 クラン
本作品でのクランは、冒険者たちの互助会的な私的組織とご理解ください。
日曜日。
南区の東南角に近い地区にやって来た。
「地番だと、ここだ」
大通りから少し奥に入った一角。レンガ造りの3階立てを見上げる僕の後ろに、ディアとベルの2人が居る。
「レオンが先に行ってよ!」
「いやいや。俺は付き添いだろう」
なんなら、今すぐ帰りたい。
「俺ぇぇ?」
ディアが瞬いた。
「プププ……俺だって」
「あのな、冒険者に僕とか言うと、見下されるんだよ、ベル」
「そうね。冒険者は気が荒いって言うからね」
「だからこそ、レオンに付いて来てもらったんだけどね」
「白銀の剣は大丈夫だろう。女子だけだそうだし」
「いやあ。わからないよ、ウチの女子寮の惨状を見てるとねえ」
「え?」
「そうねえ。男子が何人か居た方がいいかもね」
むう。
「オデットが苦労しているわよねえ」
「はっ?」
「そうねえ。孤軍奮闘過ぎて、私たち手伝ったしねえ」
「ああ、あの時ね」
1年前と言っていることの方向性が。
「おい!」
振り返ると、革鎧を着た偉丈夫……いや女性だ、たぶん……が立っていた。剣士か。背中にデカイ剣を背負っている。
「中に入らないなら、どいてくれ」
「すみません」
僕の顔に、自分の顔を近付けた。あごが横に張り出しているが、意外と端正な顔形だ。誰かに似ているような気がする。
「んん。3人とも見ない顔だな。ウチのクラン員じゃないのか?」
「違う。あんたは、白銀の剣の?」
あれ? なぜこの人は僕に話しかけるんだと思ったら、知らない間に僕が前に出ていた。というか、2人が下がっていた。
「そうだが。ふぅーん。あっ、そうか。10月か。ウチのクランに来たんだろう。ここじゃなんだ。中に入れ」
「ああ……はい」
中に入って階段を昇ると冒険者が何人も居る。訊いていた通り、大半は若い女子だな。ざっと20人以上は見える。
普通こういう場所は良い匂いがするものだが、革の臭いが強いな。大勢が興味深そうにこちらを眺めてくるが、特に声が掛かることもなく、小さい会議室に通された。
随分、殺風景な部屋だなあ。
「まあ、そこに座ってくれ」
「はい」
言われたとおり、木の椅子に腰掛ける。
「白銀の剣を預かるスーザンだ」
「えっ、クランリーダー?」
「そうだ。それで、おまえらはハーコンが言っていた、サロメア大学生だろう。まだ冒険者じゃないという」
ちゃんと話してくれてあったようだ。
「そうだ。ハーコンと知り合いなのか?」
「ああ、弟だ」
あっ!
そうか。誰かと思ったらハーコンにうっすら似てる。
「へえ。そうなのか」
ん?
「ちょっと」
ディアに腕を引っ張られた。
「どうした?」
「ああ、いや。リーダー相手なので、もう少し丁寧な言葉遣いがふさわしいかなと」
「かまわん。今はな。クラン員になったら、ちょっとは考えてはもらうが。なんだ。顔形が良い所の出ぽいな」
「ああ、後ろの2人は、准男爵家の出だ」
「なるほど。名前は?」
「クラウディア・ラーセルです」
「ベルティア・メディウムです」
「そうか。で?」
僕だ。
「レオンだ」
「んん? 男のような名前だな。まあいい」
ん?
「それで、その姿。全員職能は魔術士か」
皆、ローブ姿だ。
「「はい」」
「ふーん。それなら、ハーコンと接点がなさそうだがな」
「ああ、東南の森で初めて狩りをしようとしたときに、ギルド職員が、ハーコンとグリフィスに同行してやってくれと頼んだので、それで知り合ったんだ」
「グリフィス……あいつに嫌らしいことをされなかったか? ヤツはスケベだからな」
「されてない」
「ふん。それなら良いが。まあ、冒険者に成り立てというのは、何かと不安だ。女ならなおさらだ。まあウチで慣れて自信が付いたら、独り立ちしても良い」
「懐が深いな。ギルドで訊いてみたが評判が良かったのは、この辺か」
「なんだ、ウチを下調べしたのか?」
「友達を紹介するんだ。それぐらいは当然だろう」
「んん? そういえば、さっき冒険者ぽいことを言っていたな。おまえはウチに加入希望ではないのか?」
「ああ。俺は違う。既にベーシスになっているしな」
「俺……? まさかおまえは、男じゃないだろうな?」
またか。
「男だが」
「貴様! 男がこの拠点に入っただと!」
スーザンが俺の胸ぐらをつかみ、持ち上げる。抵抗はしない。
「入れと言ったのは、あんただが」
「うぅぅ……」
激昂したであろう顔。その右眉がピクピクと動いた。
彼女の腕から力が抜け、浮いた尻が椅子に落ちる。
「ふん。確かに、外見だけで判断したのは私の過ちだ。レオンと言ったか。このクランハウスは、男子禁制だ。入ったなどと触れ回るなよ」
「もちろんだ」
僕の方が変態とか言われそうだ。
「それで。クラウディアと……ベルティアはどうなんだ」
「いっ、いえ。私たちは女です」
「それは疑っていない。そうじゃなくて、話を聞いてどうだった。ウチに入る気はあるか?」
横を見ると、ディアとベルが互いに顔を見合わせていた。
「クランの決まりは、会費だ。ウチでは稼ぎの1/4をクランに入れてもらう。その代わり、ベーシス以上を支援に付けるし、ここも使える。魔術士は、どこでも不足気味だ。歓迎するぞ」
1/4が多いか少ないかだが。たぶん、少ない方だろう。
利得としては、狩りのやり方や狩り場も教えてくれる。始めた当初などは、魔獣と遭遇すらできないことが普通らしいからな。それに複数人で掛かってやっと魔獣は斃せる。あと初心者の内は安全が大きい。さっき見て来た中には、少ないが年配の人も居たから、それ以外にも良いことがあるのだろう。
そのことは、この2人も知っている。彼女たちは、うなずいた。
「わかりました」
「加入したいです」
「そうか。うん。加入を認める。じゃあ、握手だ。よろしくな」
「「こちらこそ」」
おおらかだな。
「ウチに入るのは良いとして。魔術士で冒険者ギルドに入るには、審査がある。サロメア大学の魔導学部なら文句はないはずだが」
「学生証を見てもらったらどうかな」
「あっ、そうね」
「どうぞ」
2人がスーザンに渡す。
「ふむ。言ったことにうそはないようだな。ちなみにあんたも見せてくれないか? できればギルドカードを」
「かまわないが」
何が知りたいんだ? 僕も渡す。
「チィ。本当に男かよ」
なんだ、まだ疑っていたのか。
「それは良いとして、去年加入のベーシス2級。1年で、ここまで上がったのかよ。くぅ。あんたの名前は覚えておく」
いや、忘れてもらって良いのだが。
「あのう。それって、すごいことなんですか?」
ベルがスーザンに訊いた。
「んん、まあ100人に1人居るか居ないかだ」
「えぇぇ……」
「冒険者ギルドでは、加入段階でノービス1級から3級に振り分けられる。戦闘系で特に大勢居る戦士系は、多くは3級から始まる。少数しかいない魔術士は2級からがほとんどだ。そこから普通は数年で初心者1級、5年でその上のベーシス3級ってとこだ。レオンは、そのひとつ上の2級だ」
そんな物なのか?
「ええぇぇ。すごいんじゃない? 知らなかった」
「レオンは、自分のことは黙っていることが多いよな」
「ふん。とはいえ、昇級が早ければ良いというものでもない。最初は早くても、そこからベーシス止まりのヤツも居るしな。まあ人それぞれだ」
じろっと僕を見た。
僕に慢心するなと言っているのだろう。昇級に興味はないのだけれど。1人で入会地に入ることができるならば、特に言うことはない。
「さて、皆に紹介しよう。来てくれ」
2人はうれしそうに立ち上がった。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/04/05 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)