143話 新年度
大学生は、夏休みが長くて良いよねえ。作内の季節が追い付いた。
「やあ。ディア、ベル。久しぶり」
ん?
「あっ……久しぶりだね。レオン」
「うん。2カ月ぶり」
10月になって、新しい学年が始まった。学食で、食べ始めていると、2人がやって来たのだが、何か様子が変だ。こそこそ内緒話をしている。
「どうかした?」
「いや、それは、こっちのセリフだよ。ねえ、ディア」
うんうんと肯いている。
「えっ、僕?」
「いやあ、見た目は少し陽に灼けたって感じぐらいなんだけれど。雰囲気が違うんだよねえ」
「そうそう」
「そうかな。何も変わっては居ないけれど」
「いいや、変わったね。もしかして女ができた?」
ゲホゲホ……。
「ちょっと、ベル。声が大きいよ」
何か、周りから視線を感じたが。10秒くらいで散っていった。
「夏休み中にできてないよね? 恋人とか」
「できてないよ」
できたのは年明けだ。
「良かったわね。ディア」
「そっそう。おっ、女はともかく。大人になったって感じがするわ」
「そうねえ。夏は少年少女を大人に変えるって言うからねえ」
「いや、前から大人だろう。15歳だし」
「いやぁ。まあそうなんだけどね。レオンは全体的には、落ちついているし、老けて見えるけど、どこか、お子ちゃまなところがあったんだけど」
「確かに」
「そうかなあ。別に変わってないけどな」
「なんか、魔力が前よりまぶしい感じはある」
「うんうん。魔力の余裕。大人の余裕?」
「大人は関係ないと思うけど」
魔力か。
上限量は増えたとは思うが、規模感が分からない。ただ少なくとも、経過時間当たりの回復量が大幅に増えたのは確実だ。
「あと、何よ、その量」
量? 指の先。
「ああ、食事か。何か最近食欲があるんだよね」
「そうなの?」
「そこは大人じゃなくて、育ち盛りなのね」
「それはともかく。レオンはエミリアだっけ。故郷に帰ったの?」
「うん。7月の末に一応顔を出して、すぐ王都に戻ったよ」
「すぐって、行くのに2日ぐらい掛かるんじゃないの?」
「そうなんだけど。もう、家にも僕が住んでいた部屋もないし」
「そうなんだ」
視線に哀れみがこもっている。3男以降の男子はなあって認識だろう。
でも、僕は実家には、いまだに世話になっているしなあ。商売相手だからということは多分にあるけれど。
「2人も知っているコナン兄さんの子がもうすぐ生まれるからねえ。その子の部屋になってる」
「へえ。コナンさんのねえ」
「良い子が生まれると良いわねえ」
「そうだね」
「それより、ふたりこそ故郷に戻っていたんだよね。何か変わったことは?」
「いやあ。帰ったわよ、レオンの下宿みたいに、寮は居心地が良くないから。帰ったけどね」
「私はそこまででもないけれど。まあ、実家よりはねえ。でも、子爵様のところへ行かされたし」
ディアはまめに暮らしてそうだ。女子寮には入ったことがないから心証に過ぎないが。
「ほう……子爵様麾下の子弟に顔合わせさせられた?」
そうか。嫌そうなのはそれか。縁談の話があってもというか、ない方が不自然だ。
「まあねえ。行儀見習いもさせてもらったし。何だか夫人に気に入られてるし」
「ディアは、いいわよねぇ……って、そんな話をしている場合じゃないのよ。レオン」
ん?
「休み前に、言っていた話ってどうなった?」
口にまだ、肉の塊が入っている。
なんだっけ? 首をかしげた。
「ええぇぇ。私たちが、冒険者になるって話よ」
肉を飲み込む。
「その話か。ギルドとクランに加盟するってやつね」
「そうそう」
技能学科生も2年生になったから、冒険者稼業解禁だ。
2人もようやく食べ始めた。
「ええと。ギルドの方は王都南支部で良いと思うけど。クランの方は、銀鎖の剣ってところに……」
「ふーん。聞いたことがあるわ、銀鎖の剣! あっと、ごめん」
「……うん。そこの上級冒険者に訊いてみたよ」
訊いたのは9月の上旬だ。
「そんな伝手があるんだ。それで?」
「姉妹クランに白銀の剣ってクランがあって、そこが良いんじゃないかと」
「白銀……」
「銀鎖の鎖には男女の冒険者が所属しているけれど、白銀の方は女性冒険者しか所属できないそうだよ」
「確かに、それは安心かも」
安心なあ。グリフィスとハーコンに訊いてみたが。
『えっ? 女子大学生? 美人なのか? ぜひウチに』
ハーコンの目尻が下がった。腕は確かなのだが、あいかわらず軟派な男だ。
『レオン。そいつは放っておけ』
『なんだよ』
『ああ、良いクランがある。白銀の剣と言ってな、ウチの2代目のクランマスターの姉が作ったクランだから30年くらい昔か。身持ちが堅いことで有名だ。貴族のお嬢様も所属したこともあるし』
『ふん。グリフィスの言ったことは確かだ。あそこは仲間意識が強くて、初心者の教育もしっかりやる。その仲間意識が、すこしおかしい方向に向かうのが玉に瑕だが』
『おかしい方向とは?』
『そりゃあ、同性あ……痛ったぁ、グリフィス! 俺様を殴るな』
”同性あ”ってなんだ?
『女だけで集まれば、なにがしかそういうこともある。だがごく一部だ。ハーコンは自分が白銀のクラン員に爪弾きにされているから、殊更悪く言っているだけだ。わかった。サロメア大学の女子2人だな。幹事には俺から伝えておく』
『レオン、考え直せ。ウチのクランにも女はたくさん居る……痛っ!』
あいかわらず、あの2人は仲が良さそうだった。
「それでだ、10月になったら訪ねていくと伝えてあるから」
「えっ、いきなり行くの?」
「そりゃあ、話を聞かなければ分からないだろう。それに冒険者は回りくどいのを嫌うからな。話をして、気に入らなければ断れば良い。クランの拠点はここだ」
紙に書いた物を、ディアに渡す。
「うっ。わかった」
「で、レオン。付いてきてくれるんだよね」
「はっ? いや……」
「友達だよね? おい、ディア」
「とっ、友達だよねぇぇ?」
2人が迫ってくる。
「うぅぅ。わかった」
†
「やあ。レオン君。久しぶりだね」
「先生方。2年次もよろしくお願いします」
リヒャルト先生、ターレス先生も久しぶりだ。
「早いよな。この時期は、毎年そう思うよ」
「そうですが。今年は特に楽しみだったよ。リヒャルト先生」
「ですね」
先生たちは、僕を見た。
「それで、新学期は、いよいよ純粋光の発振だね」
「はい」
純粋光───
怜央の記憶にあった同一波長で位相がそろった光のことだ。
彼らの言語でいえば、レーザー。誘導放出による光増幅放射だ。
直進性が高く、集束による焦点径を極端に小さくできる。つまり、僕の研究目的に合致している。さらにはエネルギー密度を純粋光以外に比べて格段に高くできることも利点だ。
純粋光自体は、この世界の概念というか、古代エルフの遺産として概念だけが伝わっている。今となっては発現方法が失われている。
刻印魔術を初めて見たとき、魔導光を純粋光かと思ったが、そうではなかった。揺らぎが含まれており不完全なのだ。魔道具の方も似たりよったりで、陽光などの自然光よりはずいぶん良いが。
それが、先行研究が挫折した理由だ。
「はい。増幅用の媒質を作ります」
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2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
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