閑話4 1年過ぎてanother
「141話 1年過ぎて」の別人物視点です。
───エイル視点
「あのね。ぼくねえ、べんきょうしてるんだよ」
「そうなの。何を勉強しているの?」
この子はロッテちゃんの弟、ヨハン君。とてもかわいい。5歳だそうだ。
ウチはお姉ちゃんしかいなくて、妹も弟も居なかったから、彼女がうらやましい。
ただ、彼女のお母様が後添えに入った家の子だから、血のつながりはないとのことだが。
「えっとねえ、つづりかたとね、さんすう」
「ふぅん」
綴り方と算数か。
ソファーの方を見る。
「ああ、この前から家庭教師の先生に来てもらっているの」
「うん、やさしいよ」
さすがは、リオネス商会の王都支店長の家だわ、裕福ね。まあ、娘2人を(歌劇団)養成学校に通わせていたから分かってはいたけれど。
今日は、彼女の家にやって来た。夕方から、聖ルブラン聖誕祭というお祭りがあるのだけれど、ウチでパレードを見物しないかとロッテちゃんが誘ってくれたのだ。見物の方は、ここではなくて支店へ移動するようだ。
ん。ノックだ。
「はあい」
ロッテちゃんが返事をすると、メイドが入って来た。さっきお茶を運んでくれた人だ。
「お嬢様。レオン様がお越しになりました」
えっ!
「そうなの?」
「はい。応接室へお通しいたしました。奥様にもお知らせいたします」
「わかったわ。ありがとう」
「失礼いたします」
「レオンにいちゃんがきたの?」
「そうみたい」
「わあ、いこう」
ソファーから降りると、一目散へ扉へ駆けだした。
「えっ、レオンちゃんが来たの?」
「私たちも行きましょう」
「うっ、うん」
聞いていなかった。服は大丈夫かしら、思わず、着ている物を見る。大丈夫、大丈夫よ。
ロッテちゃんは階段の前でヨハン君を捕まえると、手をつないで降りていく。私も2人を追って1階に降りて、廊下を早足で進み、部屋に入った。
「レオンにいちゃん、こんにちは」
「やあ、ヨハン君。こんにちは……えっ?」
驚いている驚いている。レオンちゃんも、ここに私が居ることを知らなかったのだろう。
「こんにちは、ロッテさん、それにエイルも」
ロッテちゃんはさん付けで、私は呼び捨てね。今のところ私の方が距離が近いということだわ。
「久しぶり。大学祭以来ね」
「うん」
レオンちゃんは、私のことを嫌ってはいないとは思うけど、いつも微妙な面持ちになるのよね。
「エイルちゃん、うれしそう」
ちょっとなんてことを言うのよ、ロッテちゃん。
「そっ、そんなことはないわよ」
「そうかなあ」
なんだか、嫌な笑い方だわ。
レオンちゃんが気にするかと思ったけど、ヨハン君が、話し始めた。
なぜか少しほっとして、ソファーに腰掛ける。
いけない、いけない。からかわれただけだわ。まあ、女同士、見透かされているのかしら。こちらも見透かしているけれど。
「やったぁぁあ!! あけてもいい?」
わっ。
もう! なんなの?
箱?
ああ、何かレオンちゃんが、贈り物をしたようだ。おもちゃかな?
甲斐甲斐しく、ロッテちゃんが包みを開けている。
箱が開いたわね。
ん? 何、あれ?
ちょっと尖っていて、透き通っている。ヨハン君が、さっき綺麗と叫んだけれど、その通り。よく見ると、何かねじれているところがあるし、横に張り出した部分があるわ。最初編み物の編み棒かと思ったけれど。
えっ? 私だけ知らないの?
「ちょっと。待って。それってなんなの? みんなは知っているようだけど」
「これはねえ。ク、クリ……なんだっけ?」
「クリスタルペンでしょ」
はっ? ペン?
「これってペンなの?」
うそでしょ。こんなの見たことがないわ。
そう思っていたれど、レオンちゃんが、ノートとインク壺をいつの間にか出して、ヨハン君に渡した。
そして、ペンといわれた物を、壺に浸けた。
うわっ。青いインクを吸い上げた。なんで? 魔術?
「ヨ~~ハ~~ン。かけた」
「本当だ、ペンだわ。でもこんなペン初めて見たわ」
「レオン君が、アルミラージだっけ。その角から作ったのよ」
角? これが?
「あれ、詳しいわね。ロッテちゃん」
「おねえちゃんも、もってるもんねえ」
「へえ、そうなんだ」
なぜか胸が痛くなり、それに耐えていると、いつの間にか部屋にはレオンちゃんしかいなかった。
ちょ、ちょっと。私を取り残さないでよ。取り繕わないと。
「ふぅん。クリスタルペンねえぇ。ロッテちゃんも持っているんだ」
声が震えないように、気を使う。ちょっとこっちを向いたけど、それだけ。もう!
「昔から器用よね、レオンちゃんは」
「器用なのはハイン兄さんだよ」
なんで、関係ない人の名を出すのよ。
「ハインさんはどうでもいいけれど。あっ、気にしないで。私はねだったりしないから」
まあ、憎たらしい。別にそんなことは考えてもないみたい。
でも、私の知らないところで、随分、ロッテちゃんと会っているようだわ。
「そうだ。ねえ。ロッテちゃん。雰囲気が変わったと思わない?」
おっと、私はなんでこんなことを言い出したのだろう?
「そういえば、なんとなく」
あれ? 分かってないのかな。
「髪を伸ばして、胸を強調するような服の着方をしてるのよ」
ん。うなずいた?
「なんでそんなことをしてると思う?」
「さあ」
さあって。
「にぶいわね」
「はっ?」
「アデレードさんと違うというところを見せたいからよ。どうしたって。看板男役の妹って目で見られるからね。お姉さん並みで当たり前。少しでも劣れば、妹はできが悪いって言われるのよ。例え同級生より優れていてもね」
私だってそうよ。あんな男役を見せられたら。自分が男役をやったらかすむだけだわ。
言いたくはないけれど。アデレードさんは少なくとも10年に1人の女優、きっともっとだと思う。
女優と養成学校の学生と比べても仕方ないけれど。たった3歳上の人、意識せざるを得ないわ。
それなのに。
「レオンちゃんじゃないの? 真正面から同じ道で挑もうとしているって言ったのは」
悪びれてないのか、素直にうなずいた。
「ロッテちゃん。うれしかったって言っていたわよ。なのにねえ」
そうか、口に出してわかった。
レオンちゃんは、ロッテちゃんを、異性とは見ていない。
それは私もだけど。
ならば───
「レオンさん。いらっしゃい」
ああ。うぅぅぅむ。
はっ!
私はレオンちゃんに何を言おうとしたのだろう。
まったく。私はいつもこう。彼の前に出ると、どこかおかしくなる。
おば様に助けられたのだわ。
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訂正履歴
2024/09/25 誤字訂正
2025/04/04 誤字訂正 (森野健太さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ponさん ありがとうございます)
2025/04/12 誤字訂正 (tokujuさん ありがとうございます)