142話 会社設立(5章 本編最終話)
起業する先輩が結構いらっしゃるんですよね。
9月中旬。
アリエスさんにより、新会社の設立準備は着々と進んでいる。僕に手伝うことはないかと聞いたが……。
『いえ。レオン様は、出資金だけご準備いただいて、どんと構えていてください』
僕は、準備ができたら、確認すれば良いらしい。
まあ本来、発起人と出資者の関係はそういうものだが。
『それより。できましたら、その間に新しい特許を考えていただければ、うれしいです』
そう。新会社の仕入れは僕の特許だ。新会社が、出願人かつ権利者となる。
その対価を僕に支払うことになるが、売上はその特許権使用の外部に対する許諾料だからな。
そういえば、クリスタルペンについて意匠権も出してないし、特許ではなく公開技報(特許権を主張しない情報公開)にしたことを大層残念がられてしまった。材料は違うものの、物自体は怜央の世界にあるし……できた物に僕の工夫が少ないかなあと思って、判断したので後悔はない。
ただそのことは、アリエスさんには説明できないので、立派に特許にできましたのにという話になったのだ。
さて、今日は準備がほぼ調った確認の日だ。賃貸で借りた事務所で、その彼女と向かい合っている。場所は南区だが、北東の角のレズルー街にあり、リオネス商会王都支店にも近い。大通りから1本西に入った静かな場所だ。大通りには馬車鉄も走っているし、下宿からは来やすい。しばらくしたら、ここに来る頻度も減るとは思うが。入居日に、貸事務所の経営者に引き合わされた。
外装は石造り、内装は一部レンガ造りの4階建ての3階だ。事務所は階の半分位を占める。階段ホールを挟んで向こうには別の会社が入っているそうだが、そこの人に会ったことはない。
アリエスさんは、事務所の応接室のソファーにすわって、帳面に向かっている。さっき僕が言ったことを、書き留めているのだ。
ふむ。
応接室は10人ぐらいで会議できるぐらいの広さだ。左隣に一回り小さい社長室になるであろう個室と、その2部屋を併せたくらいの事務室がある。
それにしても殺風景だな。家具が少ない。ソファーが8客並んでいるが、元は良い設えなのだろうが、古びている。
「では、トードウ商会の定款はこれで良いとして……」
新会社の名前はトードウ商会にした。僕や既存の人名から何かを感じ取らせないために、何かしらの固有名詞を考えたのだが、良い案が浮かばず、結局怜央の名字である藤堂から持って来た。
しかし。
『トードーって何ですか?』
『いや、トードウね』
ジト目で見られた。
アリエスさんの疑問はもっともだ。そんな言葉はセシーリアにはない。地名でもないし、何かの固有名詞も思い付かないはずだ。
『意味を伺いたいのですが、それとも造語ですか?』
『あぁぁ……古代エルフ語で「やるべきこと」という意味だ』
『やるべきことですか! おおお。そうなんですね。これは良い名前をいただきました。ありがとうございます。トードウ商会。気に入りました』
僕の笑顔はぎごちなかったことだろう。どうも、うそをつくのは苦手だ。
それでも、あの時はアリエスさんは興奮したように頬を赤らめていた。
「……資本金となるレオン様の出資金ですが。確認させていただいてもよろしいですか?」
おっと、回想に浸ってしまった。
「ああ、金はここにある」
≪ストレージ───出庫≫
「現金で、しかもメレウス金貨ですか」
アリエスさんは、ふうと溜息をついた。収納魔術の方は、何回か見せたのでもう驚かなくなっている。
「まずい?」
額面100セシル(10万円相当)となっているが、流通は金の価格で評価される。この前は92セシルだった。
「いえ。えっと。200枚以上ありますね」
資本金は2万セシルにした。この前にもらった金額から税金を差し引いた額を入れようかと思ったら、多すぎるのも税金面で良くないらしい。資本金が多い程、社会的信用は得られるが、相場というものがあるらしい。
出資額だが、僕が資本金の19500セシル、発起人となるアリエスさんもなにがしかは必要なので500セシルを出してもらうことになった。
僕の持ち株比率が2/3を超えているので、特別議決を単独で可決できる。最悪彼女というか役員を解任できる。
「既に5千セシルをお預かりしておりますので。残りは会社設立後、法人口座に払い込みをお願いいたします。代わりに株券を発行します」
「了解」
「では、登記に必要なものは全て揃いました。明日登記手続きをして参ります」
「よろしく」
「それで、やはり創立直後から監査役を置こうと思っています」
何かを考えているときに、顔付きが母様に似るんだよな、この人。定款には、株主の要請により監査役を置くと書いてある。
「良いけれど。成り手に心当たりはあるの?」
「はい。商工ギルドからベネットという方を紹介いただきました」
ふむ。もう商工ギルドに、接触しているのか。如才ないな。
「ベネット。どんな人?」
「年齢は65歳で、真面目そうな男性です。財務畑の経歴が長いですね。なんでもレオン様が在学されているサロメア大学の職員だとか」
「えっ、あのベネットさん?」
「お知り合いですか?」
「数カ月前に世話になったよ」
産学連携事務所の人だ。
「でも、ベネットさんは大学と兼業でも大丈夫なのかな?」
「はい。9月末で非常勤になるそうで。問題ないそうです」
「そうなんだ。じゃあ、代表のよきように」
「ありがとうございます」
「そうだ。人材と言えば、従業員の方は?」
「はい。先日に話した彼女ですが、めどが立ちました。設立後に正式に雇用します」
「そう」
会社の人事は、アリエスさんに任した。彼女がやりやすいようにしてもらうのが良いと思う。
サラという名前で、知り合いの女性らしい。有能ですよと言っていた。幸か不幸か、母様の一族ではないそうだ。
「うーん」
「何か?」
「いやあ。なんというか、女性だけというのは物騒じゃないかなと思って」
アリエスさんは、少しポカーンとした。
「あら。ご配慮ありがとうございます。アンリエッタ姉様から聞いておられませんか?」
何を? 首をかしげる。
「私、ソラレタリー体術を修めておりまして、その辺りにいる男が数人であれば、後れを取るつもりはありません。まあ姉様には勝てませんでしたが」
ソラレタリー体術って、確か技能学科の単位にあったよな。
「聞いていないというか、母様が体術をやっていたことすら知らなかったよ」
「まあ、そうですか。嫁ぎ先では随分猫を被っているんですね」
いや、被っていないけれど。体術を別にしても十分怖いしね。
「それにこの建物は、家賃が高い分、警備はしっかりしています。登録の人物を除き、当方がその日に提出する名簿にはない人物を通さないことになっています。ご懸念には及びません」
「わかった」
ちゃんと考えているな。
僕も初めて入るときに、新会社の大株主だと建物の持ち主に紹介をされたんだった。
「他には何か?」
「そうだなあ。会社設立とは直接関係がないけれど……」
「なんでしょう?」
「うん。なんというか、この部屋もそうだし、社長室も事務所も家具というか什器とか、質素過ぎないかなあと、思って」
「創業ですし、経費は抑えるべきだと思います。ここにある調度も元からあった物の他は、賃貸の物です」
「うん。不自由はしないかな?」
「不自由はあって当然です。最低限は整っていると思います。お気遣いはうれしく存じますが、まずは利益を上げてからではないでしょうか?」
「わかった。アリエスさんが代表だ。任せるよ」
「承りました」
翌日。商工ギルド内にある公証役場で法人登記が受理され、トードウ商会が設立できた。9月15日が創立日となった。
数日後、僕は残る出資金を新たに開いた会社口座へ払い込み、株券を受け取った。全て未公開株だ。
額面50セシルの10枚分が1枚に印刷されている。
綺麗な線画の枠と額面、トードウ商会の社名、中央に古代エルフ遺跡の門が描かれている。そしてアリエスさんの署名があり、通し番号の11番から400番まで39枚だ。1番から10番は彼女が持っている。
†
今日はギュスターブ大劇場へ行って来た。アデルの主演公演3日目だった。本当は初日に行きたいのだけれど、いろいろ関係者がいるからね、避けた方が良い。
いやあ、男役だけど色気があるんだよねえ。
宙乗りも、意外と魔蜘蛛糸が細くて目立たず、ちょっとひやひやしたけれど。
アデルが言っていた、宙に浮いている姿が重力を感じさせないというのはさすがに言い過ぎだが、舞うように飛んでいた。
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2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ponさん ありがとうございます)