141話 1年過ぎて
作中の季節が、追い付いてきた。
月曜日。今日は聖ルブラン記念日だ。
セシーリアが、まだルートナス王国の一部だった頃。現王都であるサロメアも当然ながら単なる地方都市に過ぎなかった。
ある年、夏に長雨が降り、流行病がこの町で猛威を揮った。そこで魔術を使って多くの住人を救ったのが、聖ルブランだそうだ。
以来、彼の生誕日を祝った祭りが王都になった今でも催される。
ダンカン叔父さんに呼ばれて、彼の家にやって来た。
「レオンにいちゃん、こんにちは」
勢いよく扉が開いて、幼い従弟が部屋に入って来た。
「やあ、ヨハン君。こんにちは……えっ?」
驚いたのは、続いて入って来たロッテさんでもなく、さらに後ろだ。
「こんにちは、ロッテさん、それにエイルも」
幼馴染みがいた。
まあ、僕の親類なのだから、ここの家族にとっても親類だ。それから彼女たちが友人と考えれば驚くに当たらないだろう。しかし、エイルにはよく意表を突かれる。
「久しぶり。大学祭以来ね」
「うん」
「エイルちゃん、うれしそう」
「そっ、そんなことはないわよ」
「そうかなあ」
意味ありげな笑みを浮かべている。
ふーむ。そういえば、ロッテさんは感じが変わったなあ。なんだろう。どこがどうなのかわからないけど、雰囲気がこの半年ぐらいで変わってきた。
「おにいちゃん」
隣にすわったヨハン君の声で、我に返る。そうだった。
「はい、これ。入学おめでとう。ヨハン君」
懐から小さな包みを出して渡す。
「えっ! くれるの? ありがとう……もしかして、あれ?」
「そうそう」
「やったぁぁあ!! あけてもいい?」
彼の歓声で、エイルがビクッとなった。
「ちょ、ちょっと待って、ヨハン!」
「なに。おねえちゃん……」
「お母さんに見せないと駄目でしょ」
「ああぁぁ」
「見せられるように、お姉ちゃんが綺麗に開けてあげる」
「うん……」
しぶしぶロッテさんに渡した。
包みに掛かったリボンを外して、包装紙を慎重にはがす。
「はい。ヨハン」
出てきた箱を渡された、ヨハン君はゆっくりと箱を開けた。
「わぁぁあ。すごい! きれーー」
「本当だ。なんか6角形の鍔が付いてる」
「さきちょがとっきんとっきんじゃない」
「たしかに、先端が太くて丸いわね」
そう。クリスタルペンだが、これまでの物とは意匠を変えてある。
あまりペンを使ったことのない小さな子供向けに、転がらないように鍔を付け、ペン先が肌に当たっても刺さらないように丸めてある。そして握力が小さくても握りやすいようにペン軸を太くして、その代わり重くならないように短めに作った。
「かっこいいよ、これ。ありがとう。おにいちゃん」
満面の笑顔だ。
語彙が少ないなりに褒めてくれている。
「どういたしまして」
「うれしいなあ」
「ちょっと。待って。それってなんなの? みんな知っているようだけど」
エイルが、ヨハン君が握る物を凝視する。
「これはねえ。ク、クリ……なんだっけ?」
「クリスタルペンでしょ」
「クリタスペン」
「あはははは」
「これってペンなの?」
エイルは眉根を寄せる。
「ヨハン君。これもあげるから。文字の練習をするといいよ」
「わぁ、あおいインクとノートだ。かいてもいい?」
「いいよ。ああ、ちょっと待って最初は固いから、蓋を」
インク壺を開けてあげた。
「ぼくね。ヨハンってかけるんだよ」
「そうか。じゃあ、書いてみよう」
「うん」
「そうそう。そうやってゆっくりと浸けて。それぐらいで良いよ。じゃあ書いてみよう」
ペン先の少し上のねじれた溝にインクが吸い上がった。
「ヨ~~ハ~~ン。かけた」
「おお。上手だねえ」
「うん。うまくかける、これ」
おせじでなく、5歳児が書いたにしては立派な文字だ。
「本当だ、ペンだわ。でもこんなペン初めて見たわ」
エイルが目を瞠っている。
「レオン君が、アルミラージだっけ。その角から作ったのよ」
「あれ、詳しいわね。ロッテちゃん」
「おねえちゃんも、もってるもんねえ」
「へえ、そうなんだ」
「そうだ。おかあさんにみせてくる」
「ちょっと待って。ペンはお姉ちゃんが持っていってあげる」
「うん。いこう!」
あわただしく、姉弟が応接室を出ていった。
部屋に残される僕とエイル。微妙な空気だ。
「ふぅん。クリスタルペンねえぇ。ロッテちゃんも持っているんだ」
エイルが僕を見ている。
「昔から器用よね、レオンちゃんは」
「器用なのはハイン兄さんだよ」
「ハインさんはどうでもいいけれど。あっ、気にしないで。私はねだったりしないから」
出してもらってあった茶を喫する。
「そうだ。ねえ。ロッテちゃん。雰囲気が変わったと思わない?」
「そういえば、なんとなく」
さっき入ってきた時そう思ったけれど。
「髪を伸ばして、胸を強調するような服の着方をしてるのよ」
ふむ。そういえば、前は髪が肩に届いていなかったが、今は脇まで伸びている。それか。
「なんでそんなことをしてると思う?」
「さあ」
誰かと差を付けたいのか? さしずめ……。
「にぶいわね」
「はっ?」
「アデレードさんと違うというところを見せたいからよ。どうしたって。看板男役の妹って目で見られるからね。お姉さん並みで当たり前。少しでも劣れば、妹はできが悪いって言われるのよ。例え同級生より優れていてもね」
やっぱりな。胸の方は娘役志望の強調か。
「レオンちゃんじゃないの? 真正面から同じ道で挑もうとしているって言ったのは」
ああ、言ったな。
「ロッテちゃん。うれしかったって言っていたわよ。なのにねえ」
あれ? 幻滅するかと思ったら笑っているような、気のせいか?
おっ。
「レオンさん。いらっしゃい」
ブランシュ叔母さんが、さっき出ていった2人と応接室に入って来た。
「娘2人だけじゃなくて、ヨハンにまで。申し訳ないわ。でも、ありがとう」
僕も立ち上がる。
「ああ、いいえ。ヨハン君との約束なので」
「そう、やくそく」
「もう、ヨハンたら。レオンさんに御礼を言ったの」
「いったよねえ。でも、もういっかいいおう。ありがとう、レオンにいちゃん」
本当の親子みたいだな。
よかったなあ。ヨハン君。
「ああ、もうこんな時間だわ。そろそろ出掛けないと。すぐ用意してくるわ」
†
「皆よく来たなあ」
やって来たのは、リオネス商会王都支店だ。少し日が短くなって、夕闇が迫っている。
裏口から入って、2階の応接室に上がってきた。さっきちらっと見たが、西側に面している南北に走る大通りには、すでに多くの人たちが詰め掛けている。
「おとうさん」
「おお、ヨハン」
父親の腰に抱き付いた。
「あのねえ。おにいちゃんが、あのペンをくれたんだよ」
「おお、そうかそうか。よかったなあ。レオン。ありがとう……ん?」
視線が僕の横に向く。
「ダンカンさん、お久しぶりです」
「ああ。エイルちゃんかぁ。大きくなった。だいぶ背が伸びたなあ」
「えっ? おとうさん。エイルおねえちゃんをしってるの?」
「そりゃあ。親類だからな」
「しんるい?」
「エイルちゃんが、ヨハンぐらいの時から知ってるぞ」
「へぇ」
そのとき。外からいつもより大きな音で、鐘が乱打された。
応接室の出窓から見下ろすと、大通りの両側はかなりの人出だ。聖ルブラン聖誕祭の開幕だ。東西、それぞれの区で祭りがある。
「おお。見えてきたぞ。ヨハン」
彼は、息子を抱えると出窓から外を、北の方を眺めた。
「ほんとうだ、でっかい」
通りの遙か先から、手を広げた立像といっても張りぼてだろうが、台車に乗せられて、こちらへ進んでくる。
確かにでかいな。頭が、この2階よりだいぶ高い。
おそらく聖ルブランだ。内部に魔灯が仕込まれているのだろう、明々と光っている。その後ろにも、続々と台車が来る。
「そうだ。ぼく、むかしもみたよ、これ!」
「ははは。昔って大袈裟だな。去年だろう」
そうか。去年のちょうど今頃、王都に出てきたんだった。
「何、レオンちゃん。笑って」
「いやあ、僕も王都に出てきて1年かあと思ってさ」
エイルは目を瞬かせて、何かを思う風情だった。
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訂正履歴
2024/09/18 微妙に修正
2024/09/19 誤字訂正,人名間違い(誤:エタルド、正:ブランシュ)(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/12 聖リヴァラン→聖ルブラン(hoge3さん ありがとうございます)