140話 ちょっとした手助け
人助けもタイミングですよねえ。
「ほう。そのアリエスという女性に、新会社の経営を任せることにしたのか……じゃなかった。したんですか?」
その打ち合わせを終えた後、支店長室に移動してダンカン叔父と話している。
父様に倣ったのか、少なくとも支店では僕を取引先として扱うことにしたようだ。
「ええ。そうなんです」
「副会頭の従妹ですか……まあ副会頭が言及したのなら、その通りの人物なのでしょうが」
ふむ。叔父さんも、アリエスさんとは面識がないのか。
「はい。うまく回り出せば、叔父さんの苦労も幾分かは減らせるかと」
「ははは。私の苦労など」
「いや、父様から叔父さんに厄介を掛けていると、言われました。よく分かっておらず申し訳ありません。ありがとうございます」
そう。
僕が出した特許を含む製品の商品化については、今のところリオネス商会に委ねている。その交渉相手が多いというのと、なかなか一筋縄ではいかない相手があるそうだ。その壁になってくれているのは遠隔地のエミリアにある商会本店ではなく、それらの交渉相手は、利便性の良い王都支店にやってくるのだ。大変さが想像に難くない。
「ニコラさんも、ありがとうございます」
叔父の後に立つ、彼も交渉事の実務をやってくれているそうだ。
「いえ、お役に立てて光栄です。それに、取引に来られる方の切実さを見て、レオン様の偉大さを感じております」
「はあ……」
「たしかになあ。国立劇場の配当もあるし、照明魔道具の売上も倍々で増えてきているから、会社を作る意味が十分あるでしょう」
帰省したときに通知されていたが、国立劇場の配当と、アイロンの生産会社との契約金の半額を合わせて6万セシル余りが月末に振り込まれてきた。
王都でもけっこう大きな家が買えそうな金額だ。ギュスターブ大劇場でも規模は落ちるそうだが、それでも結構な収入になるらしい。照明魔道具の配当も月々千セシルを超える見込みだ。
金額が大きすぎて実感がないし、人ごとにしか思えないな。
まあ劇場の方は泡銭だと思って、事業開始に使わせてもらおうと思う。いずれにしても収入が増えるのは良いことだが、義務も発生する。心構えもだ。とりあえず引っ掛かっていたラケーシス財団の奨学金に関しては、打ち切ってもらったけれど。
「そうか。でも会社を開くのは結構物入りですからねえ。事務所は貸し物件で良いとして。今までやっていた業務内容からすると、従業員はもう1人……だと苦しいか、どうだ?」
ニコラさんの方を向く。
「そうですね。専任であれば、そのアリエス殿ともうひとりから始められるぐらいでいかがでしょうか」
なるほど。叔父さんもニコラさんも支店長とその秘書の仕事も熟していたからな。
「そうだな。幹部を決めれば、不足分は随時補強をすればなんとかなるでしょう」
「そうですね。僕が資本金も出しますし、出資もしますが、会社はアリエスさんが経営しますので、彼女の意向を重視して、決めてもらいます。ところで会社はどこに置いたら良いと思いますか? お奨めの場所はありますか?」
「場所ですかあ……何か物を販売するわけではないから。設立から時間がたてば、王都ならここ東区でも西区でも良いと思いますが。しばらくは、レオン殿が住んでいる南区がよろしいかと」
「ほう」
「アリエス殿に任せるとしても、最初は頻繁に打ち合わせる必要があるでしょうし」
「わかりました。助かります。では」
「あっ。ちょっと。少し叔父に戻るが。聖ルブランの日にはわが家に来てくれよ」
「そうですね。伺います」
†
「レオンちゃん。いらっしゃい」
「うん。アデル、久しぶり」
9月に入って、だいぶ日が短くなってきた。その夕暮れ頃、アデルの部屋にやって来た。
「あっ」
「えっ、うん。ユリアさんが居るわ」
アデルのものとは違う履き物が玄関にあった。
「そうなんだ」
そう言いながら僕もスリッパに履き替え、そのまま奥の部屋に通される。
「ユリアさん、お久しぶりです」
「こんばんは。ちょうどお料理ができたので、邪魔者は退散します」
いや。まあ、その通りだけど。
「それでは」
エプロンをそそくさと外すと、彼女は特に何も持つことはなく、部屋を出て行った。まあ、階下に住んでいるからね。
「ふぅ……」
「アデル、舞台稽古はどう? 疲れてない?」
少し頬が痩けたかな。
「うぅん。うん。ちょっとね。月曜日もお稽古だし」
「そうなんだ」
「新しいことに挑戦しているからね」
「新しいこと?」
「宙乗りよ」
はっ?
「宙乗りって。劇の中で紐で吊られて、宙に浮くってやつかな」
「そうそう。紐じゃなくて、蜘蛛魔獣の糸だけどね」
「へぇぇ」
一抱えもある蜘蛛だ。なんでもとても軽く鉄より強く、相当断線しにくいらしい。怜央の記憶にある炭素繊維みたいな物かな。
「うん。最近は歌劇団でもあまり使われてなかったんだけど。私がお願いして公演に取り入れてもらったんだけど……」
ん?
「まさか。このまえ、王都に帰ってくるときの飛行魔術が切っ掛けとか?」
「そうそう。なんか宙に浮くのが癖になっちゃって」
「うわぁ」
失敗したか。
「でも何と言うか。あの時と感じが違うのよね。宙に浮くけど、重さはあるし」
「そりゃあ、魔術の方は、重力を相殺して浮かんでいるからね」
「えーと。重力って? 何の力?」
「うっ、うん」
もちろんこの世界でも重力の存在は認識されているが、概念や名称が庶民にまで行き渡ってはいない。
「えっと。物が下に落ちる力だよ」
「ふーん。そうなんだ」
「でもね。レオンちゃんと一緒に飛んだ時のように、風のようにしなやかに演じたいんだよねえ……」
上目遣いで、僕を見て居る。しなやかか……。
「じゃあ、もう1回飛んでみる?」
「えぇぇ。私が飛びたいってわかっちゃった?」
分かるって。
「ごめんね。大事な魔力なのに」
「それは問題ないけれど。日が暮れる前に飛んだ方が良いから、今から行こうか」
「うん! あっ、でもユリアさんがせっかく作ってくれた、お料理が冷めちゃうわ」
「大丈夫!」
「えっ?」
≪ストレージ───入庫≫
大きな鍋と、テーブルの上で既に盛り付けが終わっていた皿が消えた。
「えぇぇ。大丈夫なのかな」
「大丈夫だよ」
魔導収納した物は、時間がほぼ経過しない。だから温度も冷めない。
「じゃあ、飛ぼうか」
「えっ、えっ!? ちょっ、ちょっと待って、着替えてくる。このスカートはちょっと」
アデルは慌てて、居間を出ていった。
いや、どのみち見えないんだけどね。まあ、演技だからアデルの気持ちというか、気分が大事だ。
3分後に居間へ帰ってきたアデルを抱えて、出窓から空に飛び立った。
†
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ」
≪浄化 v1.0≫
アデルと彼女の横に体を入れ替えた僕の身体がうっすらと光り、ぬらついた汗やら何やらが一瞬で消え去る。
「ありがとう。レオンちゃん。はあぁぁ、お肌サラサラ。この魔術だけでも使えたらいいのになあ。ふぅ」
アデルが、上気した息をつく。
1時間ほど、空中散歩を楽しみ、部屋に戻って夕食を取った。
「ねえ。レオンちゃんは、まだお休みよね。最近は何をやっているの。狩り?」
「狩りもしてるけれど、今日は会社の準備だね」
「会社?」
「うん。今度会社を作ることになったんだ」
「えっ、会社って、商会とかの会社よね?」
「そうそう」
「なんの会社?」
「ああ、僕が持っている特許の管理だね。あとは製品を作りたいっていう別の会社が居たら、交渉もしてもらうんだ」
「ふーん。鏡とか、あのアイロンとか?」
「大体そんなところ。鏡は、まだ特許にはなってないけどねえ」
「でも、管理の人が必要なぐらいなんだ」
「そうだね。ダンカン叔父さんに迷惑を掛けているからね」
「へえ。お父さんにねえ……ああ、じゃあ、レオンちゃんは、会頭? 社長になるってこと?」
「いや。僕は株主になるんだ。社長はアリエスさんって人にやってもらうことになったよ」
今のところ会社は設立できていないので、アリエスさんが発起人で、僕が出資者になる。僕が発起人になると、僕のことを登記に書くことになって、新会社の意味が半減する。
「アリエス?」
アデルは、眉根を寄せると仰向けから、こっちに横向きとなった。このところ大きさを増した乳房が弾むように揺れる。
「その人って、女の人よね?」
ちょっと口調が怖い。睡魔がどこかに飛んで行った。
「うん」
唇が尖った。
「その人って、僕の母様の従妹なんだ」
「ええ!」
「まあ、叔母さんみたいなものだね。心配した?」
「しっ、していないわ」
「なら、よかった」
僕は、魅惑的な球体の間に、顔を突っ込む。
「もう! レオンちゃんたら」
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訂正履歴
2024/09/14 細かく訂正、ルビ追加
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (toto708さん、むむなさん ありがとうございます)
2025/04/12 聖リヴァラン→聖ルブラン(hoge3さん ありがとうございます)
2025/04/17 誤字訂正 (おさん ありがとうございます)