139話 人材派遣(下) 面接
面接……アピールと自慢の境界が見えない。
「お待たせいたしました」
「あ。はい」
特許公報を読んでいた、キアンさんが顔を上げた。僕もそちらに向き直る。
「こちらの照明魔道具は、以前に来ていただいたわが拠点でも一部で使い始めています」
「それはそれは」
毎度ありと礼を言うべきだろうか。
「そして投光器については、昨年話題になったエミリア劇場と、最近王立劇場にも納入されたと聞いております。それらの発明者が、レオン殿だったとは。これまで失礼いたしました」
「いっ、いえ、とんでもない」
手を振って否定する。
「ははは……この蒸気噴射アイロンも文書を読みますと、想像だけでも便利になることだけは理解できます」
「はあ。詳しくは申しかねますが、リオネス商会と別の会社で商品化に向けた準備が進んで居ます」
アイロンについては、リオネス商会に生産会社との交渉についての費用と成功報酬を支払うことになっている。僕の権利管理会社ができたら、そちらに交渉窓口を移行する予定だ。
キアンさんは、懐から手帳を取り出すと、特許証を見ながら、何か書き付けた。登録番号だろう。
「そうですか。お返しします」
書類を戻してくれた。
「加えて、この間見せていただいた、あの魔導鏡ですか。特許権が得られれば大きな事業になりますな。レオンさんが権利管理法人を必要されているお考えに同意します」
「ありがとうございます」
「ははは。若年起業家に対する人材派遣支援制度について、十分対象となる件だと思います。援助内容について、打ち合わせましょう」
†
「ただいま」
「おう。おかえり、レオン」
打ち合わせが終わり、下宿へ戻って来ると、玄関でリーアさんが迎えてくれた。
「んんん。何だか知らないが、うまく行ったようだな」
「えっ。もしかして顔に出てます?」
「まあな。心配するな、そんなにニヤけてはいない。それでも1年間一緒にいるからな。わかるぞ」
「あの。夫人は?」
「奥の部屋だ」
「話があるんですが、リーアさんも聞いてくれますか」
「あっ、ああ」
廊下を歩いて奥の居間へ行くと、テレーゼ夫人が椅子に座って編み物をしていた。
「あら。レオンさん、おかえりなさい」
「あのう。おふたりにお話ししたいことがありまして」
「何かしら? まあ、そこにお掛けになって」
「はい」
僕が対面の椅子に座ると、リーアさんが夫人の背後に立った。
「前に申しましたが、今日は財団の方と話をしてきました」
夫人がうなずく。
「実は、僕が作っている魔道具で、それなりの収入を得られるようになってきたので、10月以降については、財団からの奨学金と援助を辞退することになりました」
「まあ、辞退……」
夫人の顔が曇り、リーアさんが眉根を寄せた。
そう。援助の中には、この下宿の家賃と食費、光熱費が入っているのだ。援助がなくなれば、財団からは支払われなくなる。
キアンさんは淋しそうな顔をしていたが、2年次までは報告会をするという条件で納得してもらった。
「そうね。それは、レオンさんの自由だわ」
「それで。ここからが相談なのですが。僕もまだ学生の身ですし、1人でしっかりやっていける自信がありません」
「えっ?」
「財団から、こちらへ支払われている額を聞いてきました。勝手な申し分ですが、同額を僕自身が支払いますので、引き続き、こちらに住まわせていただけませんか?」
「まあ……」
夫人は目を見開くと、斜め後ろを見た。
「リーアさん。どうかしら?」
「えっ、いや。私は……奥様のご判断にしたがいます」
「うふふふ。そう。レオンさんは信用に値する人だと思うわ。奨学金のことも含めてね。では、こうしましょう。在学中は住んでいただいて構わないわ」
「あっ、ありがとうございます」
「でも大学を卒業したら、ここを巣立つこと」
「はい」
† † †
9月になった。
会社設立に関する法律を調べたり、気晴らしに魔獣狩りをしていると瞬く間に日が過ぎていく。早いものだ、長いと思っていた夏休みももう半分が過ぎた。
社会人の夏期休暇はおおむね終わったし、アデルは舞台稽古が始まった。彼女のところにもよく泊まりに行っていたが、それも週末だけに控えている。ユリアさんも、下の階に住むようになったし。
魔獣狩りから下宿に帰ってくると、速達が届いていた。
手紙は財団からで、派遣してくれる人材候補と会うのが、リオネス商会の王都支店になったとの知らせだった。併せて、候補者の身上書も同封されていた。
そして、今日。
東区まで馬車鉄で出掛け、停車場で降りて支店の建物を仰いだとき、なぜ場所がリオネス商会なのか、疑問が解けた気がした。がっくり肩が落ちる。
支店に入って、受付に進むと、第1応接室に通された。
「レオン。元気そうね」
声の主は、会心の笑みを浮かべていた。
「こんにちは。母様」
母様……この商会の副会頭がこちら向きのソファーに腰を掛けている。
「ふん。全く驚かないわね。拍子抜けだわ」
いやいや、5分ばかり前に十分驚きましたよ。母様の反応がここにあったからね。癪だから言わないけれど。
「一応伺いますが、偶然王都に来られた訳ではありませんよね?」
「もちろんよ。あなたに、人を見る目があるかどうか分からないからね」
ぐっ。
正論過ぎて反論できない。ここで母様に、関係ないから出ていってくれと言っても無駄だろう。それに……考えるのをやめよう。
「何をしているの。早くここに座りなさい」
母様は自分の左横を示す。僕側の人間として参加する気だな。仕方ない。あきらめて指示通りにした。
「安心なさい。決定的に問題がない限り、口は出さないわ」
「はあ」
そう願いたいものです。
お茶が出されて、無言のまま1時が近付くと扉がノックされた。
「お客様が到着されました」
「失礼いたします」
女性が入って来た。
えっ、はっ?
立ち上がった僕は、思わず首を振って右と正面を見比べた。
いやあ似てる。入ってきた人と母様だ。財団の当主さん程生き写しではないが、多くの人が親族だと判断するだろう。
なんだろう。目元と眉が似ている。やや、この人の方がふっくらした面差しかな。頭が痛い。
「アリエス。久しぶりね。やはりあなただったのね」
「お久しぶりです。アンリエッタ姉様」
「えっ?!」
「コホン……ラケーシス財団からの派遣候補アリエスと申します。よろしくお願いいたします」
「あっ、はい。レオンです。よろしくお願いします」
僕も礼を返す。
「あのう。姉様とは?」
こんな叔母がいるとは聞いてないんだけど。
「そうですね。姉妹ではなく、従姉妹です」
「ふん」
母様は不機嫌そうだ。
そういう親戚関係なんて、身上書には書いてなかった。
僕から見て従叔母か。経験の記述からか30歳代中盤以上とは思うけれど、見た目は30歳そこそこに見える。ただ母様ですら、その数歳上にしか見えないからな。何歳なのか知らないけど。一族全体が若く見えるのかもしれない。
「初めに、お伺いしますが……」
ん?
「何でしょう?」
「新しく作られる、会社にアンリエッタ姉様が関わられるのでしょうか?」
それか!
母様の眉間にしわが寄る。
「いや、創立には関係はありません。ここに来るまで、同席することも知りませんでしたからね。今のところ事業の顧客です。ただ新会社の資産の一部となる特許権は、部分的にリオネス商会が握っていますから」
「そう。創立後には、おおいに関わらせてもらうことを予定しているわ。おっと」
母様を睨み付ける。
「ふふっ。母親にべったりではないことはわかりました……うっ」
母様の凍えるような視線を受けて、アリエスさんはたじろぎはしたが、体勢は保ったか。強いな。付き合いが長いと耐性ができるのかな。
そうか、一族か。
民法、商法、財務の実務経験があると身上書には書いてあった。財団が推薦してくる人材だ、有能さは疑いのないところだ。
気になっていたのは人格というか誠実さだ。僕に忠誠を誓えなどとは思っていないが、事業には誠実であってほしい。
しかし。一族だ。
セシーリアでは、血の結束は鉄の強さだ。
意見の違いがあろうとも、道義に叛いて裏切ることはない。第一社会が許さない。信用が地に落ちるのだ。
どうやら、怜央の世界ではそうでもないらしいが。
つまり、現時点でこの人を断る理由がなくなった。
後は。
「アリエスさんは、会社の趣意を読まれましたよね」
「はい」
「いかがですか?」
「主な目的として、レオンさんの特許権を管理をする、私的に過ぎる内容です」
むっ!
まあ、彼女の言う通りだ。僕のための会社だからな。
「つまり、やる価値がないと?」
「金銭的な利得はともかく、正直、概要を読んだ段階ではそう思いました」
ほう。この人は言うなあ。
「しかし、代表理事から渡された、特許の登録番号とそこに書かれてあった、発明者登録番号から検索した特許公報と公開公報を読んで気が変わりました」
「ん?」
「レオンさんの特許は、人類の宝ともなるものです」
はっ?
「世界に遍く普及して、有効に活用しなければなりません。私もぜひ事業に参画したく考えています」
「ふん!」
えっ? 母様が立ち上がった。
「アリエスは優秀よ。ただ、その気の強さ、性格に難があるわ。雇うなら肝に銘じるべきよ」
「はっ。性格のことでアンリエッタ姉様に言われたくはありません」
「ふん。レオン。後は勝手になさい」
そう言うと、母様は応接室を出ていった。身勝手に見えるかもしれないが、一応僕のことを心配しているようだ。それに、アリエスさんと手を組むことを容認したということだ。
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2024/09/11 微妙に表現変え