138話 人材派遣(上) 申請
でかい高級ホテルに入るのは、ちと気が引けるんですよねえ。
「おはようございます。テレーゼ夫人」
下宿の食堂に行くと、既に夫人が朝食を取っていた。
「おはようございます。レオンさん。もう少ししたら、リーアさんと出掛けるので、先にいただいているわ」
「はい。お構いなく」
「おはよう。レオン」
「ありがとう」
台所から、リーアさんがスープを運んできてくれた。8月半ばで暑いから、冷製はありがたいな。
「今日もたくさん喰え」
「うん。そうするよ」
何だかうれしそうだ。最近、僕が食欲を示していることをよろこんでいるらしい。
「そうそう。リーアさん。新聞を居間から持って来てちょうだい」
「はい。奥様」
「レオンさんは、長いお休みなのに、ちゃんと起きてきて偉いわ。お母様の育て方がよろしかったのねえ」
「はぁ……」
日々の習慣はどちらかというと、母様よりウルスラだよなあ。
リーアさんが、戻って来た。
「こちらですね」
「そうそう。そこに」
リーアさんが、新聞をテーブルの空いている一角に置いた。
サラダとスープにパンとゆで卵を平らげた。
ん? 玄関でベルが鳴った。
誰かが来たようだ。リーアさんがそちらに歩きながら、はーいと答えている。
朝食を食べ終えたし、お茶もいただいた。部屋へ戻るかな。
そう思ったとき、夫人が見計らっていたように立ち上がって、テーブルを回り込んで止まった。
「レオンさん」
ん? 夫人は新聞を開いた。
「あっ、はい」
なんだろう? 僕もそこへ寄っていく。この新聞は、僕に見せるために持ってきたようだ。
「ここに書いてあるエミリー伯爵領って、このあいだレオンさんが、帰省した場所よね」
新聞の小さい記事の見出しに、エミリー伯爵と単語がある。
「そうですね。うわぁ……」
ファルロフ子爵領ヤディス村に謎の大魔術士現る?
何だ大魔術士って?
それはともかく、例のサーベルジャガーの顛末が書いてある。
「へえ。こんなことがあったんですね。いつのことだろう」
「まあ。知らなかったの?」
「はい。これを借りていっても良いですか」
「どうぞ」
夫人が笑顔だ。
「ありがとうございます」
食堂を出ると、リーアさんが立っていた。
「手紙だ」
「ありがとう」
おっ。財団からだ。
階段を昇って、部屋に戻ってきた。
まずは借りてきた、新聞を見る。
ファルロフ子爵領ヤディス村に謎の大魔術士現る! そのようなうわさが、今月はじめから子爵領、エミリー伯爵領で飛び交っている。
事の発端は、8月2日未明にサーベルジャガーという大型魔獣に襲われ、4人死亡者を出したファルロフ子爵領ヤディス村で、同日朝に魔獣3体の死骸が見つかったことだ。警戒を担当していた冒険者クランは謎の大魔術士が雷魔術で魔獣を斃したとの説を唱えた。
ほう。
ロアールさんの推理だな、これは。
しかし、その魔術士の姿は誰も見ておらず、サーベルジャガーの価値の数割を占める毛皮を、現場へ残しているのが不自然であるとの話もあり。エミリアの冒険者ギルドの情報によると、冒険者が斃したかどうかは不明だが、魔獣の魔結晶もしくは牙の買い取り要請は、10日現在まで来ていないとのこと。また、残された毛皮について、冒険者たちは所有権を主張しなかったので、代金は遺族に寄付されることになった。
ふむ。まずいな。
新聞で報じられてしまったから、王都でも魔結晶と牙の買い取りは出しにくくなった。というか、今まで出してなくて良かった。
これだったら、魔結晶や牙も置いてくれば良かったかな。
とりあえず、魔術士説が出ているものの、それが僕だという記述はなかった。しばらく、エミリアに近付かなければ特定はされないだろう。
新聞を畳んで、脇に置く。
さて、次は。
ラケーシス財団からの封書を開く。
ふむふむ。
僕は、王都に帰ってきてすぐ、父様たちの提案通り財団の若年起業家の支援制度に申し込んだ。
ええと。
貴殿に関しては、当財団の他制度において、身元や、事業内容については把握できているため、条件面ですりあわせを実施いたしたく。
ということは、制度利用は問題ない、一次審査も通過ということだ。よしよし。ついては、下記日時に面談を予定するので、可否について添付の書面にて回答のことか……。
† † †
8月29日午前10時の少し前。
南区の正面公園沿いにある、モルタントホテルへやって来た。学生の身分とは縁のない有名な高級ホテルだ。その名前に気圧されて、いつものローブではなく夏用の薄手のジュストコート姿だ。衣装だけは持っているからね。
石造りの高い天井のロビーは床が大理石で、感嘆するほどの造りだ。僕を呼び付けた、財団の北区にあるお屋敷へ行ったことがなければ、足が竦んだことだろう。
指示としては、ロビーの正面玄関から見て、左奥にあるラウンジで待てとのことだったので、その通りにしているわけだが。周りは、高級な紳士淑女に皆様が適当な空間を空けてソファーセットに座っているのだが、どうにも場違い感がある。
「レオン様」
背後から小声で呼ばれた。
振り返ると、一月前に成果報告会で送迎とお世話してくれた執事さんだ。
立ち上がる。
「こんにちは。先日はありがとうございました」
「いいえ。お待たせしました。ご案内します」
執事さんの後について、ラウンジを後にして、フロントの横を通り抜けて奥に向かう。何回か会っているけど、この執事さんの名前は知らないなあ。
階段を昇って、2階から別棟につながる渡り廊下を通り抜けると、すこし雰囲気が変わった。201とか202とか書いてあるところをみると、貸し会議室が並んでいる一角のようだ。
「こちらです」
執事さんが、207と書かれた部屋を開けてくれた。10メト四方ほどの部屋だ。広さはさほどでもないが、調度が豪華だ。
「レオン殿、こんにちは」
ラケーシス財団の代表理事だ。
立ち上がって、あいさつしてくれた。
「こんにちは。キアンさん」
「ははっ、そういうお姿も似合いますな。どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます」
別の執事さんであろう人が、茶を出してくれた。会釈する。
「さて……」
キアンさんが脇に置いてあった封筒から、書類を出した。僕が書いたやつだ。
「本題に移りましょう。レオン殿の申請を読ませて戴きました。取得された特許などの権利の管理を行う会社ということですな」
「はい」
ん? キアンさんが一瞬眉をひそめた。
「財団の他活動の情報を援用して恐縮ですが。魔導鏡と大学祭で見せて戴いた光系魔道具の特許については、特許出願はされたとは思いますが、登録はまだですよね」
そうか。キアンさんは、権利管理法人を作るのは時期尚早ではないかと考えているわけだ。他の特許のことは分かっていないはずだから、当然だ。
「はい。その件については、おっしゃる通りです。少々お待ちください」
持って来たカバンから、封筒を取り出す。
その中から、冊子を取り出した。
「むっ」
「こちらは、先程話に出ていない分です」
「それは、特許証ですか?」
「はい」
特許証は、出願した特許案が登録、つまり独占的な権利を特許ギルドが認めている証拠となる公文書だ。
「それで、これらの登録公報です」
特許証には、特許の内容は書いていないので、公報も渡す。
「拝見します。発光魔道具に……アイロンですか。少々時間をいただきます」
「どうぞ」
キアンさんが公報を読み始めた。
手持ち無沙汰になったので、出してもらった茶を喫した。
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訂正履歴
2024/09/07 細々訂正
2025/03/29 誤字訂正(健腎モトムさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)