135話 帰省(5) 単独行
日本人がやると嫌われますよねえ。
当該魔獣の情報をもらうとギルドを出た。それから路地裏に入った僕は、不可視化と飛行魔術を発動した。
高度を200メト程にとり、子爵領へ向かう。
場所は、魔獣に襲われたヤディスという村だ。街道沿いだが、領都ファルレアから見てエミリア寄りにあると聞いた。そこにギルドが臨時拠点を作っているそうだ。
商館を出た時に擦れ違った、馬車群はそこへ向かったそうだが、僕がギルドを出た時には既に最後の便が出発した後だった。
それで、こうして飛んでいるわけだ。ジェラン叔父さんにはうそをついてしまったけど。ゆるしてもらおう。
あれは。
街道を走る馬車群を見付けた。4台か。
魔感応によると、先頭の馬車にニールスさん達が乗って居る。僕は速度を落として最後尾の馬車の上を飛んだ。
†
逆茂木で囲まれた臨時拠点へは、10分あまりで着いた。
馬車から冒険者たちが次々降りて、幔幕の前に列を作った。登録しないと後払いの日当がもらえないからな。ギルドとしても、自分たちの入会地ではないのだ。魔獣を斃すこと自体は問題ないが、さまざまな公地や私有地に入るのは罪に問われることがある。したがって、暫定的に許された者であるギルド員と、そうでない無頼の者を峻別することが必要なのだ。
僕は、皆が馬車を離れた後、馬車と馬車の隙間で不可視化魔術を解除し、何食わぬ顔で列の最後尾に並んだ。
10分もたったろうか、並んだ行列が進み、ようやく僕の番になった。
ニールスさん達のクラン銀の矢の人たちは、この便が到着早々に受付を済まして村の中に消えていっている。
「はい、次」
「すまん。登録の前に聞きたいのだが?」
「んん?」
「どういう手筈になっているんだ?」
「手筈? ああ、警備は夜だ。今回対象のサーベルジャガーは夜行性だからな。日中は好きにしてもらって良いが。夜間は、日暮れから明日の日の出まで。この村の守備主管はクラン銀の矢だ、配置と時間割は彼らに従うように。休憩所には、黄色い布が付いた杭が門の前に打たれている。大農家が提供してくれているが、彼らに横柄な言葉遣いをしたり態度をすれば、登録を取り消すだけでなく、罰が待っているからな、そのつもりで」
「わかった」
「それと夜食の炊き出しは……」
「悪い! 夜までは時間が取れん。俺は帰る」
「はあ。まあいい。登録しないと日当は出ないぞ。それと。うろつくのは勝手だが。ここは街道沿いの村落と言っても、竜脈が弱い。帰るなら陽のある内にな。結界などない物と思ってくれ」
「わかった」
確かに、ここの竜脈の魔導波はなあ。低周波数帯はそれなりだが、魔獣が嫌う高周波帯は大したことがない。
「まあ。気が変わったら、ここへ来てくれ」
彼は、一仕事終えたように立ち上がるとテントの奥に入って行った。僕も人気のない方へ、こそこそ隠れる。
ふむ。やはり。ギルドの戦術は、日中は何もせず、いくつかの村落で夜に襲いかかってくる魔獣を待ち構えるというものだ。
ただ防備はするものの、魔獣を斃すというよりは、魔獣が嫌う火の明かりを煌々と焚いて寄せ付けないようにする。それが数日も続けば、魔獣も人里から離れるのではないかという、まあ消極的な策だ。
ただ、どこに魔獣が潜伏しているか知りようがなければ、致し方ない。近隣在住の冒険者をかき集めても数百人。それを近郷いくつかに分散させているそうだ。実際にここに集っているのは200に満たない。この広い地域を攻めていくという戦術は採りづらい。また夜行性が多い野獣には効果的かもしれない。
とはいえ、僕は防備に参加するつもりはない。
再び不可視化の上、飛行魔術で飛び上がった。
僕がやりたいのは、サーベルジャガーをどこかへ追い払うことだ。
最初は居場所を探知して、それをギルド職員に知らせようと思ったのだが。良く考えると、信じてくれない可能性が大だ。
その情報はどうやって手に入れた? そう疑われるのは、火を見るより明らかだ。
もちろん、空を飛んで魔導感知でと答えれば、狂人と思うのが多数派だろうし、実証したらしたらで面倒臭くなる。
人的被害を出した魔獣は憎いし、何か役に立とうとは思うが、そうなるのは願い下げだ。
さて、追い払うためには、まず、魔獣を見つけ出す必要がある。
村落を中心に、半径300メトほど離れたところを周回飛行を始めた。
魔導感知へ印加する魔圧を上げて、範囲と分解能を調整する。村落直上でやると、魔術士のロアール辺りに感知されるかもしれないし。さすがにそこまで近くに魔獣は居ないだろう。
3周ほど、試験飛行してみたが、秒速100メトぐらいで飛べば、おそらく地上を半径200メト程度の範囲は見落とさない自信ができた。地上で使うのと違って、ほぼ遮る物がないからな。飛行しての探知は非常にやりやすい。余裕を見て150メトでいいだろう。
目を閉じて、航路を設定し始める。
真北をθ=0と定義。極座標でr=aθ+300として等間隔の渦巻き、つまりアルキメデスの渦巻きを描けば良い。アルキメデスとは何かと考えると、怜央の世界の人名らしい。
それはともかく、300メト幅で隙間なく掃引をするなら、a=150/πだから、r=150θ/π+300だな。Zは200メトで固定だ。
≪黒翼 v1.0≫
航路設定。自動操縦開始!
黒翼魔術へ地磁気感知と慣性航法機能を追加した。
さて飛行は自動だが、探査は見守る必要がある。面倒だが、効率の追求のためには準備が必要だ。
†
───ニールス視点
ふう。やっと夜の配備決めが終わった。
銀の矢が良い場所を取りやがってとか言うやつらがいるが、そんなことはない。全員立場が違うのだ。皆が少しずつ不満があるのが最良だというのが分からないらしい。
なんなら主管クランを代わってやろうかと思うが。うかつに代われば、もっと収拾が付かなくなるのは必定だ。
大農家の土間に、板を敷いて仮の寝台を作ってもらった。そこに何人かウチのクランの連中が寝ている。空いている板は……あそこだ。隣の土間に移る。
「ご苦労だな、ニールス」
低い声がした。
「なんだ。まだ起きていたのか、ロアール。夜はおまえの魔導感知が頼りなんだ、休める内に休んでおいてもらいたいのだが」
いくら篝火を焚いても、夜には見えるのは精々100メト先だ。やつらはそこを数秒で駆けてくる。逆茂木の備えだけでは、心許ない。十中八九は寄りつかないと思うが。
それに、彼がさっきの会議に出ていれば、もっと早く終わっただろう。俺は、大手のクランだからといって、他の冒険者を威圧するのは良しとしないが。彼が一睨みすれば、不平の言も減っただろうに。ロアールは魔術も強力な上に、度胸もある。ただ強面だからな、冒険者仲間からは怖い男だと思われている。
それを避けたのだから、早く眠っていてくれよ。
「分かっているがな、何やら空に違和感があるんだ」
「空?」
窓から外を仰ぐ。
「無駄だ。目には見えん」
「見えないだと」
「それに。感じられたのも10分ばかり前の話だ。今ではもう何も感じられん」
「ふう。そうなのか……よかった」
「何も良くはない。微弱だが魔導波を放つ何かが飛んでいたんだ。そうだな輪を描くように」
「魔獣か? サーベルジャガーだけでも厄介だというのに、それに加えて得体の知れん魔獣だったら困るぞ」
「わからん。目に見えない魔獣なんて聞いたことがない。空を飛ぶ魔獣、ハーピーやワイバーンなら姿は見えるはずだ」
「じゃあ、害はないということで良いのか?」
「それが分からんから、眠れなかったんだが」
「はっ。そりゃあ、そうか」
「それから」
それから?
「気になることはまだある。レオンだ」
「レオンか」
「エミリアに置いて来てよかったのか?」
ふむ。
「今回は地味な役回りだからな」
「確かにな。派手になったらコトだ」
そう、ロアールの言うとおりだ。
冒険者が活躍する状況ということは、ふたたびいずれかの集落が襲われるということだ。撃退できたとしても、被害をなしにできるとは思えない。
「しかし、てっきり技能学科だと思ったが、理工学科だったとはな」
「なんだ。ロアールがいた学科でなくて残念なのか?」
「まあ、それもあるが……」
あるのか。
「俺が居た頃のサロメア大学であれば、有無を言わさず、技能学科に転科させられていただろうからな。隔世の感だ」
ううむ。頭の良いヤツの言うことはよく分からない。
あのゴテゴテした紋章を全部覚えるのだ。魔術士なんてのは魔力だけあっても、頭が良くなければ、成れない職能だからな。
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訂正履歴
2024/08/28 少々加筆
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)