134話 帰省(4) 異変
小説と関係ないけど。水曜日に出張なんだけど。台風……どうなる。
ふう。7時か。
昨夜は飲み過ぎたな。ベッドで上体を起こす。
離れの客間とはいえ、やはり生家というのはどこか安心させる何かがあるのだろう。まあ酔わないんだけれど。身支度をして、奥館の食堂へ向かった。義姉さんだけ、そこに居た。もう食事は終えているようだ。
「おはようございます」
「おはよう。レオンさん」
機嫌が良さそうだ。
「いただいたペン、旦那様がとてもうれしそうだったわあ」
「そうですか」
コナン兄さんは気に入ってくれたようだ。僕もうれしいなあ。
「あのね。私は使わないで置いて」
ん?
「この子が字を書けるようになったら、使わせるようにしようと思うけど、どうかしら」
おなかを摩りながら姉さんが言った。
「はい?」
「うふふふ。その時、私はレオン叔父さんが作ってくれたのよってね言うの」
「いっ、いいや。その時はその時で、もっと腕によりを掛けて新しいのを作りますから」
ローズル叔父さんのところのヘンディル君にも、昨日贈ったし。
「いいのよ。私は、昨日のお昼にもらった鏡だけで十分だわ。本当にうれしかったわ」
「そっ、そうですか。気に入ってもらってよかったです」
「ところで、義姉さん。兄さんと、他のみんなは?」
「えっ? ああぁ。昨日の夜半になんかあったみたい。旦那様は、お義父様とお義母様そろって商工会へ出掛けたわ」
「商工会ですか」
朝早く呼び出すのは、異例じゃないか?
ハイン兄さんが、食堂に入ってきた。渋い顔だ。
「おはようございます。兄さん」
「おはよう。おはようございます。義姉さん」
「兄さん。なんかあったんですか。父様、母様、それにコナン兄さんまで、商工会へ朝早くから行ったと聞きましたが」
「……うん。今日の明け方、ファルロフ子爵領から早馬が来てな」
「あら、ファルロフ家と言えば、ノーマ様のご実家だわ」
ここの御領主の奥様だな。
「その子爵様のお膝元にほど近い、郊外の村が魔獣に襲われたそうで。結構な被害が出たそうですよ。ちょうど活発期に差し掛かっているし、その魔獣をなんとかするまでは物流が滞りそうということで。その対策立案のために、商工会から呼ばれたんです」
そういうことか。
「まあ。こわいわねえ。さて私は部屋に戻るわ。レオンさん。名残惜しいけれど、引き留めるのも申し訳ないわね。気を付けて王都に戻ってね」
「はい。義姉さんも、お元気で」
「うん。それじゃあねえ」
そのまま立ち上がると、食堂を辞して行った。
入れ替わりにメイドが来て、朝食を運んできてくれた。
「兄さん。被害というと」
「うん。死人も結構出たらしい」
「そうなんですか」
さっきは義姉さんを慮って、そこまでは言わなかったのだな。
それはともかく。子爵領は、エミリアの町から見て南南東へ伸びる街道の先にある。昨日飛んできた経路の延長線上だ。しかし、子爵領の村落は、竜脈にほど近いところにあったはずだ。竜脈を外れると魔獣が出没するのは日常事だが、人里にまで魔獣が出る事態は聞いたことがない。
「痛ましい話だ。しばらくは物流も街道を迂回することになるが。南北街道を行けば、移動日数が増えるし、ウチとしても頭が痛いよ」
「なにか前兆みたいなことはなかったんですか?」
「どうなんだかなあ。会頭達が帰ってきたら、なにか情報もあるだろうが……まあ、レオンはそんなことを気にせず、王都へ戻ってくれ。おっと、俺もゆっくりとしてられないんだった」
兄さんは、あわてて朝食を食べ始めた。
†
メイドと執事たちに別れを告げて、商会を出た。
北へ歩く。行先は、冒険者ギルドのエミリア支部だ。
魔獣が出たとなれば、ギルドにも情報が入っているだろうからね。
大通りを歩いて行くと、何台も荷馬車と擦れ違う。荷台にいずれも幌を張っているが、行き過ぎる馬車の後方から見ると、乗せているのは荷物でない。人間だ。
冒険者だな。革鎧を着込んでいる人が多い。
6人から8人ぐらい乗って居るようだ。走り去る方向は南南東。子爵領へ向かうのに違いない。
間もなくギルドに着き、中に入った。閑散としているホールを進んでいくと、面識がある女性職員が居た。総合窓口に座っているので寄っていく。
「ええと。確か」
「お久しぶりです。ダリアさん。リオネス商会の一族のレオンです」
「そうでした。こんにちは。レオン様」
様?
「大変申し訳ありませんが、ただいま大変取り込んでおりまして。冒険者ギルド員以外へのお取り次ぎを停止しております」
「いや、ぼ……俺は、ギルド員です」
そうか。何か依頼を持ち込んできた人間だと思ったわけだ。
懐からギルドカードを出して、職員に見せる。
「失礼いたしました。王都支部所属ですか。えっ、ベーシス2級……なんですね」
そうか。この人に、僕が冒険者に成れるかどうか確かめる依頼をしたんだった。1年前は、僕が冒険者でないことを知っている
「最近昇級しました」
戻されたカードをしまう。
「それは、おめでとうございます」
「ところで、取り込んでいるというのは、ファルロフ子爵領の村落を襲った魔獣の件ですか?」
「ええ。そうなんです。それでですね」
ん。
右奥の階段の上。
「ギルマス。討伐隊に人員を動員しすぎだろう。このエミリアの守りが手薄になるぞ」
この声は……
「くどい。決まった話だ、ニールス」
話し声とともに、3人の男が連れ立って階段を降りてきた。
昨日知り合ったロアールも一緒だ。
「支部長!」
「ん? おお!」
ダリアさんの呼び声でこっちを認めた。
都合が良い口実が出来たとでも思ったのか、支部長と呼ばれた肥満気味の男が僕に寄ってきた。
「いやあ。レオン。久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです。ジェラン叔父さん」
叔父さんと呼んでいるが、実際は祖父の弟の子だから従叔父が正しい。
「うむ。元気そうだな。それで今日は?」
「はい。ファルロフ子爵領の村落が魔獣に襲われたと聞いたので」
「そうか。王都支部から照会を受けた。ベーシスになったのだったな」
「ベーシスだと?」
ロアールが近付いてくる。
「ええ。それがどうかしましたか?」
「なぜだ。技能学科生は、1年間は冒険者ギルドへの登録は禁止だろう!」
んん? 本当によく知っているな。
「いいえ。俺は理工学科ですから、禁止されていません」
「理工学科だと?」
睨み付けてきたので、負けずに睨み返す。
「うーむ。入学前に強力な魔術を使えたと聞いていたが。そういうことか。そうと知っていれば、昨日の段階で……」
昨日?
あの時が何だったというのか?
「ところであなたは、なぜそこまでサロメア大学、それも魔導学部のことに詳しいんですか?」
「うっ、ううむ」
「話すぞ。ロアールはな、6年前まで王国軍人でなサロメア大学へ出向していたんだ」
「おい。ニールス」
「レオンの情報だけ、こちらが一方的に知っているのは不公平だろう」
「それはそうだが」
「ニールスとロアール。良いのか? もう最後の便の時間だぞ」
「ギルマス。市街の防衛を頼んだからな」
言い捨てるとニールスさん達は、ホールを後にしていった。
「あぁぁ。レオン。良く来てくれた。せっかくだからすこし話をしよう」
さっき彼らが下ってきた階段を昇り、応接室に通された。
カップが3客出ていたままだったから、あの2人とここで打ち合わせをしていたのだろう。
「魔獣の話だったな」
「はい」
「うん。本当なら伯爵様の親戚だからな、兵を貸そうと言われたのだが。あいにく、子爵様は、別の伯爵が領袖の系統でな、与力を断ってきたのだ」
「さっきの話の筋から言えば、それでギルドに話が回ってきたということですか」
エミリー伯爵に頼めば、領袖である伯爵の顔を潰すことになるからな。
「その通りだ」
まあ、ギルドにはどこの家中などという色は付いていないからな。派遣要請しやすいのだろう。
「エミリアの町は大丈夫なのですか?」
「まあな。出せなかった兵で守ることになる」
ふむふむ。
「どんな魔獣なんですか?」
「んん? まさか……」
「僕はギルド員ですよ」
「そうなると否やはないのだが……」
冒険者ギルドは、ギルド員へ適宜正確な情報を提供する義務を負う。
「……副会頭に恨まれるのは嫌なんだよなあ」
叔父さんも、母様が苦手と見える。
「サーベルジャガーだ。襲ってきた魔獣だよ」
「ああ」
「それも体長2メトを超えるような成獣3体だそうだ。ここ数日の目撃情報によるとな」
でかいな。
サーベルジャガーと言えば、王都の南東の森で見つかって騒ぎになっていたやつか。
ん。ここ数日?
「その魔獣のことは、襲撃前から分かっていたのですか」
「まあな。昨日は、街道沿いで目撃情報があって、ギルドでも警戒していた。ただ今はどこにいるか分からん。そのうち夜間外出禁止令がエミリアにも出されるだろう」
「わかりました」
「ふぅぅ。魔獣の種族を聞いても物怖じひとつなしか。時に。王都支部では、優良戦闘冒険者に選抜され掛かったそうだな」
「特に利得がなさそうなので。お断りしましたが」
さっき、照会があったという件だろう。
「レオンはそうだよな。名誉欲とは縁がなさそうだ」
僕のことは子供の頃から知られているからな。
「子爵領への馬車便はもうない。そのまま王都に帰ってもらえれば、恨まれなくて済むんだが」
「そうします」
「本当か?」
「ええ」
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訂正履歴
2024/08/24 微妙に加筆
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/03 与力と寄親→領袖の系統への与力 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/06/05 誤字訂正 (bookman's bookmarksさん ありがとうございます