133話 帰省(3) 起業の勧め
起業ねえ……遠い目。
父様が懸念するだけあって、深刻な話だ。
商会本館の小会議室を、重い空気が満たしている。
大学生活を続けていく中での面倒事、その一部を解消するために知財ギルドに加盟して特許出願しているのに、そのことで生活を乱されるようでは、本末転倒だ。思わず頭を掻く。
「2つ目の選択肢ですが」
「はい」
ベガートさんに向き直る。
「レオン殿の権利管理法人を設立いただくという案です」
「権利管理法人?」
「はい。ただし、レオン殿はその代表ではなく、全資本金を拠出し、未公開株主となっていただきます」
なるほど。そうすれば僕の身元を公開しなくても良いのか。それは分かるが。
法人を作るならば税務署への登録などの手続きや、代表の人選などかなり面倒な話になる。誰でも良いというわけにはいかないからな。第一金も必要だ。
「ただ、そこまでして」
「レオン……殿」
「あっ、はい」
母様だ。
「最後まで話を聞かれた方がよろしいのでは」
母様の口調が途中で変わった。息子としての僕をたしなめようとしたが、父様が僕を取引先扱いしているから、思い直したのだろう。
口調はともかく。母様も悪い話ではないと言外に伝えようとしているわけだ。
ベガートさんが続ける。
「レオン殿はそこまでする必要があるのか? そうお考えですよね」
「はい。正直そう思います」
そこまでするなら、まず鏡を含めて以後の取引をやめた方が良い気がする。
「金銭的な話をさせて戴くと、先程の照明とアイロンの特許料収入で、法人を作る際の費用と、専門性を持った従業員を数年間は十分雇用できるとの試算になりました」
むう。彼が言うなら間違いないだろう。
逆に言えば、試算せざるを得ないほど、僕は迷惑を掛けているということでもある。
「この案には続きがあります。加えて商工ギルドに加入いただきたく存じます」
おお。
「商工ギルドへの加入には、年会費の支払いが必要ですが、利得も有ります。特に王都の同ギルドは王室から優遇されており、貴族や行政からかなり保護されます」
いやあ、ちゃんと考えてくれている。俺の用心棒を公的機関に肩代わりさせるということか。
選択肢があるように父様とベガートさんは言ったが、実質後者一択だ。僕を納得させるのが狙いだろう。
「分かりました。後者の権利管理法人を設立する方向が良いとは思います。問題は、従業員のなり手を見付けないと」
「ならば……」
ん。父様が兄さんの方を見た。
立ち上がって僕の横まで来ると、封筒を差し出した。
もしかして、人材の候補でも用意してくれているのか? あれ?
「この封筒は……」
お土産でもらった時のと同じものだ。
「あっ! 母様」
封筒を引ったくられた。
「どうも話がうますぎると思えば、そういうことでしたか」
「おい。アンリエッタ」
母様は、叱責しようとした父様を逆に睨んだ。
糸巻きの封を解いて、中の書類を改め始める。
父様と兄さんが陰鬱な表情を浮かべた。
母様はぺらぺらと書類をめくっていたが、紙の端をそろえてコナン兄さんに渡すと、立ち上がった。
「あなたに取って悪い条件ではないわ。自分で決めなさい」
「はっ、はい。母様」
「さて。私は、伯爵夫人のお招きがありますので、これで失礼します」
優雅に歩いて、執事が開けた扉から出ていってしまった。
あからさまに安堵した表情の兄さんから、書類を受け取る。
若年起業家に対する人材派遣等支援制度。ふむ。財団は奨学金以外にこういう活動もしていたんだ。
読み進めていくと、趣旨が分かった。
若年者が起業するときに問題となるのは、法務や財務、経理などの事業には必須でありながら、事業内容とは直接関係のない事務作業だ。
今の僕と同じく起業に支障になる事柄だろう。
それに、変な従業員に当たってしまっては、最悪横領や乗っ取りに至るかもしれない。管理すべき経営者たる者、自己責任ではあるが、財団が身元を保証する人材を派遣してくれるというのは、非常に助かる制度だろう。
「どうかね?」
「ありがとうございます、皆さん。まずは財団の審査を受けてみたいと思います」
†
エミリアでの用も済んだし、王都へ戻ろうかと思ったのけど。執事とメイドがせっかく離れに部屋を用意してくれたので、今日は泊まることにした。
買い物をしたり、ローズル叔父さんの店に行ったりしたが、思い立って別荘地にあるほこらを訪れてみた。中にも入ってみたが、何も起こることはなかった。
「ああ、今日はレオンが王都から帰省してきた。元気そうでなによりだ。それでは乾杯」
「「「乾杯!」」」
王都に出発する前日と同じく、僕にも酒を出してくれた。
半分ほど飲んで、グラスを置く。
「あのう」
「おお。レオン。どうした?」
「家を出た者を、もてなしてくれて……それに、先々のことまで考えてくれて、ありがとう。なので、贈り物を用意しました」
「贈り物?」
「これなんだけど」
5つの細長い紙箱を取り出した。
「まさか?」
「母様。何か分かっているのですか?」
「たぶんね」
ハイン兄さんの問いかけに、母様はうなずいた。
立ち上がって、父様、母様と箱を配る。
「はい。兄さんに、義姉さん」
「えっ、私にもくれるのですか?」
「もちろんです」
「ありがとう。レオンさん。何かしら?」
最後にハイン兄さんにも渡すと、早速箱を開いた。
「んん? ガラス?」
「うわぁぁ、綺麗だわ。でもこれは何かしら?」
義姉さんの目が輝いている
「それはねえ。ペンよ? レオン、これも角なの?」
母様はやや得意そうだ。
「はい。いずれもアルミラージの角を、僕が加工した物です」
「そう。ありがとう。うれしいわ、レオン」
僕の部屋に来た時、じっと見ていたからなあ。
「うむ。ありがとう」
父様、母様。
兄様2人と義姉さんも笑顔でうなずいてくれている。
「そうねえ。もらっておいてなんだけれど。既成の紙箱ではなくて、細工を施した木の箱に入れれば伯爵様にでも、胸を張ってお贈りできるわ」
そこまでの物とは思わないけれど。
まあ、箱は下宿の近所の市場に良さげな大きさで売っていたのを12個まとめて買った物だ。
「それは、そう思うが。アンリエッタ」
「もちろんこれはわたしがもらったものですから 、どなたにも差し上げる気はありません。ただ……言えるのは私ぐらいなので。この子は自身で作った物、いいえ自分の価値がわかっていないのです」
そうかなあ。材料は買い取ってもらえない小振りの角だし。ペンだってエミリアに来ることになったのは朝だから、4本ばかり在庫があったが、ついさっき晩餐が始まる前に、作り増しをしたものだ。もちろん丹精を込めて作ったが、とりたてて厳かに扱う程の物でもないのだけど。
「ほら、あの顔。全く納得していないでしょ」
うわぁ、見透かされている。
「でも、それがレオンさんの良いところだと思います」
「あの。これはペンという実用的な用途もあるのですが、他に」
「ん?」
「ああ。ゾルカ。灯りを消してくれる?」
何か既視感があるな。
「消します」
次々と魔灯が消されていく。
「まあ、ペンが……うつくしい」
「おおぅ」
暗い食堂の中に、ペンがぼやっと蛍光を放った。うっすらと皆の顔が闇に浮かび上がる。
「まっ、魔術なの、これっ?」
「いいえ。魔術ではなく、角の結晶が蓄光性を持っているので、このペンを明るいところから暗いところへ持っていくと、しばらくこのように光を放つのです」
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訂正履歴
2024/08/21 誤字。母親が書類を割らした相手の間違い訂正。
2024/08/23 アンリエッタの発言が誤って重複していた(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2024/08/25 誤字訂正(1700awC73Yqnさん,rararararaさん ありがとうございます)
2024/08/27 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)