132話 帰省(2) 三兄弟
男兄弟欲しかったなあ……居たら居たで今頃違うことを言っていたかもしれませんが。
毎度のことですが、連休進行にさせていただきます。次回の投稿は8月21日水曜日を予定しています。
「元気そうだな」
「はい……なんとか」
父様は鷹揚にうなずいている。こころもち口元が緩んでいるような気もするが。
お昼になって、食堂で一族がテーブルを囲んだ。父様の2人横で、久しぶりに会ったハイン兄さんも笑みを浮かべている。
「でも、あなた」
母様?
「なんでも、レオンは試験前に根を詰めすぎて体調を崩し、試験を乗り切っては数日寝込んで居たりすると聞いております」
あぁ……。
「そうなのか?」
「はあ、まあ。そういうことも」
「ふーむ」
父様は、コナン兄さんとハイン兄さんを次々に見た。
「まあなんだ。3人とも私の子とはいえ、それぞれだな」
ん?
「コナンは、けして無理はしない。そして無理しなくて良いように普段から周到にやる。ハインは、波があって怠けるときも張り切る時もあるが、体調を崩すことまではいかない。そういう意味では要領がいい。どちらも一長一短だ」
えっ? コナン兄さんの方が明らかに良い気がするけれど。
「そうですね」
あれ? 母様も同意ですか。
兄さんたちもうなずいている。僕だけ見解が違うようだ。いや。無論ハイン兄さんも好きだけど、勤勉さではコナン兄さんだ。
「そこでレオンだ。2人共、自分と比べてどう思う?」
「はあ。はい。そうですね……」
コナン兄さん。
「周到と言っていただきましたが、僕は2人と違って才能が乏しいので、そうせざるを得ないだけです。したがって、予定外の事象に強いとは言えない」
そんなことはないと思うが。
古典制御でいえば、比例制御と積分制御の積分ゲインが小さくて、外乱のないときの安定度が高い感じか。ハイン兄さんは、その逆だな。
「その点、レオンは周囲の変化に強い気がします。それでいて、普段も気を抜いては居ない」
おう。コナン兄さん。
「わかった。ハインは?」
「はい。要領が良いとは言われましたが、先が見える方ではないでしょう。その点、レオンは先が見える。どこか見えすぎるところがあるかな。何かいつも遠い先を見て、ふりかえって今をなんとかしようとしている。だから無理をするのかと」
面白いな。ハイン兄さんによれば、僕には微分制御が入っているということか。ただゲイン調整が甘いってわけだ。僕としてはモデルベース制御を志しているんだけれど。
「どうかな。アンリエッタ」
「まあ、そういう節もありますが。ただ、どうも兄2人は末の弟に甘いと思わざるを得ません。あなたはどうお考えなのですか?」
「そうだな……」
父様。
「無理をしたとしても、成果が挙がっているようだからな。レオンは男だ。別に多少寝込む程度は構わん。そのうち……」
父様の口が閉じて、何度か瞬き眉間にしわを寄せた。
「そのうち、なんでしょう?」
何か言いよどんだ。果断な父様にしては珍しいな。
「うむ。普通の者は経験を積み、身体も無理ができなくなって自重するようになる。あくまで普通の者はだが」
僕は普通なのか、そうではないのか?
なるほど。まだ父様も僕の値打ちを計りかねているということか。
「わかりました。他の者の尺度をレオンに当てはめるのはふさわしくないと。そう仰っているわけですね」
母様の言に、父様は渋い面持ちでうなずいた。
対照的に義姉さんが、にこにこしながらスープを飲んでいる。きっと兄弟仲が良くていいわあとか思っているのだろう。いや、本当に良いのだが。
†
その後、3時まで待たされたが、ようやく僕が呼ばれた用件が始まった。
昼から来客を受けていた父様の身体が空いたようだ。本館の2階にある小会議室に呼ばれた。部屋には、会頭、副会頭、支配人、副支配人と壁際に、執事が並んで居る。
「レオン殿。王都よりはるばるお越し頂き感謝する」
えっ? 父様。
そうか。僕を取引先扱いしているということか。従業員もいるからな。
「いえ」
思わず曖昧な返事になってしまった。
「お呼び立てした趣旨を述べさせてもらう。支配人」
「はい」
ベガートさんが立ち上がった。
「レオン様との、取引ですが。照明魔結晶および家屋用魔道具、ならびに舞台用魔道具が当商会にて商品化がなされました。舞台用につきましては、エミリア劇場、王都国立劇場には、納品済みです。また……」
えっ、また?
「王都のギュスターブ大劇場から発注をいただき、11月に納品予定。その他にも3カ所と契約交渉中です」
「あのう。ギュスターブ大劇場というと、サロメア歌劇団の?」
「そうです」
「そうね。アデレードさんのところね」
母様がうなずいた。
「ふむ、支店長の娘だな」
「はい。会頭」
父様もアデルのことは、さすがに認識しているようだ。
「続けます」
ベガートが話を戻した。
「商標名、ス……スチ、スチームアイロンについては」
以前に訊かれてとっさに日本語を答えたのが採用されてしまったが、発音しにくいらしい。
「コンラート商会にて、最終的な耐久試験を実施されていると聞いております。予定では10月に生産開始、当商会でも販売いたします」
へえ。
「あと、本件とは関係ありませんが。執事喫茶の展開につきましては、9月に先行開店、順調であれば11月から展開します。以上です」
「うむ、ご苦労。それでだ。今回はこれだ」
父様は、テーブルに置かれた手鏡を持ち上げた。もちろん僕がダンカン叔父に預けた物だ。
「これは、画期的ですね。今のところ、大きい物は作れないと、支店長から報告を受けております」
母様にギロッと睨まれた。絶対疑っているな。
「皆が思っていることでしょうが、もしこれを商品化すれば間違いなく大量に売れます」
「ただ、魔導鏡につきましては、当商会は販売権を契約したわけではありませんので」
うん。鏡の商談なんだろうなあ、僕を呼んだ理由は。
「困りものだなあ」
へっ、父様?
「困ったと仰いますと?」
僕がリオネス商会に何か迷惑を掛けているのだろうか?
「うむ。我が商会は、レオン殿との信頼関係に鑑み、情報を保護し、第三者との間に入ってきた」
ああ、そういうことか。
「無論、我が商会も利潤を上げているし、対価としても役務を提供できた」
「それについては、僕としてもリオネス商会に感謝しています。しておりますが、今後は……ご提供頂いていた、いわば代理店に準じる働きは継続できないということでしょうか?」
父様は瞑目した。かなり深刻な状態のようだ。
僕は、リオネス商会の経営者一族を離れたとは言うものの、陰に回って支えてもらっていたが、これからは、そうはいかないのか。
「いや、そうでもない」
「はあ」
「ただ、今まで通りというわけにはいかない。レオン殿には選んでもらう必要がある」
「選ぶ?」
父様は、ベガートさんに目配せした。
「申し訳ありませんが。先に申しましたこれらの発明者は、匿名ではありますが、知財ギルドヘの登録番号が全て同じであるため、王都でも同一人と見なされています。その発明者の個人事業主としての窓口が当商会となっているため、当商会が違法に囲い込んでいるとの疑いを寄せられているのです。まあどちらかというと、エミリアではなく王都支店への方ですが」
うわっ。ダンカン叔父に迷惑を掛けていたのか。
要するに、僕を商会の支配下へ強引に置いている疑惑があるのか。もしかして、他商会の嫌がらせか? とはいえ、その疑いを晴らすには、僕の身元を明かす必要が出てくるわけだ。
「そこで、対策としては2案あり、会頭が申しましたのは、その2つから、もしくは別案を選んでいただきたい。そういうことです」
「わかりました。案を教えてください」
「はい。1つ目の選択肢です。今後のことですが、エミリア商会の実質的な代理店としての立場を解除いただくことです」
むう。父様と兄さんは眉根を寄せた。母様は平然としたものだ。
「ただ、そうなりますと、商談をレオン殿ご自身で行っていただくか、もしくは当商会に代わるところを見付けていただく、あるいは一切どなたとも商談を行わないという選択肢です」
それはまた。
「大変恐縮ながら、おそらくご自身で商談を実施される場合、レオン殿の学業に差し障りが出る可能性が高いと申し上げておきます」
そうなる……かあ。
●補足
PID制御
自動制御、フィードバック制御の一種で古典制御と呼ばれる。目標値から(現在の)出力値を引いた値(偏差)を基準に(負帰還)制御する。偏差へ単純にゲインを掛け算した(P)比例制御が基本。ただしそれだけだと、偏差が小さい時は制御量も小さくなって、ずっと偏差が残ってしまうので、偏差を積分して残留する偏差をなくすための(I)積分制御を組み合わせる(PI制御)。これで十分な場合が多いのだが、突発的なノイズ(外乱)への対応が遅れやすいので、偏差の量でなく傾き(つまり微分)で(D)制御するものも組み合わせる(PID制御)。ただ微分制御は安定性確保がむつかしいです。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2024/08/12 誤字訂正、補足追加
2024/08/19 誤字訂正(rararaさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)