131話 帰省(1) 移ろうは人
そうなんですよね。贅沢すると元に戻すのは苦しいというか。
王都を出て、南東へ飛んでいる。
急ぐ必要もないが、今さら駅馬車に乗って移動する気にはならない。
速度を変えてみたが、時速300キルメト程度が一番魔力経済性が良さそうだ。
エミリアまでは、アーログ-王都間の倍以上はあるが、それでも1時間も掛からず到着する計算だ。
容量が自分でもわからないほどの魔導収納と、この速達性を組み合わせれば高収入を得られそうな気もするが。とりあえず金には困っていない。
おっと。街道を斜め下に見ながら、大きく外さないぐらい程度に意識して飛んでいると、領界の川が一瞬で後方に流れ去り、穏やかな連山を越えて、なつかしい故郷の地勢が見えてきた。飛行速度を緩める。
町並が現れる。白い塔、エミリー伯爵城だ。
むう。去年までは、近くに来る度に誇らしく仰ぎ見ていたが。なにやら小振りに見える。上から見るからか。
あそこから、南に……商会の位置を確認した。
高度を下げて、人気のない路地裏に降り立つ。この辺りは、面識がある人がそこそこ居るからな。見られると身元すら露見する可能性があるから、慎重に辺りを確認して銀繭を解除した。
ふう。問題なく、大通りに出ることができた。
ひさしぶりだなあ。うーん。なつかしいのだけれど。なんだろう、違和感があるような、ないような。
広く立派に思えたこの道だが、改めて見てみるとそれほどでもない。当然だが工事しなければ、狭くなるわけがない。道の両脇の建物も見慣れた物だしな。
そうか。王都に比べているから見え方が変わったのか。城の塔もそうだ。無意識に王宮の物と比べてしまって見劣りしているのだ。
ひとつひとつ比べるからそうなるのだ。雰囲気自体は変わっていない。1年もたっていないから当たり前か。
ん。あれは。
こちらへ足早に歩いて来る人物に見覚えがある。向こうも気が付いたようだ。
近寄って会釈する。
「ニールスさん、お久しぶりです」
「やっぱり、そうだ。レオン、レオンだったな」
冒険者だ。クラン銀の矢のリーダーで、僕が腕試しをするときに付き添い指導をしてもらった。あの時一緒に居たワーレンさんは……今日は姿が見えないな。違う男と2人連れだ。
「あの時は、お世話になりました」
「いやあ。仕事だったからな。それにしても、あれから1年半ぐらいか。大きくなったなあ」
「ははっ、まだ育ち盛りですから」
「そうだよなあ。そうだ、ロアール、こちらは、レオンだ。リオネス商会、知っているだろう。あそこの……」
「3男坊です」
「そうそう」
「ロア-ルだ」
「レオンです。よろしく」
「ワーレンから、聞いている。あんたも魔術士だそうだな」
「そうです」
ワーレンさん、何を言ったんだろう?
それはともかく。クラン銀の矢にも魔術士が居ると言っていたが、この人か。確かに痩せているし、着ている物も、薄手のローブだ。それに魔力量が高そうに感じる。歳は30歳代だが、面倒見の良さそうなニールスさんに比べると、やや酷薄そうに見える。
「そうだ。あの後、王都の大学に行ったとどっかで聞いたが」
エミリアの支部長さんから聞いたのかな。そうでなくても、ここは親戚が多いからな。
「へえ。よく知ってますね。夏休みになったので、帰って来ました。エミリアに着いたばかりです」
「そうか」
「王都の大学というと、サロメア大学か」
「へっ?」
ロアールに訊かれた。
「そうですが……」
「ほう。魔導学部なんだろうな?」
王都には大学がいくつかあるが、魔導学部があるのはウチの大学だけだ。この人は結構事情を知っているのだな。
「ええ。まあ」
ややきつめに見返す。
「おっと、身辺を質すようになって、すまん」
「はあ、はい」
ふむ。そんなに悪い人でもないようだ。
教会の鐘の音が響いてきた。
「ニールス、時間が……」
「そうか。レオン。すまんな、急ぎの用があるんだ。いや待て。レオンならば」
ニールスさんが、締まった顔つきになって首をひねった。
「僕がなんです?」
「おい。彼は部外者だろう」
ロアールが声を荒げた。それに鋭い目付きだ。
ああ、僕は彼らのクランには所属していないからな。
「うっ、うううむ。今の話は忘れてくれ。また会おう」
「はい。では、また」
「じゃあな」
2人は早足になって、ギルドのエミリア支部の方へ歩み去った。
この時。僕は急ぐ彼らの邪魔をしない方が良い、そう考えてしまった。しばらくして、そのことを悔やむことになるのだが。今はまだ知る由もない。
さて、商会へ行こう。
エミリアの町は、狭い。10分も歩かないうちに、商会というか実家である館に着いた。
店舗前を通り過ぎ、回り込んで通用門へ行く。
いつものように、門には2人警備員がいるが、どちらも知らない顔だ。
近付いていくと、彼らは立ちはだかって訝しそうに僕をにらんだ。
「ここはリオネス商会の通用門だ。顧客ならば大通りの店舗へどうぞ」
「いや。僕の名はレオン。会頭バラントの子だ。悪いが、メイドに取り次いでもらいたいんだが」
今日は平日だし、時刻は11時前だ。父様たちは、忙しくしているはず。
警備員は顔を見合わすと。
「すこし、待ってろ……じゃなかった。お待ちください」
1人が奥の方へ、走っていた。
数分待っていると、メイドを連れてきた。
「やあ、ゾルカ。ひさしぶりだね」
メイド頭だった。
「こっ、これは。レオン坊ちゃま。おかえりなさいませ」
そのひとことで、警備員が脇に避けた。職務に忠実で結構。
玄関から1年ぶりに館の中へ入った。
ここから旅立ったのが昨日のことのようだ。
「すぐ、お部屋へ……あっ!」
「部屋の件なら、兄さんから聞いているよ」
「そっ、そうですか。では、とりあえず客間へ」
あまり入ったことのない客間へ通された。
「別の者に、お茶を持たせます」
「気を使わなくても良いよ。ゾルカ」
「ともかく奥様に知らせて参ります」
「うん。お願いするよ」
†
ん。
ノックがあって、人が入ってきた。
「エレノア義姉さん」
うわあ。おなかがそこそこせり出している。
「まあまあレオンさん。久しぶりね」
「お久しぶりです。大丈夫ですか?」
立ち上がって寄っていく。僕は末っ子だから、妊娠した誰かが家の中に居た記憶がない。
「もう。大丈夫よ。別に病人じゃないんだから」
「いや、そうですけど」
「お義母様が仰るには、産み月の前までは動いた方がお産が軽くなるそうよ」
僕たち3人を産んでいる人の言うことは重い。
ソファーに座らせる。
この館に来たときから僕が王都に行くまで、義姉さんはほっそりした体形だったから、なおさらおなかが目立って見える。
ええと。学園祭の時に4カ月目だと聞いたから、今は6カ月か7カ月のはずだ。
「レオンさんこそ、1年見ないうちに背が大きくなったわねえ」
「はあ」
曖昧に答えて座る。
「どうぞ」
ノックがあって、知らないメイドがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
カップを持ち上げて、一口喫する。うーん。ちょっと味が落ちたかな。王都よりはこっちの水の方がおいしいはずだが。
おっ。
立ち上がる。
「どうしたの、レオンさん」
ノックとともに、扉が開いて母様が入って来た。
「まあ。本当に来ているわ」
「お義母様?」
「手紙をいただいたので、参上しました」
ただいまとか言ったら、もうここはおまえの家じゃないとか言われそうだし。
母様は、眉間にしわを寄せた。
「えらくまた他人行儀ね。間違ってはいないけれど。それにしても手紙が届くのは、昨日ぐらいのはずなのだけど」
懐から、届いた封書を出して見せる。
「ゾルカ」
「はい。奥様」
「モリエン(執事)に伝えなさい。今夜、レオンが泊まります。離れの客間を準備なさいとね。あと、昼食を1人分増やすように」
「ああ、僕なら、デノンさんの宿にでも泊まるから」
親戚だ。
「いいえ。呼びつけたのはこちらなのだから、そういうわけには行かないわ」
「承りました。では早速」
メイド頭が、部屋を後にした。
「商売の話は旦那様がいらっしゃるところでするとして」
むう。
「大学の調子はどうなの?」
「学業ならば順調です」
母様は、やや疑う目付きだ。
「財団からは、素晴らしい成果を出してると、旦那様へ連絡が来ているけれど」
ええと。財団が忖度しているとでも思っているのだろうか。
「財団は、うそを言わないと思いますが」
「あのう。財団と申しますと?」
義姉さんが訊いてきた。
「ああ。レオンに奨学金を出してくれている、ありがたい財団よ」
「へえ、そうなんですね」
うなずいている。
義姉さん。もうちょっと母様の言うことに、裏がないか疑った方が良いと思うけどな。分かっていて、装っているなら大したものだが。
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訂正履歴
2024/08/07 誤字訂正
2025/04/15 誤字訂正 (asisさん ありがとうございます)