130話 小旅行(10) 王都へ
本話と似た題目で、竹宮恵子さんの「地球へ」という作品があったなあ……。
「わぁぁ!」
突然の浮遊感におどろいたのだろう、アデルは顔を僕の胸に押し付けた。
「アデル、アデル。落ちついて周りを見て」
「うっ、うん」
一瞬震えて、顔を離した。もう上昇を止め、僕らは宙に留まっている。
「うわぁ。えぇぇ、地面があんなに遠い……」
「そうだね。500メトぐらい昇ったかな。恐くない?」
昨日行った見晴台の倍以上は高い。
「ううん。大丈夫。落ちないんでしょ? レオンちゃんと一緒だし。それよりも、下がはっきり見える」
アデルの言う通り。眼下には台地の中腹と森にアーロ湖が見え、真下にはアーログの町並が広がっている。
アデルは高い所が好きというのは、昨日の時点で分かっていたが、落ちついたのだろう全く怖がっている風はない。さっきは予想外の事態に、ただ驚いただけのようだ。
「じゃあ、私は飛んでいるのね」
「うん」
「わあぁ。鳥みたいに、空を飛ぶのが夢だったのよね」
声が華やいでいる。
「そうなの?」
「うん。いやぁぁ、すごいわあ」
「お気に召したようで、光栄です」
「もうぅぅ。あははは。レオンちゃん大好き」
「じゃあ、そろそろ王都へ向かおうか」
「うん」
≪黒翼 v0.9≫
徐々に水平方向へ加速し始めた。
「えっ、動いているの?」
「うん」
黒翼は、重力制御を基盤とした魔術だ。
身体全体が重力に引っ張られて加速するから、自由落下と同じだ。厳密には僕らを包み込んでいる銀繭には空気抵抗があって減速が掛かってはいる。
加速度がほぼ感じない上に、身の回りに止まっている物がないので、相対的に速度を感じにくい。それでも、既に秒速100メト以上出ているから、眼下の景色が目まぐるしく流れていく。あっと言う間に台地がなくなって、平地となり森もまばらとなって、荒れ地と放牧地の上を飛び越えていく。
「どんどん速くなってきたけれど。風を全然感じないわ」
「言ったろ、繭で囲ってあるって」
「へえぇぇ。そういうことになるんだ」
そのまま10分も飛行しただろうか。そろそろだな。
減速を掛け始めると前方にうっすらと白い物が見えた。
「王都が見えたよ」
「えっ、もう?」
「ほら、あそこ」
西区の町並がみるみる近付いてくる。その向こうに王宮も姿を現した。
「本当だ」
「すこし迂回するよ」
まっすぐ行くと、西区と中央区の上空を越えていくことになる。まあ見つかることはないとは思うが、大して時間は変わらないから、迂回しよう。高度をやや上げつつ、南へ進路を取り数分で南に延びる街道上空を通過、南区の東端から町上空に入り、高度を落とした。
アデルの集合住宅と僕の下宿の間。人気のない路地に降りた。
「アデル。徐々に元のように身体が重くなるからね」
「うっ、うん。わかった」
無重量状態から重力が強くなっていく。
「あぁあ。鳥になったみたいだったのに」
「ははは」
そして、足が接地してから銀繭を解除した。
「明るくなったわ。魔術は?」
「もう使ってない」
「ふぅ、楽しかったぁ」
路地を後にして、やや広い道に出た。
「ああ、ここだったのね。すぐ私の家だわ」
ちゃんと土地勘があるようだ。
まだ朝の8時前だ。それほど人通りもない。それから5分も歩くと、彼女の家に着いた。
「すわって、すわって」
部屋に入り預かっていたでかいバッグを渡すと、居間に通された。
「うん」
「レオンちゃん、疲れてないの? 疲れているわよね?」
結構興奮しているというか、躁状態になっているな。空を飛んだからかな?
「いやあ、あんまり」
言葉通りだ。ほこらに行く道で強盗たちに使った時は、重力魔術を使うと短時間で反動が来るくらいだったが。昨日練習を始めた時も、全く負担にはならなかった。だからこそ、王都まで飛んで帰ろうと考えたわけだが。
「そうなの? じゃあ、いいけれど。お茶を淹れ……」
「ポットなら、ここにあるよ」
魔導収納で持っていったのだ。
「そうだったわね」
カップを持ってくると、アデルも座る。
ポットを渡すと、注ぎ始めた。ヴィラでお茶を詰め替えてきたのだ。
「ふぅ。まだ冷たいわ。それにしても、さっきまでは、アーログの町に居たのに。駅馬車で半日以上も掛かった距離を、瞬く間に着いちゃうとはねえ。夢みたい」
「ははっ、随分空を飛ぶのが気に入ったようだね」
「うん。とっても」
満面の笑顔だ。
「じゃあ。これからも、時々一緒に飛ぼう」
「本当に!? ああ。いやでも。レオンちゃんの魔力が……」
「大丈夫だよ。昨日は1時間以上飛び回ったけれど、全然問題なかったし」
「それなら、いいかも。うれしい」
ほこらから帰ってきたときの状況を心配しているのだろう。まあこういうことは実績を積み上げて、信用を得ないとな。
「そうだ。アデル。空を飛べることは、内緒だからね」
「もちろん。誰にも話さないわ」
「さて、僕は帰るよ」
王都に帰ったら、彼女と話をしようと考えていたが、また日を改めて、落ちついてからの方が良いだろう。
「うん……」
アデルはやや俯いた。
「また、週末にね」
「そっ、そうね」
アデルの部屋を後にして、下宿に帰った。
玄関から入ると、ちょうど地下室からリーアさんが上がってきた。
「おお、レオン。おかえり」
「ただいま、戻りました」
「んん? この時間に帰ってきたのか?」
駅馬車に乗って旅行に行くと伝えてある。朝に駅馬車が着くのは不自然と思ったのだろう。
「まあ。ちょっと」
疑うような目をする。
「ふん。まあ、いいが。そうだ、洗濯をしているんだ。出すものがあるだろう?」
「あります、あります」
アデルのところに泊まったとでも考えてくれたのだろう。
「だよな。ちょっとしたら取りに行くよ」
「ありがとうございます」
「それで、朝食は?」
「もう食べました」
「そうか。あとでな」
魔導感知によると、テレーゼ夫人は不在だ。
4日ぶりに部屋に戻ってきた。開けられる窓を全部開けて換気だ。それから寝室に入って、魔導収納からバッグを出庫。洗い物を、布袋に移し替える。
しばらくすると、ノックの音が響いた。
「リーアさん。これをお願いします」
「おお、任せろ。その前に手紙だ。全部昨日届いた」
「はい」
封書を3通渡された。代わりに布袋を渡すと彼女は階段を降りていった。
ええと。ヴィクトル弁理士事務所からと、ダンカン叔父と……。
「母様からだ」
居間に行って、封書を見る。これは最後にしよう。母様のを横に置く。
ヴィクトルさんからは、特許出願の完了の知らせだ。予想通りの報告で問題はない。
ダンカン叔父のは、例の鏡をエミリアに送ったのだが、並々ならぬ反応が返ってきた。追っ付けレオンのところにも、手紙が来るだろうと書いてあった。
なるほど。
最後の封書を手に取ったが、気が重いな。
とはいえ放置するのもまずいだろう。封を切った。
「ええと。なになに」
レオンへ。
もうすぐ8月ですね。あなた(つまり僕)が家を出てから、そろそろ1年がたちます。
うーん嫌な文脈。
お父様が、あなたに会いたがっています。夏休みになったでしょう。エミリアに帰って来なさい。
本当かなあ。まあ、会いたくないってことはないだろうけど。
でももう。館に僕の部屋もなくなっているよなあ。まだ見ない甥か姪の部屋にしているはずだ。まあ、離れや別荘もあるし、泊まれるだろう。
旅費を同封します。なるべく早く来るように。来ないと、こちらから行きますよって。
「うあぁ」
封筒に小切手が入っていた。仕方ない。
開いたばかりのバッグに、別の下着類を入れ直して、魔導収納に入庫した。
「おっ。どうした。レオン。こんなところまで」
地下室まで降りた。
見るとさっき出した衣類を、早速洗ってくれているようだ。
「急ですが、帰省することにしました。夫人によろしくお伝えください」
「帰省? エミリアか。あっ、さっきの手紙!」
「はい。でも何か悪いことが起こったわけではないですよ」
「はぁぁ、なんだ、そうか。それなら良かったが。わかった。エミリアだったら、1週間くらい帰ってこないよな?」
「いや。もうちょっと早く帰ってくると思います」
「そうなのか。まあいいけれど」
「じゃあ、行ってきます」
「おお。気を付けてな!」
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