129話 小旅行(9) 空に落ちる
ハイキングとかの弁当がおいしいのはなぜなんでしょうかね。
アーロ湖を望む見晴台で、早めの昼食にした。食べるのは、持たせてもらった弁当だ。期待して箱を開けるとサンドイッチ。焦げ目の付いたパンに辛子を塗って、蒸し焼き肉と葉野菜で単純なものであった。
「うまっ」
「おいしいわね、肉感が絶妙だわ」
噛み締めると、芳醇な香りが鼻に抜け、舌には肉汁と辛みがとても心地良い。
だが、それだけではない。何しろ見晴らしがすばらしい。ここだったら、何を食べてもうまく感じるかもしれない。
「たくさんあったのに、みんな平らげちゃったわねえ」
3人前弱はあったろう。
「うん。ここ数日、いつもより食欲があるんだよね」
「そうよねえ。レオンちゃんは、いつも食が細いのに」
「ははっ、太らないように気を付けないとなあ」
「私はうれしいわ。王都に帰っても、たくさん食べてもらいたい」
「どうかな。アデルの料理は、どれもおいしいけどね。でも、食欲があるのは、このうまい空気のせいかもね」
「じゃあ、王都へ帰らずに、一緒にここで暮らす?」
「はっ?」
「ふふっ、冗談よ」
冗談……なのかな。
ともかくアデルが良い笑顔になった。昨日は楽しくはあったけれど、外に出られなかったからな。少し鬱々としていた。気が晴れただろう。
「そうねぇ。確かにレオンちゃんは、筋肉質で細すぎるってことはないけれど。もう少し太くても大丈夫だと思うわ」
ふむ。どうも、僕に食事を出してくれる人は、なぜか僕を肥えさせようとするんだよなあ。ウルスラ(商会の元レオン付きのメイド)もそうだったし、今はテレーゼ夫人も。アデルもか。
着痩せする質だからかな。
たわいのないことをしゃべっているとおなかの方もこなれてきたので、ヴィラに戻るために、元来た道を下って行った。
†
「レオンちゃん」
「んん?」
池のような浴槽につかっていると、泳ぐようにアデルが近寄ってきた。彼女が立てた波で、僕が揺れる。
「私が、昼寝してたとき、どこへ行っていたの?」
「あれ、途中で起きたんだ? ちょっと練習にね」
「練習って、魔術の?」
「うん」
アデルは眉根を寄せた。
「私、魔術のことは分からない。だからレオンちゃんが良いと思ったことをするのを、それが危ないことであっても止める気はないけど」
「うん」
「私にも話してほしいの」
「話?」
「分からなくて良いから、なんでも話してくれたらうれしいんだけどなぁぁ」
「そう。悪いやつだね、僕は。アデルにこんな顔をさせてしまって」
笑みは浮かんでいるが。
「ぅぅ……」
話して心配させるより、黙っていてあれこれ思いわずらわせる方が罪なのだろう。まだ彼女に余裕がある内にだな。
風呂から上がり、居間に移動した。
「じゃあ、とりあえず。おととい遭ったことを話すよ。多分信じられないと思うけど」
ソファーの横に座ったアデルは、穏やかな面持ちでゆっくりと顔を振った。
「一昨日、アデルが浴室で施術を受けているとき、近くを散策したんだけれど。さっきの登山口とは逆方向に行ったんだ」
「北の方?」
「そう。そこから少し行ったところに、やはり山の方に上る道があって。10分ばかり登ると遺跡があるんだ」
山賊の件は、別に良いだろう。
「遺跡? ああ、そういえば地図に描いてあったわね」
「うん。遺跡と言っても、外見は土がこんもりした盛り上がっただけのほこらだったけど」
「ほこら」
「ただ、そのほこらに入る穴が、木の板でふさがれてたんだ」
「まあ……」
「それで仕方ないから、引き返そうとしたんだけど」
「うん」
「そのとき、突然、真っ暗などこかに落ちてしまって」
「ええ? どこかって?」
「ううん。それが分からないんだ。手にも足にも何も触らないし、1メト先も見えない真っ暗闇でね。もがいても、もがいても。なんともならなくて」
アデルは、軽く息を飲んで手を口をふさぐぐように持っていった。
「レオンちゃん」
僕ににじり寄って抱き付かれた。ぎゅっと力がこもる。
そんなにつらそうに見つめられてもなあ。たしかに危機ではあったのだが。
「そっ、それで? でも。レオンちゃんが、ここに居るってことは、出て来られたってことよね……あっ、ごめん。話を続けて」
ふう。アデルが思い直したのか、抱擁を解いた。
「いいよ、いつでもいいから、遮って」
思ったより論理的だ。
「うっ、うん」
「それで、アデルの言った通り、出てはこられたんだけど、魔術を使うしかなかったんだ。僕自身にね」
「魔術」
「うん。知っていると思うけれど、大地には竜脈が通っている。そこから魔力がにじみ出て来るんだけど」
「知っているわ。王都に魔獣が出ないのは竜脈のおかげなのよね」
「そうそう」
アデルも肯いた。
「竜脈からはずれても、すこしは魔力が得られるのだけど。真っ暗などこかは、まったく魔力がなくて」
「そっ、それじゃあ」
「うん、でもこの腹の奥で魔力が巡ってなんとかね。そう、魔導収納───物を出し入れするあの魔術の一部を書き換えて、僕自身がそこを通って出てこられたんだ。おかげで、魔力を使い過ぎて、あの体たらくさ。えっ?!」
彼女の目にいっぱいの涙がたまっていた。一筋二筋と頬を流れる。
「アデル」
「よく……よく、よく戻って来てくれたわ。うれしい」
「そうだね。アデルを、ここで1人で待たせることになったかもしれない。ごめんね」
「ああ、そう。そうかもしれないけれど。そんなことより、レオンちゃんが無事でよかった」
「ありがとう。アデル」
彼女は僕の胸に顔を押し付けて、しばらく泣いていた。
†
「お世話になりました」
「とても楽しかったです」
「それは、ようございました」
アーログに来てから5日目の朝。今日は王都に帰る日だ。
先程、宿泊費を精算した。多少追加料金も含まれていたが、ほぼ最初の提示があった金額通りだった。
おっ。
「来たようです」
しばらくすると、扉が開いた音がした。
僕たちは玄関へ移動し、スリッパから靴へ履き替える。
「またのご利用をお待ちしております」
「さようなら」
外に出ると、初日にここまで送ってくれた馭者さんが待っていてくれた。
「どうぞ」
「おねがいします」
†
「レオンちゃん。駅馬車の駅はあっちじゃないの?」
アーログの町まで馬車で送ってもらったけれど、王都行きの駅馬車が出る広場から離れて、どちらかというと人気のない方へ歩いてきた。
「駅馬車には乗らない」
「えっ? でも」
「うん。もちろん王都には帰るよ。駅馬車に揺られて、たくさん話して行くのもいいけれど、それは家でもできる」
「そう、だけど……じゃあ、どうやって?」
「アデルは、高い所は大丈夫だよね」
「大丈夫というか、結構好き」
魔導感知に50メトの範囲で人間の反応はない。首を巡らせてみても同じだ。
「アデル、僕に寄って」
「うん」
何の躊躇もなく、息が掛かる距離まで来た。
≪銀繭 v1.0≫
設定、反射率0.2、透過率0.8、逆透過率0.07。
「えっ、なに? なんか回りが」
少し辺りが暗くなった。
「僕たちの周りを、繭みたいに鏡で包んだんだ」
「繭?」
「うん。外から僕たちを見ることはできない」
中からほとんど光を出さず、うっすらと周りの光景を反射。
シミュレーションだと真っ黒にもならず、目立たない偽装だ。それでいて、僕らから外は見える。
「それじゃあ」
こくんとアデルは肯いた。
≪黒洞々 v1.0≫
設定、0.0。
「かっ、身体が」
アデルの長い髪がふわりと宙に舞い、僕にしがみついた。
「飛ぶよ」
設定、-1.0。
僕らは真っ逆さまに、空に向かって落ちた。
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2024/07/31 誤字訂正