128話 小旅行(8) 小登山
久しく登山に行ってないなあ。金比羅さんぐらい?(登山じゃない)
「「乾杯」」
夕闇が降りて来そうな時刻。
僕たちは泊まっているヴィラを出て、本館にやってきた。馬車で送迎しますと言ってくれたけれど、まだ明るいので帰りだけお願いしますと答えた。
天気は良いし、夕方からは涼しいし、運動不足気味だし。何よりふたりで連れ立って歩くのが楽しいからね。
白ワインは冷えていて、喉が生き返る。
スープと前菜、サラダの後は魚料理だ。昨日と違って塩焼きだ。香ばしく焼き上がっている。野趣あふれる料理だし、手づかみでかぶりつきたいね。
「昨日とは魚の種類も違うのね。皮の模様が違うわ」
「そうだね……」
確かに、目の前にある魚は、腹に楕円形の斑点が3つ並んでいる。
フォークを入れると、パリっと皮が破れて、蒸気が上がった。少しの焦げた匂いと清々しい薫りが上がってきた。口に入れると鼻に抜けて幸せになる。塩味もあるが香りがうまい。
「うぅん!」
「レオンちゃん、このお魚を気に入った?」
「うん。香ばしくて好きだね」
エミリアでは川魚が良く出たし、なんとなく怜央の影響が有るような気がする。
「王都の市場にあるかなあ……」
もしかして帰っても作る気かな、僕のために。難しいと思うけど。
給仕さんが、パンかごを運んできた。
「あの、この魚はなんていう名前ですか」
「はい。こちらはアマーゴという名前で、湖に流れ込む北の渓流で釣れた物です」
「アマーゴ。ありがとう。あのう、王都でも手に入りますかね?」
「んん。川魚は傷みやすいので、アーログ周辺でしか流通していないと聞いています」
そうだよなあ。塩漬けとかなら……あっ、魔導収納ならやれるかもしれないが。
「わかりました。あと、分かれば良いのだけど、ちなみに昨日の出していただいた魚は?」
「昨日……ですか。すみません。お客様ごとにお出ししている物が異なりますので。少々お待ちください」
あっと、アデルが呼び止める前に、給仕さんが行ってしまった。
「アデル。昨日の食べたのはジニマースっていう魚だと思うけど」
エミリアの別荘地が面していた湖でも水揚げがあるやつだ。
「うん。多分そう。でもちょっと王都で食べてるのとは違う気がするのよね」
そういうことか。
「戻って来た」
「お待たせいたしました。ヴィラに運んだ物ですね、銀ジニマースという魚でした」
「銀ジニマースですか。へえ」
「比較的珍しい物で、アーロ湖で良く獲れます」
「ありがとう」
僕も会釈する。
「いいえ。失礼いたします」
「そんなに遠くに来たわけじゃないけれど、旅に出るといろいろ発見があっていいわね」
「うん。おいしい物も、たくさんあるしね」
「うふふ。わたしたち、食いしん坊ね」
†
アーログに着いて3日目は、雨期が戻ったようにしとしとと小雨が降り続いた。僕たちはどこへも出掛けず、ずっとヴィラにいたけど、一緒に温泉に入ったりだらだらと過ごした。
「良い天気だわ。ちょっと暑そうね」
ベッドから降りて、アデルがカーテンを開けた。
4日目。
昨夜半には雨は上がっていたようだ。彼女の言った通り、既に気温が上がっていそうな日差しだ。
「外出日和だわ」
満面の笑みで、アデルが振り返った。
「出掛けるか」
「うん」
おいしい朝食を取って、しばらく休憩したあと、アデルと連れ立ってヴィラを出た。敷地内の道をたどって本館に行き、頼んでおいた昼食を受け取った。敷地を出て街道をアーログの方向、左へ曲がる。おととい行ったほこらとは逆方向だ。
そのときと違って、僕たちを付けてくるような不届き者は居ない。
15分ほど歩くと、登山口に着いた。敷地を出てから、ここまで人とは擦れ違わなかったが、登山口には数人居た。
山道は、どこまで続くは分からないが、とりあえず石畳だ。ほこらに続く道に比べれば格段に歩きやすい。アデルも一緒に来ているから助かる。
「ねえ。レオンちゃん」
「ん?」
「もう少し、速くても大丈夫だよ」
アデルは、都会に住む女子らしく、普段山登りとはしないと聞いた。
「そう。でも無理しないようにね」
少し歩速を上げる。それでも、ひとりで登るときの半分以下だけれど。
「それと」
「ん?」
「なんか、魔術でしてる? ちょっと涼しいんだけど」
バレたか。
石畳とはいえ、そこは山道。日傘は差せる程の幅員はない。アデルは登山口で傘を僕に預け、広いつばの付いた麦わら帽を被った。高原だが、夕方まではさほど気温は王都と変わらない。それに今日は、日差しが厳しい。
「アデルの頭の上に、鏡をね」
つばを手で持ち上げて、空を見て居る。
「ああ……そう言えば、暗いわね。帽子を被ってから魔術を?」
そう。反射率を0.7にした魔導鏡を、彼女の1メトばかり上に張っている。陽光を上に反射させて遮っている。ああ、今度は可視光は透過するように改造しよう。
「うん」
「レオンちゃんの気持ちはありがたいんだけれど……」
「なんか。この前から、魔力の巡りがとても良くてさ。今も全然減っていく気がしないよ。だからね」
「じゃあ。もうちょっとだけ。うふふ」
それから、1時間は掛からなかったことだろう。台地の頂きまでは至っていないが、見晴台というところまでやって来た。ちゃんと、草が刈られていて、とても感じが良い場所だ。今日の目的地だ。
「はぁ、よく見えるわ。はぁはぁ……」
ふぅ。眼下の眺望が抜群だ。アデルの息が上がっている。
「あそこが、泊まっているヴィラで。あの遠くに見えるのが……」
「うん。アーログの町だね」
周辺の盆地の様子が、手に取るようだ。おっ、アデルが、見晴台の崖の際まで、歩いて行った。やや大きな岩の上に登る、おもむろに両腕を広げた。
「こうやっていると、飛んでいるみたい」
「恐くないんだ?」
「うん、別に」
屈託ない笑顔に、その姿は崖の向こう、宙に浮かんでいるようにさえ見える。
「ふぅ、喉が渇いたわ」
舞うように僕の方へ飛び降りた。抱き留めながら、身体を捻って勢いを殺す。
水筒を彼女に渡す。
「ありがとう」
「アデル。足……」
なんか右足をかばっているような。
「うーん。ちょっと。踵が痛いの。靴擦れかしら」
新調したのだろう、靴が真新しい。
「えっ、ちょっと」
くるぶし丈のズボンの脚を持ち上げて靴と靴下を脱がせる。
「ああ、踵の少し上の腱に……水ぶくれができて破れてるよ」
「そんなに」
かわいそうに。
「えっ、ちょっと。何を?」
≪アクァ V2.5≫
指の先、少し離れたとこから、水がゆるく迸った。
「あっふ」
彼女の足に掛けた。そのまま……。
≪トュリート!!≫
魔力を印加していく。
10秒ほどつづけていると、魔力の流れが滞り始めたので魔術を中断する。布でアデルの足を拭いた。破れた皮膚が、何事もなかったように塞がっている。
「あっ、あれ? 痛くない。痛くないわ。うそぅぉ」
「うん。治ったからね」
再度水を出して、自分の手を洗う。
自然治癒力の促進魔術。初級治癒魔術とも言える。短期間で治癒する怪我などに有効だ。しかも、安全性が高い。
「ええぇ? 本当だ。なんともなってない」
アデルが自分の足をさすって確かめてる。
「レオンちゃん。ありがとう。うれしいし、ありがたいわ。でもね、大事な魔力を私のために使うのは……ん」
指で、彼女の唇に触る。
「問題ないよ。アデルより大事なものなんかないからさ」
「もう」
アデルは顔を紅くしながら、頬を膨らませた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2024/07/27 くどい部分の訂正
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)