127話 小旅行(7) 魔力総量
人の能力を数値化するのは難しいっす。
シムコネ上に表示された、人体モデルのUIが微妙に変わっていた。
人間のシルエットがあって、頭と胴と四肢が色分けされているところまでは同じ。しかし、腹の辺りに楕円が描かれていて、光る点がなぞるように上を巡っている。
クリックすると、機能分解されたサブモデルが現れる。神経系、消化器系、循環器系……おおっ、魔力循環器系という項目が増えている。
追加項目をクリック。
あれ? 警告が出た。
ええと、魔力総量既存設定値が魔力循環器系サブモデルの下限値を下回っています。
おかしいな。標準モデルから変えてないのだけど。
ふむ。
そうか、逆に標準の人間では適合しないってことか? ふーむ。そう言われてもなあ。
そもそも、僕自身が標準に対してどうかが、よく分かっていない。
去年入試を受けた時のレンナルト式魔力量計測では、800だったか、400以上つまり一般人の4倍以上は確定だが、絶対値はわからないとリーリン先生から聞いた。
じゃあ、適当だけれど一般人の4倍と換算した数値を設定しておこう。
サブモデル設定を開く。
むう……また、ダイアログが開いた。今度は注意喚起だな。Identification Studioの機能が提供できます。有効化しますか?
アイデンティ……ってなんだ。身分証とかじゃないよな。COBOLってこともないだろうし。わからない。スタジオというぐらいだから、結構多機能なのだろうけど。
訊いてみるか。
『シスラー! アイデンティフィケーション・スタジオとは?』
『レオンさん。当該のスタジオは、各種生命基礎状態値を同定するための機能を提供します』
うぅむ。わかったような、わからないような。それよりやりたいことができるかどうかだ。
『シスラー! その機能で魔力総量が分かる?』
『レオンさん。同定可能です。機能を有効化しますか?』
『シスラー! 有効化してくれ』
『Identification Studioを有効化しました。トークン数は残り49486です』
よし!
おや? 残数が、32767を超えてないか?
『シスラー! 僕のアカウントを見せて』
『レオンさんのアカウントを表示します』」
登録ユーザ :レオン/ソアレ星系第2惑星人類(人族)登録
アカウント :御する権能,覚者Lv1
トークン数 :65535
特権レベル :シニアシステムオペレータ(3)
システム :地球版エミュレート
文明基礎言語:セシーリア語
おお、久々に見たが、やっぱりトークンが増えてる。2倍だ。ん? アカウント項目が増えているな。このせいか。
『シスラー! 覚者とは何か?』
『…………レオンさん データベース上に登録がありません 固有名称のようです』
うーん。わからないか。まあ、トークンが増える方向だから、よしとするか。
それより、魔力総量だ。
『アイディースタジオを起動!』
新しいウインドウが開いた。おっ! 小さいダイアログが開いた。
同心円の図形が表示されたが……ああ、これはチュートリアルだ。ええと自分自身が原点座標なのか。この●が生物で、顔を回すと別の●が連動して回る。これはアデルか。
この●を選択すれば良いようだ。知りたいのは僕だから、中心の●を意識する。すると表示が揺らいだ。
魔力総量───
同定中! 同定中! 再実行!
あれ?
同定中……完了! 魔力総量:9999+
できたのか。どういう意味だ……ん? またダイアログだ。
『同定したデータで、人体モデルの魔力総量設定値を設定してもよろしいですか?』
いやいや待て待て。
『シスラー! 魔力総量値の尺度はどうなっている?』
『レオンさん! 魔力総量値は登録ユーザの種別の平均値を100としています』
レンナルト法と同じかよ。何か数値が随分増えているけれど。
『なお1000未満は線形ですが、1000以上は非線形で、9999+は同定不能を意味します』
「はっ?」
おっと! いかんいかん。思わず声が出てしまった。
「んんん……」
あっ、隣の日傘の下で寝ているアデルが、少し顔をしかめて寝返りを打った。とりあえず、起きなかったようだ。
『シスラー! 同定不能とは?』
『魔力総量については経時変化を用いて同定しているため、魔力回復量が一定値を超えると、同定不可と評価されます』
ああ。結局、僕の魔力総量は分からずじまいか。
『同定したデータで、人体モデルの魔力総量設定値を設定してもよろしいですか?』
もういいや、とりあえず10人並以上ということだろう。
『了承!』
「んんん、うーん」
アデルがこちらを見て、目を開いた。
「おはよう」
「起こしちゃったな」
「何か声が……別にいいけど。ああ、お茶。おいしそう」
「アデルの分もそこにあるぞ」
「……本当だ」
アデルは起き上がって、グラスを口に運んだ。
「何時かな?」
「4時過ぎだね」
「結構寝ちゃった。気持ちよかったけど」
「ははっ」
「レオンちゃん。体はどう?」
「問題ない」
「うん。顔色も良くなってるし、よかったわ。でも無理はしないで」
アデルの笑顔にかげりがなくなっている。
「ごめん。心配掛けたね」
「ううん。いいのよ。私が心配性なだけだし」
「そうだ。少し日も陰ってきたし。2人でボートに乗ってみないか?」
「ボートって、あれ?」
湖畔に繋留されている物を指差した。
「そうそう」
「うん。じゃあ、日傘を取ってこないと」
アデルが立ち上がる。
「あるよ」
「えっ?」
魔導収納から取り出す。
「これって、私のじゃないわね。買ったの?」
「うん」
日傘を開いて、アデルに掲げる。
「ふふっ、ありがとう」
そのまま湖畔まで歩いて、小さい桟橋からボートに乗り込む。
日傘を彼女に渡して、僕は櫂を握って沖へ漕ぎ出した。
「わあ。やっぱり水の上は涼しいわねえ」
「ああ。気持ちが良い」
「やっぱり、ここはいいわね」
「ん?」
「静かで、人の目がないし」
「ああ」
確かに湖水を渡る風と、オールがきしむ音だけだ。だが、そういう意味ではないだろう。
「そりゃあ、歌劇団に入って女優になったのは、私の夢だったし。その階段を一段上ったことで人目に付くのは、誰のせいでもないけれど」
それは、そうだろうなあ。
大学で、変な二つ名で呼ばれるだけでも、正直少し不快なところがある。アデルはその何百倍だろう。大変さは比べられない。
「そんな私に付き合ってくれてる、レオンちゃんにも不自由を掛けているからさ。悪いなあって思ってるわ」
「ええ?」
「大学の同級生が恋人だったら、何も気にしなくて良かったわけでしょう?」
「うぅん、どうだろう? アデルと出会わなければ、友人を超えて仲良くしたい女子は居なかったしね。今でも、そうなんじゃないかなあ。たぶん、王都にいても研究とギルドで魔獣狩りだけをしていたんだと思う。だから、僕のことは気にしなくても良いよ」
「そういう訳には、いかないわ……せめて、一緒にいるときだけでも」
「そうだね。その時間は、普段のアデルに戻っていいよ」
「うふふ。そうね、そうする」
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訂正履歴
2024/07/24 微妙に変更
2025/04/02 誤字訂正(黄金拍車さん 笑門来福さん ありがとうございます)