126話 小旅行(6) 明晰夢
はっきりした夢は、大体いい夢じゃないのよねえ……
───アデレード視点
「大丈夫なの? レオンちゃん」
「ああ……」
泥美容の施術が終わって居間に戻ると、彼はソファーに横たわっていた。ローブも脱がずに、尋常ではない寝汗を掻いている。
大慌てで脱がせて、体を拭いた。
何度か尋ねたのだけど、レオンちゃんは散策に行って、少し気分がわるくなっただけ、問題ないと繰り返す。
たしかに。ここで見付けた直後に比べれば、顔色は随分良くなってきているが。
「でも、お昼(昼食)も、ほとんど手を付けなかったし」
「うん。心配掛けたけど。もう魔力が戻ってきてる。大丈夫だから」
「そうなら、いいけれど」
レオンちゃんは、私に気を使っていないかしら? もちろん、魔力は一般人と比べるべくもないほど多く、通っている大学でも有数とは聞いている。
その魔力を、散策に行って大量に喪ってしまった、何かがあったってことだわ。
「もう気分も悪くないよ。何だか、すこしおなかが空いてきたな」
「本当?」
「うん」
よかったぁ。
「メイドさんに言って、片付けずに取り置いてもらってあるから」
「じゃあ、食べるかなあ」
その後、スープだけ温め直して、2人で昼食をやり直した。
†
───レオン視点
残してくれてあった昼食を食べ、居間に戻ってきた。
ふう。2時かあ。
ソファーに腰掛ける。
湖の上空から、このヴィラに帰ってきた時は、疲れがひどかった。普通の疲れというよりは、足腰に力が入りづらくて、歩くのさえ億劫になった。何とかたどりついて、倒れた。
すこし眠って、食事して結構回復したのだが、しばらくぶりの状況だ。
モルガン先生が辞められて、1人で魔術を修行しはじめた頃、頻繁に陥っていた症状と同じ。
いや。変だな。
あの真っ暗な空間から戻る段階で相当魔力を使ったけれども、こちらに戻ってきてすぐ負の重力印加魔術で飛行できたぐらいだから、枯渇にはまだまだという状況のはずだ。
わからないなぁ。そもそも、ワームホール魔術は、さほど魔力を消費しないはずだが。あの空間特有の状態なのか? 検証が必要だな。
それはいずれやるとして。
目下の問題は、アデルに心配を掛けてしまったことだ。せっかく旅行に来ているのに。
「ねえねえ、あれを見て」
「ん?」
アデルが指した掃き出し窓を見る。
「日傘? でかいねえ」
芝生に2張り開いている。おっ、その下に籐の椅子が置かれているように見える。メイドさんが用意してくれたのだろう。
「あそこで、昼寝したら気持ちよさそう」
「そうしようか」
僕は上半身裸になって、アデルは半袖のふわっとした薄手の服を着ている。大きな麦わらの帽子を被って、芝生の庭に出た。日差しは強めだが、湖水を渡ってきた風でそれほど暑くはない。
日傘に近付くと、籐の寝椅子にはクッションも置かれているのが見えた。
「いいわねえ。寝やすそう」
言うが早いか、アデルが横になった。
「あぁぁ、気持ち良いわぁ」
「じゃあ、僕も昼寝するよ」
†
ええと?
腰を屈めて通路を進むと。やがて大きな空間に出た。
ここは? ああ、夢だ。
前にもこんな感じになったことがある。
直立して見渡すと、直径15メートル程の半球状の空間だ。
そして、明らかに違う文化水準で作られた物だ。
『ほこらが、エルフ文明の遺跡というのは、本当だったんだ』
だったんだ……声が反響した。
ええと。僕が言ったのか? 違うな。
別の僕が居て、夢を見てる僕がいる。
えらく非効率な夢だな。
ドームの壁には、人が立って通れそうな3つの穴というか通路が開いている。いや、さっき通ってきた穴を入れば4つだ。
僕と違う僕は、迷うことなく正面の通路を進む。
この夢。前にも見たか? 何やら既視感がある。
確か……そう。穴はすぐ行き止まりになって、そこで。
やはり、別の僕は突き当たりの壁に紋様をみつけた。
『これって……』
起動紋だ。目を瞑り、網膜に残った紋様に魔力を流す。
起動しない。
いや。だから、それは不完全だよ。
ん? なぜそう思った?
僕と違う僕は、穴を戻る。別の穴も見て回った。それらの通路の突き当たりの壁にも、紋様があった。
そうそう。3つの紋様はそれぞれ不完全で、シムコネを開いて合成───
「はっ!」
僕は、思わず起き上がった。
ああ、あれ? 芝生の上?
向かいのソファーでアデルが寝ている。そうか。日傘の下に入って昼寝したんだった。
あっ。
寝椅子の傍のローテーブルには、お茶だろう水滴が多く付いたグラスがいつの間にか置かれていた。メイドさんかな。
ちょうど喉が渇いていたので、ありがたく飲む。
そうか、昼寝して、夢を見て……いや夢じゃない。
思い出した。
故郷の別荘地にも、今日行ったようなほこらがある。
夢ではなく、その時に実際に経験したことだ。
去年のまだ1月ぐらい。僕はほこらの前で倒れて、気が付いたあと、そのまま家に戻った。そう思い込んでいたけれど。
違う。
実際には、ほこらに入り込み、3つの起動紋の謎を解いて、よく分からないところに行ったんだった。
なぜ、そう思い込んだ? 倒れる前後は、結構鮮明に覚えているぞ。
倒れた時に、頭を打って記憶が飛んだ?
いやあ。そうは思えないな。
そうだ!
あのほこらから帰ってきたあと、脳内システムのドキュメントがアップデートされて、読めなかった部分が読めるようになった。
ハイエルフ言語サブセットがインストールされたことで……飛躍的に魔術の理解が進んだ。けれど、それは何かの偶然と思っていた。
≪死せる上級エルフ族の記録≫───
背筋を、強烈な悪寒が通り抜けた。
ほこらの中の体験を忘れたのではないとしたら。
誰かに、記憶を操作された?
誰かに仕向けられたと考える方が辻褄が合う。逆に、ほこらの中で何があったことだけを、都合良く忘れていたのは不自然すぎる。
ならば、あのほこらと同じように、ここのほこらでも。もはや存在しないエルフの何かに触れたのだろうか。
それが、あの亜空間。
もしかして。
目を瞑り、シムコネを起動すると、目まぐるしく文字列が流れて、ダイアログが開き、アップデートが完了しましたとメッセージが出た。
あの時と同じだ。
『シスラー! 何がアップデートした?』
声には出さず念じる。
『はい。人体モデルがアップデートされ、関連モジュールがインストールされました』
人体モデル?
新規ファイルを開いて、人体モデルを配置する。視線でカーソルを合わせクリック。
いつものように身体の図形が開いた。
んん?
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訂正履歴
2024/07/20 わずかに訂正