表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/273

125話 小旅行(5) 暗黒の世界

人感センサーのある個室?

 分かれ道だ。右だったよな。

 目を(つむ)ると、ヴィラの居間で見た地図が浮かび上がる。やはり右だ。

 しばらく進むと少し開けた場所となり、自分の足音が変わった事に気づく。丸い砂利?


 既視感───

 ああ、故郷(エミリア)。別荘地にある丘の林の中にある場所。そうだ、あそこも古代の遺跡、ほこらがあるんだった。

 不意に懐かしさが胸を満たし、歩く速さが上がった。


「ここか」

 さっき曲がったところから登ってきた道が途絶えた。

 こんもりした盛り土の側面にぽっかり口を開けている。あそこにそっくりだな。


「あれ?!」

 しゃがんでのぞき込むと、入口から1メトほど奥に木の板が見えた。穴の断面をびっちりと塞いでいるではないか。


「はあぁぁ」

 中には入れないようだ。がっかりして何だか興奮が冷めてきた。冷静に考えると、僕は何のために、ここへ来たのか。別に特段歴史好きでもないのに、ほこらをわざわざ見に来るなんて、何を期待していたのだろうか。

 ん?


 ほこらの入口の傍に、少し古びた看板が立っている。えーと。中に度々不審者が立ち入ったため、入口を封鎖します。地主。紀元487年って3年前か。

 看板に書かれているのは、それだけだ。特に由緒書きもない。


「帰ろう」

 さすがに地主の意向に逆らおうという気にはならない。ならば、これ以上、ここにいる意味はない。


 なっ!

 (きびす)を返した刹那、視界が暗転し、浮遊感が身体を包んだ。

 とっさに地を蹴ろうとしたが、足は空を切って何物にも触れなかった。


 僕はどこかに落ちて───


 いや。無重量状態だが、落下しているわけではない。全く風を感じない。着ているローブもはためかない。

 違う!

 息が吸えない。()けもしない。何も見えない闇が、混乱に拍車を掛ける。

 落ち着け。

 呼吸はできないが、苦しくはない。

 これがいつまで続くかわからないが。


 おかしい。

 魔導感知で、何も感じられない。それどころか、いつも大地から受け取っている魔力すら届かない。王都はおろか、竜脈から外れた場所でも存在したというのに。


 どういうことだ? 僕は夢を見ているのか?

 右も、左も。上も下も、少なくとも数百メトに渡って、何もない。地面さえなくなって、重力すら感じ取れない。

 ともかく暗くて何も見えないでは、推理が成り立たない。


≪ルーチェ≫


 頭の斜め上に光源が(とも)った。

 瞳孔が落ちつくと、全身を怖気が貫く。

 確かに魔術は発動した。光を受けた着ているローブや、僕自身の手も見えた。

 が、それだけだ。それに魔術の発動が、何か普段と違う気がした。


 周囲には、何も見えない。

 暗黒だけが占める視界。いきなり夜になった?

 いや足元にさっきまで踏んでいた砂利もない。もしかして、倒れて頭を打ったか、それで意識が?


 もしそうなら、どれだけ良かっただろう。

 目をつぶると、いつも見える脳内システムの時刻表示が消えている。

 魔導感知も普段ならば、地面が反応する。それを背景ノイズとして排除しているのだが、そのフィルターを無効化しても、全く反応がない。


 この魔導感知と視界は矛盾していない、つまり、これらを事実だと仮定すると、僕の周りには何も存在しないことになる。

 そんなことがあり得るだろうか?

 あり得るとすれば、ここはさっきまで? いや、僕が生きてきた世界とは違う場所という結論に達する。


 ばかばかしいと思う心が()えて、頭の奥がしびれていく。まさか───

 腹の奥に(くすぶ)っていた思いつきが、脳裏を支配した。

 亜空間なのか?


 僕が普段使っている魔導収納の収納先。

 亜空間は、因果律が異なる世界。たとえ立ち入っても、何も影響を及ぼすことができない。時間軸が異なる世界。


 そういう仮説を、脳内システムのドキュメントで読んだ。

 ならば、亜空間の何物にも触れることはできないし、何かが僕を支えることもない。

 呼吸ができないのは、そのせいか。苦しくないのは、よく分からないが、時間が過ぎていないのかも知れない。たいして功を奏していないが、じたばたと身動きできていることは矛盾する気もする。だが、そもそもどういう原理かもわからないのだ。

 魔力が受け取れないのも、当然のできごとか。


 正しいのか誤っているのかすらわからないが、仮説は立った。


 では問題は……この仮説に基づけば、どうすれば元の世界に帰ることができるかだ。なかなかに絶望的な状況だ。

 我ながら追い込まれている。

 溜息すら()けない。


 ふむ。

 あれこれ悩む時間は、もう残っていないかもしれない。

 急に窒息するかもしれない。

 元の世界の時間経過が急峻(きゅうしゅん)で、僕だけ取り残されている可能性もある。長く居て良くなることはひとつも思い浮かばない。


 であるならば、やることはひとつだ。

 訂正しよう、思い付くことは他にない。

 どんな副作用が起こるかもしれない。それでもアデルの居る世界に戻らないとな。


 目をつぶる必要もない。闇を背景にシスラボ・シムコネを立ち上げた。

 シェルを開いてワームホール! v0.2_13を呼び出す。

 呼び出されたブロック線図の中程。


 左右の大きなブロック群のすきま。それらを結ぶ細く一筋のパス。

 ワームホールのワームホールたる所以(ゆえん)

 亜空間内部に墜ちて行く部分だ。


 そこに、伝達関数の箱がひとつ。v0.2_13以降のバージョンには常備している。というか、僕が付け加えたのだ。危険回避のために。

 よって、取り除くことも可能だ。


 クリックして中を開く。機能は単純、そのパスを通り抜ける物を選別することだ。

 1番上の項目。

 人間のフィルタリングを無効化(ディセーブルド)へ。


 名前を変更して保存。

 わかりやすく、ワームホール v99.9っと。

 とうとう、作ってしまった。どんな物でも紋章間をただ通すだけの魔術。もはや、人間すら除外することはない。


 ぶっつけ本番だが仕方ない。どうせ試行しても、ここでは観測もできない。


 起動───

 僕の命を懸ける割には、随分貧相なトグルスイッチを弾いた。

 ふむ。発動紋が現れない。ポゼッサーサブセットを有効化して以来初の出来事だ。


 魔束密度が足らないのか。やりなおす───いや。今は僕の体内に残った魔力を費やすしかない。やりなおせば、じり貧だ。

 

 全身の魔力を使って、1回きりの勝負。腹の奥底が熱く煮えるようだ。

 魔力が巡る。

 常闇の世界が燃え上がるように輝きだした。


     †


 バダバダバダ……

 何の音だ。音?


 髪が頬をくすぐる。風だ。風?


 目を開くと、僕は青い面に向けて高速で進んで居る。

 水面───


 落下している。

 目を閉じて、トグルスイッチを倒す。

 ああ、僕の回りに魔力が存在しているぞ。


黒洞々(シュエラー) v1.0≫

 設定、-3.0。


 グフッ。

 肺にたまっていたものを吐き出した。

 急制動が掛かって、風とローブのはためきが収まっていく。


 落下速度減少に連動して、負の重力を低減。

 10秒ほどで落下が止まった。


「ここは?」

 声が出た。無意識に呼吸している。特段苦しくはない、吸い慣れた大気だ。

 どうやら元居た世界で間違いない。魔導が伝わってくる。


 この輪郭。アーロ湖だ。

 時間は……ああ、10時35分だ。

 はあぁぁ、助かった。アデルを泣かさずにすみそうだ。


 あそこが本館で、そこから北へ3つめの(ヴィラ)。あそこだ。

 負の重力を斜めに変えて、ゆるやかに落下しつつ、目星を付けた建物に向かう。


 湖の(みぎわ)で、黒洞々《シュエラー》を切った。

 うっ。


 気が付くと、膝を砂浜について、肩で息をしていた。

 子供の頃、魔術を使い始めた頃と同じ。魔力を相当消費したようだ。


 しかし。

 ヴィラへのわずかな道程を、大汗を()きながら進む。窓から中をのぞくと、そこにはアデルの大きなカバンが見えた。


「はぁぁぁぁ……」


     †


───(はらから)は 圏外に出たか

───もはや手が届かぬ

───覚醒は

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2024/07/17 誤字訂正

2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)

2025/04/14 ワームホール魔術の記述変更(徒花さん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>ふたつの紋章の間をただ物体を通す魔術 ここの文章に違和感を覚えました。 修正案として、"ふたつの紋章の間《で》ただ物体を通す魔術"、"ふたつの紋章の間をただ物体《が通る》魔術"を提案いたします。
誰かは知りませんがいきなりだと拒絶されて当たり前ですよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ