122話 小旅行(2) ヴィラ
離れとかヴィラとかの形態のお宿はいいですねえ。
明日の投稿はありません(次回から記載がなければ、日曜日の投稿はなしいうことで、ご理解ください)。
宿泊する建物の玄関扉が開き、中年の女性が出てきた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
「こんにちは」
「こんにちは」
中に入ると広い玄関ホールがある、石造りで豪華だ。
「それでは、私は失礼いたします」
「ありがとうございました」
案内係の人は、胸に手を当て会釈すると、扉を閉めていった。
「こちらで、お履き替えください」
スリッパだ。アデルの所と同じだ。
「ご案内いたします。お荷物は?」
「ああ、自分で持ちます」
メイドさんは、うなずくと先導を始めた。
「こちらは、お手洗いでございます」
「ああ、広そうね」
アデルが言った通りだ。
扉はなく、奥に続いているようだ。
「こちらは居間でございます」
おおう。目の前の壁には、大きく掃き出し窓が開いていて、そこから湖が一望できる。近付いてみると窓の外には芝生が張られた庭があり、そのむこうが下り勾配になっていて、生け垣はあるが、そのまま湖の畔まで続いている。歩いて行けそうだ。
「すごいわね」
アデルが大きく目を見開いて、僕を見た。
居間も下宿の3倍くらい広い。中央に赤黒い革のソファーがあって、7、8人は優に座れる。
「そちらの扉からお隣につながっておりまして、同じ広さの居間がもうひとつございます」
はっ? いやいや、頭が痛くなってきた。
「こちらで、少しおくつろぎください」
「ああ、はい」
メイドさんは部屋を辞して行った。
「ええと、レオンちゃん」
「何?」
「どう考えても、とんでもないお宿なのだけど」
「そうだね」
答えて、ソファーに座る。
頭にヴィラという言葉が浮かぶ。客がめいめい違う建物に宿泊する形態の宿という概念だ。隣に来るかと思ったけれど、アデルは対面に座った。
「お金は……大丈夫? 私も……」
「アデルも、財団の資料を見てたじゃない」
僕が払うと宣言してある。まあ、リオネス商会から、結構なお金が振り込まれてくるから、差し当たってお金には不自由はしていない。
「うぅん、見たけれど。普通だったら、あの料金の5倍は掛かると思うわ」
4泊で、64セシルだった。
半分位財団が補助してくれているかなあと思っていたけれど、9割位かもしれない。
とはいえ、あの財団なら、どうということもなさそうだ。アデルに説明する気はないけれど。
「大丈夫じゃない?」
「うん。そうは思うけれど」
「お待たせしました」
メイドさんが戻ってきた。何か黄色い飲み物を持ってくれている。
「どうぞ」
「ありがとう」
柑橘系の少し酸っぱいにおいが漂ってきた。
「それでは、当ホテルの説明をさせて戴きます」
酸味と甘みが快い、ややドロッとした果汁を飲みながら聞く。
それによると。
湖水まで、このヴィラ宿泊者専用の区画。
寝室がいくつかあるが、どれを使ってもよい。
温泉の浴室があるが、帰るまで使用可。
食事は3食。朝と昼は、この棟の食堂に用意してくれる。
夕食は、こちらもしくは、別の本館のいずれかを、当日朝食時までに選択。
飲料は、居間と食堂に用意してある物を自由に飲んで良い。
「この他のご提供できる内容はこの冊子に書いてありますので、お手数ですがお読みください」
メイドさんがアデルと僕に冊子を渡してくれた。
「よろしければ、こちら棟の設備をご案内いたします」
コップの半分位を飲んで立ち上がり、このヴィラの中を案内してもらった。
「それでは、6時にご夕食をこちらの食堂にご用意させていただきます。それではいったん失礼します」
「ありがとう」
「よろしく」
恭しく会釈すると、メイドさんは居間を辞していった。今日のところは、本館の状況がわからないので、アデルが人の目に晒されないように、ここで食べることにした。
「さて。じゃあ、レオンちゃん。荷物を出してくれる」
「そうだね」
廊下に出て、奥へ向かう。寝室がある方だ。
「どっちかというと、こっちよね」
寝室も4部屋あるので、選び放題だ。
「じゃあ。僕は、こっちで」
「えっ、ぇえ?」
「ふふっ」
「もうぉぉ。子供の頃、いじめっ子だったでしょう。レオンちゃん」
「どうだろ?」
そういう記憶はない。
大きく開いた窓から、湖が見える寝室に入って、アデルから預かったごついカバンを魔導収納から出庫する。地方公演にも持っていっているものらしい。
ローブを脱ぎ、それから自分も最小限の荷物を出して、クローゼットに納めた。
アデルは荷物を整理すると言い出したので、さっきの居間に戻った。自分の肌着を見られるのを嫌がるからね。身に着けている姿は、見せつけるのだが。おっと失言。
さて、渡された冊子を見よう。
ふむふむ。温泉関連で美容の件が多いなあ。アデルがよろこびそうだ。それから、湖での遊びか。釣りができるんだ。1人できているならともかく、釣りの線はないな。
他には散策系だな……へえ。遺跡があるんだ。ふーん。
おっ。眺めていたら、アデルが戻ってきた。
なんだか、品は良いけど部屋着のような服に着替えていた。胸元の露出が……なかなか。この部屋には、メイドさんも入っては来ないって言ってたからな。
「どう? なんか良いのあった?」
満面の笑みで、僕の隣に身体を寄せてきた。
2部あるのだから自分のを見たらとは思ったが、くっつかれるのは歓迎だ。
このところ何もしなくても汗ばむようになった王都に比べると、アーログは結構涼しい。
「そうだね。これなんか良いんじゃない?」
冊子を繰って見せる。
「泥美容……温泉の硫黄と塩分が艶やかな肌をもたらします。当宿専属の女性美容士がお泊まりの棟をご訪問して施術いたします、かぁ。ふぅぅん。いいわねえ。ああ、でも前日までに、メイドにお申し出くださいか」
美容効果のある泥を、温泉で解いて肌に塗るというやつらしい。
「うん。夕食の時に言えば良いんじゃない。その間、僕は北の丘にでも登ってみるからさ」
アデルが微妙な顔をした。
「レオンちゃんも、一緒に泥美容を受ければ良いじゃない」
「えっ? 僕は良いよ」
「でもさ、女性専用って書いてないし、男でも良いんじゃない?」
「いやあ」
別に受けたければ男でも良いとは思うけれど、効かないってことはないだろうし。
「だって、丘に登るなんて、楽しそうなのに、1人で行くなんて……」
そっちか。
「じゃあ、丘は2人で行くとして、その辺りを散歩でもしているよ」
「まあ、それなら」
「それは、そうと。温泉入らない?」
「一緒に?」
「その反応は、男女逆だと思うの」
まあ、夕食までにまだ3時間くらいあるからいいか。旅の汚れも落としたいし。
「レオンちゃん。先に入っていて」
「うん」
立ち上がって寝室に向かう。1回全裸になって、用意されていた浴用ローブを持ち上げる。
「へえ」
パイル地だ。
素材自体は、麻だけど輪を描いて毛羽立つように織られている。東の国特産品のタオルという布だ。けっこう高級品で母様が以前輸入していたな。怜央の世界にもあったようだが、あまり高価という記憶が湧いてこない。きっと機械で大量生産していたのだろう。
この生地の物を着てみるのは初めてだ。少しガサガサするが、着心地は悪くない。
浴室に入った。
中に入ると、微かに匂いがする。まあでも、不快ではない。
下宿の部屋の倍ぐらいの大きさだな。向かって左には、何やら棚と、用途がよく分からない大きな台が置いてある。
一段下がったところは、白い石張りの床だ。中央はさらに何段か下がって、少し緑がかった青く透き通った湯が満たされている。
1人が入れる浴槽というのは見たことがあるが、ここのはまるで池のようだ。5メト四方ぐらいはある。
じゃあ、入るとしよう。ローブを脱いで、周りを見渡す。ああ、壁に金色の金具が突き出ていたので、そこに引っかけた。段を下って足を浸ける。
ぬるい。
が、避暑地ながら夏の熱気に晒されている身には心地良い。
浸かっていくと腹よりやや高いところまで水深がある。
「ふぅぅ……」
肩まで浸かると、なんか変な声を出しそうになった。どんどん気持ちよくなってくる。
温泉というのはこういう物か。
悪くない。
怜央の記憶によると、彼はほぼ毎日入浴していたようだ。
「気候のせいだろうなあ」
日本という国は───国全体がそうかは知らないが。年の半分は湿気が多かったらしい。エミリアは気候が良いし、王都もよく暑いが湿気は少ない。毎日湯に浸からざるを得ないというのは、余程不快だったのかなあ。
「レオンちゃん? ちゃんと逃げずに居るわね」
いや、何から逃げる?
おおぅ。
見上げると、ガウンを脱いで一糸まとわぬアデル。天窓から差し込む陽光が女神のように輝かせていた。
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訂正履歴
2024/07/06 誤字、わずかに加筆