121話 小旅行(1) 往路
やっぱり旅行は、準備段階と往路段階が楽しいですね。
王都西門を早朝出発した駅馬車は一路南西に走ってきたが、徐々に坂を上りはじめた。
はしゃいでいたアデルは、9時過ぎの休憩までは僕といろいろしゃべっていたが、今は横で寝息を立てている。
出発が朝早くだったからな。
そう。2人で王都を後にして、旅に出たのだ。
夕方には目的地に着く程度の小旅行ではあるが。
4日前、ユリアさんと初めてあった日のことを思い出す。
『じゃあさ、来週から、私とどこか旅に出ない?』
『旅? アデルとなら、行きたいなあ』
『うれしい』
『でも、どこへ?』
『うん。都会じゃなくて、田舎が良いかな。後はレオンちゃんが決めて』
『いやあ、僕はエミリアと王都の間くらいしか行ったことが……あっ! おみやげがあった』
『おみやげ?』
目を閉じて、魔導収納に入れた物を繰っていく。これだ。
≪ストレージ───出庫≫
僕の手の上に、大きい封筒が乗った。
アデルは、僕が魔導収納を使うことはよく見ているので、驚かない。
『これがおみやげ?』
『そう』
ラケーシス財団の報告会の日にもらった物だ。
封筒のボタンに巻き付けた糸を解いて封を開け、中から書類を取り出す。
『ふーん、おみやげって紙だったのね』
アデルは、すこし残念そうだ。
『これだ』
いくつかある書類の中から、意中のものを見付けた。
選び出した冊子をアデルに見せる。
『奨学学生向け宿泊施設斡旋について。ええと?』
『前に話したでしょ。僕が、奨学金をもらっているラケーシス財団』
『うん……そうね』
『そこと提携している宿泊施設、まあ宿だね。そこを格安で使用できますよっていう制度の説明だね。場所はいくつかあったけれど。どこにあるかとか、どんな宿とか、いつ使用できるかとか書いてある。まだ、しっかり読んでいないけれど。この夏休み期間も使えるらしいよ』
『すごいじゃない。奨学金を出してくれるだけじゃなくて、その財団って気が利いているわねえ』
『とは言っても人気の場所は、抽選になるって書いてあるけど』
『それはそうよね。見せてもらって良い?』
『もちろん』
場所が書いてあるページを開いて冊子を渡すと、アデルがかなり乗り気で読み始めた。
『えぇぇええ?』
『ん?』
『いや、ちょっと待って。ええ、ここも? 本当に?!』
『どうしたの? アデル』
明らかに興奮して、目をしばたかせている。
『いや、なんか。この冊子に書いてあるところって、人気のある観光地ばかりよ』
『そうなんだ』
『そうよ! もう、レオンちゃんは、興味のないことは、まったく関心を持たないんだから』
『あぁ……そうだね』
『ほら、このボランチェなんて、有名なんだから』
『ボランチェ?』
『もうぅ。でも、ここは避けた方が良いわね』
『なんで?』
『いやあ、この前近くで公演したのよ。あとちょっと遠いし』
そうだよな。アデルの顔が知られている可能性が高いところは、やめた方がいいよな。
『あっ』
どんどん冊子をめくっていたアデルの手が止まった。
『うわぁぁ。アーログまであるなんて』
『アーログ?』
『アーロ湖の周りにあるところ。観光地というより、高級別荘地よ』
『ああ』
アーロ湖の名前は聞いたことがある。西の高原の中にある湖だ。確かに遠くはない。
『貴族か富豪御用達な場所なのに、こんな所に行って泊まれるなんて!』
ドンと駅馬車が揺れた。
そう。駅馬車が向かっている先は、そのアーログだ。
アデルに訊いたところ、元は寒村だったそうだけど、近年温泉が出たということで、名が売れ出したところらしい。ただ、とある伯爵の私領だったそうで、庶民向けの場所ではないそうだ。
まあ、その方が客単価が上がるし。
当初は僕に決めてと言っていたけれど、アデルの意向はわかりきっていたので、アーログに行き先を決めた。
それから、第3希望までの日程を書いて、財団に応募の手紙を送ったところ、翌日の夜には、返信が帰ってきた。
第1希望で、承りましたと書いてあり、今日になったというわけだ。まだ7月だから、長期休日をとる人が少ないはずと狙ったが、功を奏したようだ。おかげでこの駅馬車も客は僕たちだけなのはよかった。アデルは人目を気にするからね。
ガサっと音がして、馭者台に続く小窓が開いた。
「お客さん。そろそろ、お昼の休憩地だ」
「ああ、はい」
窓が閉じる。
「んんん。レオンちゃん、着いたの?」
アデルが、まぶたを擦っている
「ああ。もうすぐ昼休憩だって」
†
昼休憩では、アデルが作った焼いた肉を挟んだサンドイッチとスープをいただいて大満足だった。今日は、アデルが終始機嫌が良い。
「だいぶ上の方に上がってきたね」
眺めの良い崖に近いベンチで休んでいる。
そこからは王都が視線の低いところに見えている。ゆるやかな登りだったが、こうして見てみると、だいぶ標高が上がっていたようだ。
「うぅん。でも周りが木ばっかりで……でもあまり見たことのない木だわ。何か緑が濃い気がする」
「そうだね。針葉樹が増えたね」
「針葉樹って?」
「葉っぱが細い木だね。王都やその周りは広葉樹……大きい葉っぱでしょう」
「そういうことかあ」
「あとは、木の形も」
「そうね、丸くなくて、上に向けて尖っていてるわね。レオンちゃん、よく見てるわね」
「いやあ、田舎生まれだってことだよ」
うん。アデルだって観察眼は良いよな。わからないけれど、演技力とかに生きているんじゃないかな。
昼休憩が終わり、駅馬車に乗り込むと1時間ほどは昇りばかりだったが。
ん?
馬車が左に曲がると、下るようになってきた。尾根を越えたらしい。
「あっ! 見て見て、湖だわ」
「アーロ湖だ。思ったより大きいなあ」
「うん。綺麗だわ」
木立が切れて、穏やかで美しい水面が見えてきた。
見下ろしているが、ざっと差し渡し数キルメトはありそうだ。
それから1時間も掛からず、駅馬車はアーログの町に滑り込んだ。
駅馬車を降ろされたが、ここに宿があるわけではない。
「やっぱり、新しい町だわ」
「うん」
なんというか、町自体は、さほど大きくなさそうだが、通りに面して少しこじゃれた店が多い気がする。ぱらぱらと王都の住宅街くらいの人が歩いて居るが、8月に入ればもっと人が増えるだろう。
「あっ、あれかな?」
黒くて立派な馬の2頭立ての馬車が、駐まっている。その馭者台から、人が降りてきて、僕らに近付いて来た。
「ルブト商会でございます。失礼ですが。私共のお客様でしょうか?」
「ああ、はい。そうです」
提携先の宿の名前だ。やはりそうか。
人通りがある場所だ、こちらの名前を口にしないのは気が利いている。
財団から送ってもらった、書類を見せた。
「私は案内係でございます。お待ちしておりました。おふたり様ですね。4泊で承っております。あの、荷物はこれだけで?」
「ああ。まあ、そうです」
手持ちは小さいバッグだけで、荷物は魔導収納に入れてある。
お金持ちの間では、魔導カバンがそれなりに普及しているので、これもその類いだと思うだろう。
「それでは、ここから20分あまりで着きますが、出発してよろしいでしょうか?」
アデルを振り返ると大丈夫らしく、彼女はうなずいた。
馬車を乗り換えると、やがて市街地は切れ、木立の間の街道を進み始めた。
案内にあったように、アーログの町から少し離れた場所なのだろう。森に囲まれた湖畔の宿とあったが。
15分ぐらい走ると、右手側に鉄柵越しに庭園が見えてきた。
もしかして、ここかな?
「ここ?」
「そうらしいね」
間もなく馬車は右折し、庭園の中を進み始めた。
「わぁ、良い雰囲気」
庭園が切れ、再び木立の間を進むと、左側に湖が見えてきた。
「うわぁ」
陽光が、湖水でキラキラと照り返している。それを窓越しに見ているアデルは満面の笑みだ。
あそこか?
大きなレンガ造りの建物が見えてきた。しかし、そこに向かう石畳の道には曲がらず、通過した。
「あれ? あそこだと思ったのに」
「そうだね」
また道は木立に囲まれてしまった。宿泊場所は、湖畔と書いてあったから、この道の左側だろう。そう思っていると、2つばかり分岐を通り過ぎて、ようやく左折した。何度か右に左にと曲がったと思うと、馬車が停まった。
外から、扉が開く。
「おつかれさまでした。こちらでございます」
「はい」
目の前にあるのは、石造りの一戸建てだ。3方が林に囲まれた所に建っている。ダンカン叔父さんの家より小さいぐらいか。
それはともかく。振り返って、アデルの手を取って馬車から降ろす。
「あっ、湖だわ」
建物の左手に、湖水が見える。
「泊まるのは、ここですか?」
「はい。こちらの棟に、おふたりでご宿泊いただきます」
「私たち専用ってこと?」
案内係の男は、大きくうなずいた。
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訂正履歴
2024/07/04 誤字訂正
2024/08/07 誤字訂正
2024/11/06 誤字訂正(kurokenさん ありがとうございます)
2025/05/14 誤字訂正 (ムーさん ありがとうございます)