120話 会ってもらいたい人
親しい妙齢女性に、会ってもらいたい人が居るって言われたら、不吉な予感しかしませんよね。
明日の投稿はありません。
「アデル、会いたかった」
「いらっしゃい。レオンちゃん。朝に別れたばっかりだけどね」
昨夜から今朝に掛けては、仲の良い従姉弟を装っていたから、会った内に入らない。
昨日は、ダンカン叔父さんの家に泊まり、いったん下宿に帰って、今度はアデルの部屋にやって来た。
奥の居間に通される。
ソファーに座るとお茶を出してくれた。いつもはすぐ僕に抱き付いてくるのに、アデルは別のソファに腰掛けた。まあ、今は昼の2時過ぎだし。
「ねえ、どうしてこの時間なの?」
「ごめんね。忙しかった?」
叔父さんの家から帰りがけに、アデルからこの時間に来てと呼ばれたのだ。
その時もどうしてと尋ねたかったのだけど、ちょうど、ロッテさんが玄関に来たので、訊けなかったのだ。
「そういう訳じゃないけれど。実質、夏休みに入ったからね」
休み前で授業がまばらになっていて、もう僕は登校する必要がない。
「よかったわ。実は、レオンちゃんに会ってもらいたい人がいるの」
「会ってもらいたい? えっ、ここで?」
「うん。もうすぐ来るはず」
「はっ?」
その時、玄関のベルが鳴った。
「あっ、来たみたい。ちょっと待っていて」
アデルがソファーを立って、廊下へと出ていった。
誰なんだ? んんん、待てよ。
アデルがここに居て、ここまで来たわけだから、来た人は門を通るための合鍵を持っていることになる。
「うん。もう来てるわよ」
部屋に入ってきた。
誰だ? 知らない女性だ。見た感じ、30歳代中盤から後半というところ。歌劇団の人か? そうならば、警戒しなければ。でも、なんというか、すぐ近所から来ましたって感じだ。手に何も持っていないし。
「こんにちは」
「はじめまして」
「堅いあいさつはまたにして、座って座って」
その人は僕の対面に腰掛けた。テーブルの端にこちらを向いたアデルは笑顔だ。
「さて、紹介するわね。こちらはユリアさん。私の付き人になってくれたの」
「付き人……」
やっぱり、歌劇団の人か。なぜ僕を紹介するんだ? 案の定、何だこの男はって僕を見ているじゃないか。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「まあ、付き人のお仕事は、来月の下旬からだけど。それで、こちらはレオンちゃん。この前ざっと紹介しておいたけれど。サロメア大学の1年生で魔術士。15歳よね」
「はい」
「15! 15歳ですか、恋人にしては若くないですか?」
えっ? いや、カマ掛けか?
「えっ、ちっ、違いますよ。いやだなあ」
思わずアデルを見ると、笑顔が変わっていない。
「レオンちゃん、良い演技だけど。でも、私がユリアさんに恋人だって言ったの」
はっ?
理由はわからないが、ごまかすのは無意味のようだ。どういうことなんだ? バレて被害が大きそうなのはアデルの方なのに。
「うん。ちゃんと説明するわ」
してくれ!
「付き人って言っても、ユリアさんは歌劇団の人じゃないわ」
「えっ?」
「うん。なんか、私の待遇が上がって、専属の付き人をつけることになってね。歌劇団の職員を付けるか、それとも費用は歌劇団持ちだけど、私個人が雇うかってことになって、後者を選んだの」
少なくともアデル寄りの人物ということだな。実質はわからないけれど。
「それで、付き人ってどういう仕事なのかな?」
「そうね。王都に居るときは、現場が劇場だから、そちらについてもらうこともあるけれど、主に身の回りの世話をしてもらうわ。掃除だったり、洗濯だったり、お買い物だったり」
ほう。
「地方公演のときが大変で、ずっと行き先について来てもらって、お世話をしてもらうわ」
それって、ずっと家を空けることになるんじゃないのか?
「そうですね。お金の管理以外は、なんでもやるつもりです」
「うーん、それも結構煩わしいんだけどね。税金とか」
アデルは報酬をもらえるようになったが、遣う暇がないって言っていた
「それはともかく。付き人とは結構長い時間を一緒に過ごすから、気心が知れた人が良いと思ったの。その話が持ち上がったのが、マキシムの町にいたときで、ちょうどユリアさんがそこに住んでいたの。会いに行ってくどいちゃった。レオンちゃんに相談できなくて悪かったわ」
「アデルの付き人なんだから、アデルが決めれば良いけれど。ユリアさんのことは前から知っていたということなの?」
「うん。ユリアさん。ユリアお姉ちゃんはね……」
お姉ちゃん?
「私の従姉なの。亡くなったお父さんの少し年の離れたお兄さんの子でね。私が小さいときはよくかわいがってもらっていたの」
「あっ、ああ。そうなんだ」
「ユリアお姉ちゃんは口も堅いから、私たちのことを打ち明けたわ」
「はい。まあ歌劇団の方々を欺くのは何とも思わないけれど、お世話になったブランシュさんに黙っているのはちょっと気が引けるわね。でもまあ、雇い主には逆らえないし」
「もう!」
2人とも笑顔だ。
「いや本当に、寡婦になって義理の長男から離縁されて、これからどうしようって思っていたから。ちょうどよかったっていうか」
寡婦、未亡人か。
「それは……」
「いやあ、別にそんな湿っぽい話じゃないの。農場の主の後添えに入ったんだけど、私とさほど年の変わらない息子さんがいたので、子供は作らないようにしていたの。それで半年ほど前に旦那様が亡くなったのは、本当に悲しかったけれど。その家に居続けるのもね。ああ。そのう、なんていうか、まあ手切れ金かな。それをそれなりの額でもらったから、悪い人たちじゃないわ」
「その話は、お母さんから聞いていたから、ユリアさんが付き人になってくれたらなあと思っていたの」
「そうなんだ」
「うん。ユリアさんは、家事は私以上にバッチリだし、刺繍とか編み物とかもうまいのよ。そうだ。以前にもらったものを、見せて上げる。ちょっと待っていて」
アデルは、立ち上がって寝室の方へ行った。
「レオンさん」
「はい」
「15歳と聞いて、少し驚いたけれど。いやまあ、アデルさんの方が年上だから。そうなった経緯は聞かないし。2人とも一応大人だから、あなたたちの関係について野暮なことは言いません。あなたたちはいとこ同士と言っても、血のつながりはないから、そういう意味でも問題はないし。ただこれだけは、覚えておいてほしいの」
「なんでしょう」
「あなたが、アデルさんを泣かしたら、私が許さないってことをね」
ほう。
なかなかの迫力だ。
「わかりました。覚えておきます」
ふむ。親戚といっても信用ができるのかと思ったけれど。まあ、悪くはないようだ。アデルには人を見る目があると信じよう。
戻って来た。
「これよ! 見て、レオンちゃん。すごいでしょう」
白いハンカチだ。中央に大きい華と草が刺繍されている。
「すごい。見事なものですね」
素人目にもそう思える。
「そうでしょう。そうだ! 私も刺繍を覚えたいから、教えてもらおう」
「これって、10年くらい前にあげたものじゃないですか? よく取ってありましたね」
「だって。これ、かわいくて好きなんだもの。そうね、もう10年くらいか。ユリアさんが、結婚するちょっと前……ああ、ごめんなさい」
「別に。気にしないで」
†
「さて、じゃあ、いったん部屋に戻って、ブランシュさんに会ってくるわ」
ユリアさんが腰を上げた。
「部屋?」
「ああ、この集合住宅の下の階に住んでもらうことになっているの」
「マキシムの方の住まいを引き払って、8月15日過ぎに王都に戻って来ます」
「うん。よろしくね」
「では、レオンさん。また」
「はい。さようなら」
ユリアさんとアデルが連れ立って、部屋を出て行った。
ふう。驚いた。
一時はどうなるかと思ったけれど。
「レオンちゃん」
アデルが戻ってきた。
「どうだった? ユリアさんは」
「うん。まだよく分からないけれど。良さそうな人だね」
「そうなのよ。でも、もっと気に入ってくれると思ったのになあ」
「いやあ、そこまではわからないよ」
「そうね。なかよくしてね。そうだ、大学はもう実質お休みって言っていたけれど、いつまで?」
「ああ、9月末までだけど」
2カ月あまりある。
「うわぁ、長いわね。うらやましい」
「アデルは? いつまで」
もう休みに入っているとは聞いている。
「うん。9月中旬から、また王都で公演で。その稽古が8月下旬から始まるから」
実質1カ月か。
大学生と比べると短いけれど、一般人とそんなに変わらないか少し長いくらいか。
「じゃあさ、来週から、私とどこか旅に出ない?」
「旅? アデルとなら、行きたいなあ」
「うれしい」
「でも、どこへ?」
「うん。都会じゃなくて、田舎が良いかな。後はレオンちゃんが決めて」
「いやあ、僕はエミリアと王都の間くらいしか行ったことが……あっ! おみやげがあった」
「おみやげ?」
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訂正履歴
2024/06/29 脱字、わずかに追記
2024/08/07 誤字訂正
2025/03/27 誤字訂正 (簪さん ありがとうございます)
2025/03/28 誤字訂正(狄雲さん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (ゆうきさん ありがとうございます)
2025/04/14 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)