119話 母娘ケンカの種
女性に贈り物をするときは、気を配らないとねえ。
「レオン君。いらっしゃい」
「うん。ロッテさん、久しぶり」
今日は招かれてダンカン叔父さんの家にやって来た。広い居間に通されて寛いでいると、最近どんどん美しくなってきている、この家の次女が部屋に入った。
「レオン君の大学以来ね」
「そうだね」
「執事姿、格好良かったわよ。エイルも、そう言ってた」
「いやいや。なかなか大変だったけどねえ」
「そうよねえ。あっ、お姉ちゃんは、午前中に帰って来ているわよ」
「アデルさん、元気そう?」
アデルが地方公演から帰ってきたというので呼ばれたのだ。
「元気、元気。それでね、ヨハンがずっとべったりなのよ」
「ああ、そうだろうなあ」
そんなことを言っていると、ヨハン君の高い声が聞こえてくる。間もなく扉が明いた。
「レオンちゃん、来ていたのね。久しぶり」
「アデルさん。こんばんは」
1カ月ぶりだ。
ん。なんか、顔がほっそりしている。
「あっ、レオンにいちゃんだ!」
ダアァと走って僕の傍まで来た。
「ヨハン君。元気そうだね」
「うん。げんきだよ!」
「ヨハン……ちゃんとあいさつなさい」
「はい。レオンおにいちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
「あのね、あのね、ぼくね、べんきょうはじめたんだよ」
「おお、そうなんだ」
ロッテさんを見た。
「ああ、家庭教師の先生に来てもらって、文字の書き方と簡単な算術をね」
「うん。かんたん!」
「簡単なのは最初だけよ」
そうか。5歳だものな。10月には、初等学校が始まると聞いている。
僕が育ったエミリアと違って、王都では富裕層向けに初等教育機関がある。公的な機関ではなく私立だが。
王都にはたくさんの家庭教師がいるそうだが、裕福な家の子供もまたたくさん居る。よって引く手あまたな上、優秀な先生は、貴族から囲われていくようで、なかなか行き渡らないそうだ。だから、1人で多くの子供を見られるように、初等学校が存在するそうだ。
とはいえ、比較的授業料が高いらしいから皆が通えるわけではない。あまり裕福でない家の子はやはり日曜学校のみになる。
「だからねえ」
「ヨハン。お母さんに駄目って言われたでしょう!」
ん?
「なんですか?」
「ぼく、ほしいものがあるの」
おお、僕に無心か。
「ヨハン!」
「まあまあ、ロッテさん」
「ぼく、ねえ、おねえちゃんたちとおなじペンがほしいの」
「ああ」
アルミラージの角で作ったやつだ。
「だめよ。あれは作るのが大変そうでしょう。レオンちゃんが困るじゃない」
「ぇぇえええ、アデルおねえちゃん」
「ヨハンはにはまだ早いわ、鉛筆を使いなさい」
「ううん。だって、あのペンはきれいなんだもん」
「綺麗って、文字を練習するのじゃないの? ヨハン」
「だって、ロッテおねえちゃんだって。かいてないもん。ひかりをあててさ、きれいでしょうって、ぼくにみせびらかすんだもん」
少しべそをかきだした。
僕とアデルが、ロッテさんを見た。
「ちょっと、ロッテ!」
「いやぁ、だって、あのペンは綺麗すぎて使えないのよ。学校なんかに持っていったら盗まれそうだし」
「でも、使わなくてどうするのよ、せっかくレオンちゃんがくれたのに」
「そうなんだけど、ちょっと聞いて。光を当ててから、暗くすると、ぼうっとしばらく光っているのよ」
「へえ、そうなの?」
アデルが僕に訊く。
「いや、知らなかったけれど」
そうか。アルミラージの角は、蓄光効果があるんだ。いつか暇なときに僕もやってみよう。
「なんです? 騒々しいですよ」
あれ? ヨハン君が、ソファーにビシッと座って、肩に力が入ってる。ああ、ブランシュ叔母さんが来たからか。
「レオンさん、いらっしゃい」
「お招きありがとうございます」
「いえいえ。あなたは、家族も同然ですからね」
一瞬、アデルを見るが表情は変わっていない。
「そうそう。ロッテ、料理がだいぶできているから、運ぶの手伝って」
「はぁい」
「私も行くわ」
アデルも立ち上がった。
「レオンさんも、もうちょっとしたら食堂に来てね」
「はい」
女性陣が居間から出ていってしまった。
「ヨハン君、ヨハン君」
「なあに」
「10月の学校がはじまるまでに、ペンを作ってあげるよ」
「ほんと!? やったあ。きっとだよ。やくそくだよ。レオンにいちゃん」
「内緒の約束だよ」
「うん。ないしょ」
†
ブランシュさんのおいしい夕食をいただきつつ、アデルの地方公演でのできごとを皆で聞いていると9時になった。
「今夜はお招きありがとうございました。久々に皆さんに会えてうれしかったです」
「ええ? レオン君もう帰っちゃうの? 泊まっていけば良いのに」
「いや、もうちょっと居ますけど。それで、また魔道具の試作品を作ったので、使ってもらおうと思って持って来ました」
「魔道具。試作品?」
赤ワインでいい感じにできあがっていた、ダンカンさんが目を擦った。
「ええ、叔父さん。でも女性向けです」
「女性向けなあ」
「「「まあ……」」」
「ブランシュさん。こちらをどうぞ」
「はあ、これは……なんなのかしら?」
受け取った物は、木の棒の先に長軸が250ミルメトほどの楕円の輪が付いたもの。
「綺麗な模様が刻まれているけれど」
「使うときは、輪の付け根にある魔石を触ってください。魔道具が発動します」
「発動───怖くはないのよね?」
「ええ、安全です」
「わかったわ」
恐る恐る叔母さんが魔石を触ると、輪の内部に鏡面が生成された。
「えっ、何これ。鏡なの?」
「「えぇぇぇ」」
叔母さんの両脇から、アデルとロッテさんがのぞき込む。
「なっ、なんかすごく映りがいいんだけど」
「確かに、すごくくっきりしてる。全然歪んでないし」
「そうですね。もう1回魔石を触ってもらうと、鏡が消えます」
「本当だわ」
「これ、どうなっているの?」
「魔導で、空間に光を反射する面を作るんです」
「くっ、空間。うーん。聞いてもわからないけれど。また鏡になったわ、すごく綺麗ね」
「ちょっと、お母さん貸して」
アデルが、鏡を持った。
「うわっ。軽い。軽いわね。そうだ! 魔道具ってことは、ずっとは使えないってことなの? レオンちゃん」
「そうだね。ずっと使い続けると王都だと3時間くらいかな。でも消してもらったら、2時間くらいでまたしばらく使えるよ。半日おいてもらえば元通りになる」
「ふぅん。まあ、そんなに鏡ばっかり見ていないから大丈夫ね。でも切り忘れたら」
「どこかに置いたまま、ずっと動かさないと10分くらいで、勝手に切れるから」
「おお、気が利いている! うん。やっぱり普通のとは違う。鏡の中にもう1人私が本当に居るみたい。なんだか2割増しで美人に見える」
「おねえちゃん。私にも貸してよ」
ロッテさんが奪い取った。
「ちょっと待って。魔導で鏡でしょう。いったん消えて、もう一度映るってことは、この鏡は汚れないってこと?」
鋭い!
「そうですね。そもそも汚れが付きませんし、曇りもしません」
「えぇぇ? ハァァァ。本当だ、息を掛けても曇らないわ」
「ああ。試しに、そのグラスに残ったワインを、鏡に掛けてみてください」
「え? やるわよ」
「どうぞ」
ロッテさんが、鏡面にグラスを傾けた。
「本当だ、弾いてる」
「その空いた皿にでも、こぼしてください」
「ああ。綺麗さっぱり。枠には付いたけれど」
ロッテさんが、布で枠を拭いている。
「ちょっ、ちょっと。これってすごい鏡なんじゃないの?」
「いやまあ、魔石が必要だったり、いくつか欠点もあるけれど」
「いやいや、鏡を綺麗に磨くのって大変なんだから。劇場なんか、大きな鏡を化粧士の人が一生懸命磨いているのよ」
「うん。私たちも学校で磨かされる」
「そうね。私も下級生の頃にやったわ」
「どうです。ブランシュさん、使ってもらえますか」
「もっ、もちろん。いやでも」
2人の娘を見る。
「ああ、アデルさんとロッテさんの分も持ってきてありますよ」
「やったあ」
「さすがは、レオン君ね。家族でケンカになるかと思ったわ」
こわいな。
ロッテさんには同じ物を渡した。
「アデルさんには、こちらを。どうぞ」
「えっ、私のはこれなの? なんか、2人のと違うけれど」
そう、アデルに渡した物には枠がない。取っ手だけだ。
「はい。使ってみてください」
「うん。あれ? さらに軽いわ。ああ、輪っかがないからね。おぅ。ちゃんと同じ大きさの鏡になったわ。何か端はぼやけているけれど」
「ええ、こうやって鏡面の端を触ると消えますから」
「なるほど」
「それと、その端を回してもらうと」
「あっ、大きさが変わる」
「うん。4段階だね」
手のひらの半分くらいから、顔の倍くらいまで広がるように、術式で面積を可変できるようにしてある。
「面白い! きっと便利だわ」
「ええ、便利と言えば。この取っ手はここから曲がるようにできていて……」
「おお?」
「斜めに曲げた取っ手の方を、テーブルとか、何か台においてもらえれば。そう、そんな感じで」
「置いたまま、顔が映るわ───えっ? 空いた両手で化粧ができるじゃない!」
「はい。地方公演に持っていってもらえればうれしいです」
「ありがとう! そうか、ガラスがないからこんなに軽いんだ。輪っかもなくして、さらに軽くしてくれたのね。それに取っ手だけでかさばらないわ。どこでも持って行ける。大好き! レオンちゃん」
アデルに抱き付かれた。
「ちょっと、おねえちゃん。うれしいのはわかったけれど離れなさいよ」
うれしそうにしている女性陣の向こうで、ダンカン叔父さんが、しげしげとブランシュさんに渡した試作品を見ている。
「いやあ、レオン。話があるんだが」
下宿に帰ろうと思っていたけれど、このあとダンカン叔父さんと話し込み、泊まることになった。
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訂正履歴
2024/06/26 誤字訂正
2024/07/06 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2024/07/17 誤字訂正( たかぼんさん ありがとうございます)