表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/274

119話 母娘ケンカの種

女性に贈り物をするときは、気を配らないとねえ。

「レオン君。いらっしゃい」

「うん。ロッテさん、久しぶり」


 今日は招かれてダンカン叔父さんの家にやって来た。広い居間に通されて(くつろ)いでいると、最近どんどん美しくなってきている、この家の次女が部屋に入った。


「レオン君の大学以来ね」

「そうだね」

「執事姿、格好良かったわよ。エイルも、そう言ってた」

「いやいや。なかなか大変だったけどねえ」

「そうよねえ。あっ、お姉ちゃんは、午前中に帰って来ているわよ」

「アデルさん、元気そう?」

 アデルが地方公演から帰ってきたというので呼ばれたのだ。


「元気、元気。それでね、ヨハンがずっとべったりなのよ」

「ああ、そうだろうなあ」

 そんなことを言っていると、ヨハン君の高い声が聞こえてくる。間もなく扉が明いた。


「レオンちゃん、来ていたのね。久しぶり」

「アデルさん。こんばんは」

 1カ月ぶりだ。

 ん。なんか、顔がほっそりしている。


「あっ、レオンにいちゃんだ!」

 ダアァと走って僕の傍まで来た。


「ヨハン君。元気そうだね」

「うん。げんきだよ!」

「ヨハン……ちゃんとあいさつなさい」

「はい。レオンおにいちゃん、こんばんは」

「こんばんは」


「あのね、あのね、ぼくね、べんきょうはじめたんだよ」

「おお、そうなんだ」

 ロッテさんを見た。

「ああ、家庭教師の先生に来てもらって、文字の書き方と簡単な算術をね」

「うん。かんたん!」

「簡単なのは最初だけよ」


 そうか。5歳だものな。10月には、初等学校が始まると聞いている。

 僕が育ったエミリアと違って、王都では富裕層向けに初等教育機関がある。公的な機関ではなく私立だが。

 王都にはたくさんの家庭教師がいるそうだが、裕福な家の子供もまたたくさん居る。よって引く手あまたな上、優秀な先生は、貴族から囲われていくようで、なかなか行き渡らないそうだ。だから、1人で多くの子供を見られるように、初等学校が存在するそうだ。


 とはいえ、比較的授業料が高いらしいから皆が通えるわけではない。あまり裕福でない家の子はやはり日曜学校のみになる。


「だからねえ」

「ヨハン。お母さんに駄目って言われたでしょう!」

 ん?

「なんですか?」


「ぼく、ほしいものがあるの」

 おお、僕に無心か。

「ヨハン!」

「まあまあ、ロッテさん」

「ぼく、ねえ、おねえちゃんたちとおなじペンがほしいの」

「ああ」

 アルミラージの角で作ったやつだ。


「だめよ。あれは作るのが大変そうでしょう。レオンちゃんが困るじゃない」

「ぇぇえええ、アデルおねえちゃん」

「ヨハンはにはまだ早いわ、鉛筆を使いなさい」

「ううん。だって、あのペンはきれいなんだもん」

「綺麗って、文字を練習するのじゃないの? ヨハン」

「だって、ロッテおねえちゃんだって。かいてないもん。ひかりをあててさ、きれいでしょうって、ぼくにみせびらかすんだもん」

 少しべそをかきだした。


 僕とアデルが、ロッテさんを見た。

「ちょっと、ロッテ!」

「いやぁ、だって、あのペンは綺麗すぎて使えないのよ。学校なんかに持っていったら盗まれそうだし」

「でも、使わなくてどうするのよ、せっかくレオンちゃんがくれたのに」

「そうなんだけど、ちょっと聞いて。光を当ててから、暗くすると、ぼうっとしばらく光っているのよ」


「へえ、そうなの?」

 アデルが僕に()く。

「いや、知らなかったけれど」

 そうか。アルミラージの角は、蓄光効果があるんだ。いつか暇なときに僕もやってみよう。


「なんです? 騒々しいですよ」

 あれ? ヨハン君が、ソファーにビシッと座って、肩に力が入ってる。ああ、ブランシュ叔母さんが来たからか。


「レオンさん、いらっしゃい」

「お招きありがとうございます」

「いえいえ。あなたは、家族も同然ですからね」

 一瞬、アデルを見るが表情は変わっていない。


「そうそう。ロッテ、料理がだいぶできているから、運ぶの手伝って」

「はぁい」

「私も行くわ」

 アデルも立ち上がった。

「レオンさんも、もうちょっとしたら食堂に来てね」

「はい」

 女性陣が居間から出ていってしまった。


「ヨハン君、ヨハン君」

「なあに」

「10月の学校がはじまるまでに、ペンを作ってあげるよ」

「ほんと!? やったあ。きっとだよ。やくそくだよ。レオンにいちゃん」

「内緒の約束だよ」

「うん。ないしょ」


    †


 ブランシュさんのおいしい夕食をいただきつつ、アデルの地方公演でのできごとを皆で聞いていると9時になった。


「今夜はお招きありがとうございました。久々に皆さんに会えてうれしかったです」

「ええ? レオン君もう帰っちゃうの? 泊まっていけば良いのに」

「いや、もうちょっと居ますけど。それで、また魔道具の試作品を作ったので、使ってもらおうと思って持って来ました」


「魔道具。試作品?」

 赤ワインでいい感じにできあがっていた、ダンカンさんが目を擦った。


「ええ、叔父さん。でも女性向けです」

「女性向けなあ」

「「「まあ……」」」


「ブランシュさん。こちらをどうぞ」

「はあ、これは……なんなのかしら?」

 受け取った物は、木の棒の先に長軸が250ミルメトほどの楕円(だえん)の輪が付いたもの。


「綺麗な模様が刻まれているけれど」

「使うときは、輪の付け根にある魔石を触ってください。魔道具が発動します」

「発動───怖くはないのよね?」

「ええ、安全です」


「わかったわ」

 恐る恐る叔母さんが魔石を触ると、輪の内部に鏡面が生成された。


「えっ、何これ。鏡なの?」

「「えぇぇぇ」」

 叔母さんの両脇から、アデルとロッテさんがのぞき込む。

「なっ、なんかすごく映りがいいんだけど」

「確かに、すごくくっきりしてる。全然(ゆが)んでないし」


「そうですね。もう1回魔石を触ってもらうと、鏡が消えます」

「本当だわ」

「これ、どうなっているの?」

「魔導で、空間に光を反射する面を作るんです」

「くっ、空間。うーん。聞いてもわからないけれど。また鏡になったわ、すごく綺麗ね」

「ちょっと、お母さん貸して」

 アデルが、鏡を持った。


「うわっ。軽い。軽いわね。そうだ! 魔道具ってことは、ずっとは使えないってことなの? レオンちゃん」

「そうだね。ずっと使い続けると王都だと3時間くらいかな。でも消してもらったら、2時間くらいでまたしばらく使えるよ。半日おいてもらえば元通りになる」

「ふぅん。まあ、そんなに鏡ばっかり見ていないから大丈夫ね。でも切り忘れたら」

「どこかに置いたまま、ずっと動かさないと10分くらいで、勝手に切れるから」

「おお、気が利いている! うん。やっぱり普通のとは違う。鏡の中にもう1人私が本当に居るみたい。なんだか2割増しで美人に見える」


「おねえちゃん。私にも貸してよ」

 ロッテさんが奪い取った。

「ちょっと待って。魔導で鏡でしょう。いったん消えて、もう一度映るってことは、この鏡は汚れないってこと?」

 鋭い!


「そうですね。そもそも汚れが付きませんし、曇りもしません」

「えぇぇ? ハァァァ。本当だ、息を掛けても曇らないわ」


「ああ。試しに、そのグラスに残ったワインを、鏡に掛けてみてください」

「え? やるわよ」

「どうぞ」

 ロッテさんが、鏡面にグラスを傾けた。

「本当だ、弾いてる」

「その空いた皿にでも、こぼしてください」

「ああ。綺麗さっぱり。枠には付いたけれど」

 ロッテさんが、布で枠を拭いている。


「ちょっ、ちょっと。これってすごい鏡なんじゃないの?」

「いやまあ、魔石が必要だったり、いくつか欠点もあるけれど」

「いやいや、鏡を綺麗に磨くのって大変なんだから。劇場なんか、大きな鏡を化粧士の人が一生懸命磨いているのよ」

「うん。私たちも学校で磨かされる」

「そうね。私も下級生の頃にやったわ」


「どうです。ブランシュさん、使ってもらえますか」

「もっ、もちろん。いやでも」

 2人の娘を見る。


「ああ、アデルさんとロッテさんの分も持ってきてありますよ」

「やったあ」

「さすがは、レオン君ね。家族でケンカになるかと思ったわ」

 こわいな。

 ロッテさんには同じ物を渡した。


「アデルさんには、こちらを。どうぞ」

「えっ、私のはこれなの? なんか、2人のと違うけれど」

 そう、アデルに渡した物には枠がない。取っ手だけだ。


「はい。使ってみてください」

「うん。あれ? さらに軽いわ。ああ、輪っかがないからね。おぅ。ちゃんと同じ大きさの鏡になったわ。何か端はぼやけているけれど」

「ええ、こうやって鏡面の端を触ると消えますから」

「なるほど」

「それと、その端を回してもらうと」

「あっ、大きさが変わる」

「うん。4段階だね」

 手のひらの半分くらいから、顔の倍くらいまで広がるように、術式で面積を可変できるようにしてある。


「面白い! きっと便利だわ」

「ええ、便利と言えば。この取っ手はここから曲がるようにできていて……」

「おお?」

「斜めに曲げた取っ手の方を、テーブルとか、何か台においてもらえれば。そう、そんな感じで」

「置いたまま、顔が映るわ───えっ? 空いた両手で化粧ができるじゃない!」


「はい。地方公演に持っていってもらえればうれしいです」

「ありがとう! そうか、ガラスがないからこんなに軽いんだ。輪っかもなくして、さらに軽くしてくれたのね。それに取っ手だけでかさばらないわ。どこでも持って行ける。大好き! レオンちゃん」

 アデルに抱き付かれた。


「ちょっと、おねえちゃん。うれしいのはわかったけれど離れなさいよ」

 うれしそうにしている女性陣の向こうで、ダンカン叔父さんが、しげしげとブランシュさんに渡した試作品を見ている。

「いやあ、レオン。話があるんだが」

 下宿に帰ろうと思っていたけれど、このあとダンカン叔父さんと話し込み、泊まることになった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2024/06/26 誤字訂正

2024/07/06 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)

2024/07/17 誤字訂正( たかぼんさん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アイロンの話でもこれならと思いましたけど、いい感じに魔法らしいユニーク性のある道具が出来ましたね。 物理的な構造や機構の制限が無いなら、水ごと空中に浮かべて洗う洗濯槽の無い洗濯機とか、風呂敷風に対象を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ