118話 財団への報告会(下) 潔癖
いやあ、やっぱり歳を取るほどにダークになっていきますね。
明日の投稿はありません。
「3番様、ありがとうございました。それでは、質疑応答に移ります。はい、どうぞ」
「興味深い報告ありがとうございました。こちらの魔導鏡でしたか……これまで見たことがない物ですが、特許を出願されましたか?」
この審査員の人、結構甲高い声だな。
魔導鏡の新規性は認めてくれたようだ。
「はい。6月末に出願しました」
「そうですか。それから鏡面をペンで突いてみました。鏡面を押すとペンには反力が伝わってきますが、この取っ手の方へ力が伝達されませんでした。ご報告の趣旨からは外れますが、その辺りの現象を説明いただけますか?」
おお、鋭い。
「はい。この鏡面は、物体ではなく、空間そのものに張られておりますので、機械力は伝達されません。魔術障壁と似た現象のようです」
「ふーーむ。本当に興味深いですな。まあ、わかりました」
「よろしいですか?」
「他に質問は? はい、どうぞ」
「反射率0.5以上で変動する魔導鏡が役に立つと報告されましたが、時間中で反射率が高い時に、魔導光を照射するという理解ですが、それでよろしいですか?」
「そのとおりです」
ちゃんと理解してくれている。疑って申し訳ない。
「ふむ……逆に反射率0.99以上の方、多用途でと発言がありましたが、どこか欠点があるのですか?」
「はい。鏡面を発生させるためには、報告でも申し上げましたが、わずかながら魔力を消費します。お手元にある試作品ですと、王都の竜穴環境では、連続3時間ほどで蓄魔石の量を使い切ります」
「そういうことですか。それでは、研究以外の用途として。この形は手鏡を想定されてのことと思いますが。どうなのですか?」
「はい。お気づきの通りです。一般的に手鏡は、連続して使用はされないと考えます。例えば加速度を感知して、感知できなくなった状態から、数分経過したら、魔力供給を止める制御をすれば、支障なく使用できるのではないかと考えております」
さっきの特許請求範囲には書いた。
「そうですな。そこまで考えられていることは感心しました」
「では、他の質問は……どうぞ」
「ええぇ、他の審査員は高評価のようですが」
むう、この審査員は低評価か。
「確かに、この短期間に成果を挙げられているでしょう。また偶然というわけでもなく、着手時点の計画より前倒しになっています。ただ、なぜこの研究の順序なのでしょうか?」
「ああ。財団からですが。研究の順序については、こちらから束縛することはありません。審査員に申し上げておきます」
「それはそうなのでしょうが。私の見解において、魔導鏡の技術は、この光魔術の改良研究に対して核心ではないと思われます。核心の発光技術からとりかかるべきではないですか? その方が研究がうまく行くと思われますが」
ふーむ。言い掛かりに近いが、例の教授とは違って、一応僕のためを思って助言してくれているようだ。
「それは、どうだろう?」
ん? 別の審査員だな。
「周辺技術が整わず、結局全てを台なしにする研究も散見するが?」
「それはそうだが」
あれ? 審査員間で揉めだした。
「すみません。審査員の間で見解の相違があるとは思いますが、3番様のご意見を伺ってからでも遅くはない。そう思いますが」
「確かに。いかがですか?」
おお、キアンさんがまとめてくれた。
「はい。まず、私も主要な技術から取りかかるべきというご指摘に同意見です。つまり、魔導鏡は、研究の周辺技術ではなく、発光に必要な中核技術と位置づけております。なぜならば……」
少し長くなったが、所感を説明した。僕の反論を一応納得していただいたようだ。
「はい。まだまだご質問はあるかと存じますが、後程書面にまとめていただきます。では審査員には、このまま研究を継続することを希望するか、是正を勧告するか、判定をいただきます。判定にどうしても追加質疑が必要だとおっしゃる方はいらっしゃいますか?」
どうだろう?
「いらっしゃいませんね。では、判定をお願いいたします。是正を勧告される方は挙手を」
幕の向こうが見えない。どうだ? どうなんだ?
「はい。全会一致で継続希望の判定をいただきました。ありがとうございます」
よし! 継続だ。
奨学金の継続もそうだが、研究の価値を認めてくれたのが素直にうれしい。
まあ、これで駄目なら、文句を言ってやると、ターレス先生は昨日言ってくれたけれど。
「では、本件の幹事審査員より、ご講評を」
「はい。3番さん。ご報告お疲れさまでした。研究の順序について、注文を付けた審査員もいましたが、今期に取り組んだ内容が中核技術という回答があり、問題ないとの意見となりました。他の研究と比べるのは……ああ、筆頭理事殿。申し訳ない。が、率直に申し上げて、魔導鏡のみでもかなり大きい成果と高く評価いたします。引き続き研究を継続願いたいところです。他にご意見は? では、以上で講評を終わります」
えっ?
拍手だ。拍手が部屋に響き渡った。
「ありがとうございました」
†
報告の部屋から退出し、控室へ戻って来た。
椅子に座って、頭巾を脱ぐ。先生方によい報告ができそうだ。肩から力が抜けた。すこし、緊張していたようだ。
さて、馬車で送ってくれるかな。
ノックだ。あわてて頭巾を被り直す。
「あのう、3番様」
執事さんだ。
「なんでしょう?」
「キアンより、伝言です。時刻がもうすぐお昼になりますので、ご一緒に昼食をいかがかと申しております。なにか、ご予定があれば、すぐに馬車をお送りしますが」
おおう。聞いていなかったけれど。
「いえ、お言葉に甘えます」
執事さんが出ていき、すぐ戻って来た。
「ご案内いたします」
発表した部屋とは違う部屋に通された。
長いテーブルの向こう、既にキアンさんが座っている。後ろで扉が閉じたので、頭巾を脱ぐ。テーブルには、既に料理の皿が並んでいる。
「レオン様。改めまして、おつかれさまでした」
「ありがとうございます」
「どうぞ、そちらへお掛けください」
下宿の居間ほどの広さに、僕とキアンさんしかいない。他に報告する学生がいるかと思ったが。そうなると、頭巾をどうするかという話になるか。
「おひさしぶりです」
「はい」
前に会ったのは8月に入ったばかりだったから、ほぼ1年ぶりだ。
「お元気のようで安心しました。当主にも申し伝えます」
「はい。よろしくお伝えください」
「承りました。そうですな、ベイター街のお宅はいかがですか?」
僕の下宿のことだ。
「広い部屋ですし、主のテレーゼ夫人にもよくしていただいております。財団のおかげです。ありがとうございます」
「皆様のお役に立てれば、財団としては望むところです。では、食べながらお話しいたしましよう」
「はい」
冷製スープだ。緑色がかっていて、全体的には白っぽい。
なんの野菜が使われているかわからないけれど、コクがあってうまい。
「あのう」
「はい」
「キアンさんにお会いしたら、謝ろうと思っていたことがあります」
「ほう。なんでしょう?」
「前回お目に掛かったときに、魔灯に取り組むと言ったのですが、研究の主体を刻印魔術に方向転換してしまいました。申し訳ありません」
計画書には書いて、承認はもらっていたけどね。
「いいえ。その時も申し上げました。変えていただいてもよろしいですよと」
「そうなのですが。ただ、魔灯は魔灯でいろいろ検討していきたいとは思っています」
キアンさんは、穏やかに笑った。
「存じ上げております」
はっ? 知ってる?
「あの点灯する位置が変わっていく魔道具、とてもおもしろいですな。興味深く拝見しました」
「えっ、大学祭に来られたのですか?」
「はい。昨年まで、あのような展示はありませんでしたから、すぐにレオン様の魔道具と分かりました。もちろん他言はいたしませんので、ご安心ください」
「はぁぁ」
ふむ。やっぱり話したい、いや。聞いてほしくなってきた。
「あのう」
「なんでしょう?」
「最近、収入が増えてきたのですが。いや、下宿を出るとすると、それなりに働いていけば生活を送られるという程度ですが、このまま、奨学金をいただき続けるというのは、その人としてどうなのだろうかと?」
「ほう」
「そのう。財団が気に入らないとか、研究を怠けたいとかは一切ないのですが」
「あははは……」
あれっ?
「ああ、もうしわけありません。若者らしい潔癖さで、良い悩みだと思います」
「はぁ」
「代表理事の肩書は置いて、私がレオン様の親戚の……そうですね。叔父ぐらいの立場であれば、くれると言うのだからもらっておけ。そう答えると思います」
ふむ。確かに返済はない。
「それから、代表理事として言わせていただけば、奨学学生は定職に就けるというわけでもないですし……」
奨学金制度の一般的通念からすれば、長期雇用契約を伴うような職業を持つのは駄目ということになっている。実際にはそうでもないらしいが。
「……不安定な収入をアテにして、援助を打ち切るのはいただけませんな」
「はあ」
「それに、ご所属の理工学科は、研究が進めば進むほど、必要な研究費が増えていくと聞いています。大学からの支給があるとは言っても、潤沢かつ適切な時期に確保できるかどうかは、また別の話でしょう。そのために備えるのは必要なのではないですか」
ううう。一言もない。今回の学園祭も多くはないが持ち出しをした。
「今日のように成果は求めますが、財団は奨学金の使い途を強制するものではありません、誤解のないように。人生において短い学生生活を有意義に過ごしていただく。そのお役に立ちたい、それが財団が援助活動を行う趣旨であり、願いなのです」
高尚だ。高尚すぎて疑いたくなる程に。
だが。キアンさんはいい人だ。
「答えになりましたかな?」
「ありがとうございます」
恐縮しながらも、鏡のことなど話は弾み、なかなかにおいしい昼食をいただいたあと、再び大学まで馬車で送ってもらった。あと、おみやげも持たせてくれた。
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訂正履歴
2024/06/22 回りくどい表記を改善
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (hosorinさん ありがとうございます