117話 財団への報告会(上) ブラインドテスト
知らない人の発表とか報告とかは、やっぱり人物の見た目(容姿だけじゃなくて態度)に評価が影響を受け勝ち。
テレーゼ夫人のおいしい夕食をいただいた。王都に来てエミリアにいた頃と変わらず生活できているのは、夫人とリーアさんのおかげだ。もっとちゃんと感謝しないとな、階段を昇りながら考える。シャワーを浴びて寝室で着替える。
「はぁ、いよいよ、明日か」
もう一度見ておこう。机に置いた厚めの便せんを持ち上げる。
年度末成果報告会開催のお知らせ───
雨の少ない王都でも、短い雨期が始まった6月末。ラケーシス財団から封書が届いた。
要旨。当財団の奨学金支給を受けられている方は、報告を行っていただきます。なお下記条件に該当される方は、別途記載の日程で成果報告会に出席の上、対面での報告をいただきます。
(1)紀元490年7月1日時点で援助期間1年を超えた方
(2)前記期間が1年未満であっても奨学金分類1級の方
(3)当財団が指名される方
つまり、分類1級である僕は、(2)に該当するから報告会で報告する義務がある。まあ、代表理事のキアンさんから面接の時に言われていたからね。
日程は、7月13日、つまり明日の午前11時から。同9時45分にサロメア大学西門に馬車を差し向けるので、それに乗るようにとある。
うぅん。またあのお屋敷に行くのかな。
まあ、どこでやってもやることは同じだ。ドキュメントでも読む……いや、三上だ。しっかり寝ておこう。
†
下宿を出ると快晴だった。
ようやく雨期は終わったかな。ここのところ昼間は曇り、夜は小雨が続いていた。
大学構内を通り抜け、9時40分に西門に行くと。2頭立て4人乗りの馬車が1台停まっていた。
あれか? 違うか。
普通の辻馬車に見えるし。あのお屋敷に送り迎えしてもらった、地味な自家用の外装ながら、内部は怖ろしく高級な馬車とは、似ても似つかない。それから、僕と同じく報告会に行きそうな学生も見当たらないな。
しかし、あれ以外の馬車は居ないし、これから来るのかなあ? そう思っていたら、扉が開いて、中から人が降りてきた。うっすら見覚えがある顔。近付いていくと、確かに顔に記憶があるのだが、誰だっけ?
目が合って、こちらに会釈された。
「お迎えに参りました。財団の者です」
この口調。そうだ。あのお屋敷に居た執事さんだ。衣装が全然違って、商人ぽいので気が付かなかった。
「おはようございます」
「どうぞお乗りください」
「はい」
乗り込むと進行方向の席に勧めてくれたので、素直に座る。
執事さんも乗り込んで、対面に座ると客車の扉を閉めた。そして、後ろを向いて、馭者台に続く小窓を開けると、馭者に出してくれと伝えた。
手綱の音が響いて、西門内の石畳を蹄鉄が叩き始める。
「あっ、あのう。報告者は僕だけですか」
別のところで、拾わなければそうなのだが。
「はい。本日のこの時間帯は、そうです。レオン様。報告会会場までお送りいたします」
「わざわざありがとうございます」
うわあ、日時を変えて、それぞれ送迎するのか。地味な馬車とか思って申し訳ない。
「いえ。これも被援助者の方々の身元を伏せるためですので。これよりレオン様を報告者番号の3番。3番様とお呼びします」
「はい」
へえ。そこまで考えてくれるのか。
「ついては、会場の近くになりましたら、大変恐縮ながら、そちらを頭から被っていただきます」
「はぁ」
座席の上の布だ。
なんだろう。縁をかがった穴が3つあいている。小さい穴がふたつ並び、大きい穴が少し離れている。
「頭巾です」
頭巾。あぁ……目と、口を出す穴か。
「あのう。これを被ったまま報告をするのですか?」
「いえ。報告は個別の部屋に実施しますので、そちらは脱いでいただきます」
「そっ、そうですよね。ははは……」
「予稿をお渡しください」
「はい」
カバンに入れてきた予稿を渡すと、執事さんが目を通している。
「確かに」
執事さんはうなずくと、自分のカバンに予稿を仕舞った。
†
うーむ。西門を出た直後からずっと真っすぐ西に向かっている。
あのお屋敷は北区にあるから、目的地があそこなら大学を出てすぐに北へ向かうはずなのだが。このまま行くと、南区の西端に達する。会場は違うところなのかな、それとも誰かを撒こうとしているのか? 特段追ってくるような反応はないが。
それからいったん北上したが、中央区を回り込んで西区へ入ると再び、進路を西へ取った。ならば、会場は西区なのだろう。
10分も走り続けたろうか、執事さんが窓に幕を被せて外を見えなくしたあと、僕に向き直った。
「恐れ入りますが、目的地に近付きましたので、頭巾を被ってください」
「はい」
言われたままに被ると、顔が覆われたが目と鼻から顎までが露出した。
そして、幕を執事さんが開け、何度か曲がったあと、どこかの敷地に入って馬車が停まった。
「着きました。少々お待ちください」
執事さんが、扉を開けて降りていった。
「お手をどうぞ」
「はい」
頭巾を被っていると下の方が見にくい。気を遣ってくれたのだ。
石畳に降り立つと、あちらですと誘われて建物に入った。
玄関から入った所は大きなホールだ。
そこから執事さんについて歩くと、廊下を進み小さな部屋へ入った。
途中で、僕と同じ頭巾を被った人と擦れ違った。なんというか、頭頂が尖っていて、なかなかに滑稽ではあった。向こうも、僕を同じように思っていたことだろうが。
「11時まではまだ間がありますので、こちらでお待ちください。私がこちらを出たあとは頭巾は取って戴いて構いませんが、ご自身で部屋を出るときは被ってください。またお時間になりましたら、呼びに参りますが、ノックをいたしましたら、再び被ってください。お手洗いは、こちらを出て左の方にあります。よろしいですか?」
「はい」
「では、私は手続きをして参ります」
扉が閉まったので、頭巾を脱ぐ。
ええと。目をつぶると、10時33分だ。確かに時間があるな。
発表資料を見直していよう。
†
おっと。ノックがあったので頭巾を被り直す。
「どうぞ」
執事さんが入って来た。11時5分前か。
「3番様、これより会場となる部屋にご案内します」
「はい」
資料を仕舞ってカバンを持って立ち上がる。
階段を昇って、2階へ上がると、廊下を歩きとある扉の前で止まった。
「中に、代表理事のキアンと審査員の方がおりますので、ご挨拶されたあと指示に順ってください。くれぐれもお名前は名乗らないでください」
「はい。ありがとうございます」
入ると、さっきの倍以上はあるだろう会議室だ。部屋はカーテンが閉まっており薄暗く、投影魔道具から灯りが細く漏れている。異様なのは、部屋の真ん中を縦断して薄い幕が吊ってあり、その向こうが見えない。いやうっすら見えている。人相がわからないが何人かが座っているようだ。
「3番様入られました」
「よろしくお願いします」
胸に手を当てて会釈する。幕の端が捲れて、誰かが出てきた。
「3番様。ようこそ」
「こんにちは」
キアンさんだ。
「早速でありますが、あちらで報告の準備をお願いします。頭巾は脱いでください」
「はい。あのう。こちらは、試作品の魔導鏡です。後程使いますので、お渡ししておきます」
「まどうきょう?」
「はい、魔術の鏡です」
「わかりました。お預かりします」
試作品を2つ渡すとキアンさんは、また幕の向こうへ戻っていった。
ふむ。幕の向こうは……ああ、魔導感知は使ったら駄目だ。気配ではキアンさん以外に、4人かな? 複数の審査員がいらっしゃるようだ。
魔道具の前に行くと頭巾を脱いだ。原稿を取り出し、1枚目を乗せると壁に文字と図案が、映し出された。
大学の魔道具より鮮明だな。
「準備できました」
「それでは。始めていただきます。10分でベルを1回、15分で2回鳴らします。よろしいですか?」
「はい」
「では始めてください」
「本日は報告の機会をくださりありがとうございます。光魔術の改良研究、刻印魔術用途を前提としてと題しまして、報告いたします」
よし。
「計画は、お手元の予稿に記載の通りです。今年度は、はじめの年度といたしまして、調査と、短期間ではありますが、重要な要素技術であります鏡の反射率の改善に取り組みました。簡単に申し上げると、反射率は0.99以上となりました。後程詳しく説明いたします」
光学科の追試でも、確認してもらえた。
ふう。
「まず研究の目的ですが……」
刻印魔術の背景、主目的として、刻印魔術の課題であった刻印の高密度化について説明した。この辺りは、何度か報告したので慣れたものだ。
「刻印の密度を決定する要素は複数ありますが、魔導光の焦点径が大きな因子となっています。焦点径を別の物にたとえれば、ペン先の太さに相当します。つまりペン先が細いほど、より細密な図案を描くことができます。現状、まだそれ以外の部分の改善が図られて、10年あたり2倍の向上が続いていますが、早晩頭打ちになることが予測されています」
同じ文言だ。
「要は魔界強度を印加し、光、もしくは熱を与えるのですが、その焦点径と単位時間当たりの熱量が大きいと、刻印の密度があげられません。その要素技術として、魔導光の反射率が重要になってきます。それが、今年度に反射率の向上に取り組んだ理由です」
うーむ。幕の向こうの反応がわからないな。微妙にやりづらい。
「結果ですが、大きく分けて2種の鏡面。銀引きの実体をともなうもの。魔術による鏡面の2種。前者を以降実体鏡と呼びます。それらは鏡面の作り方で5種類。後者は魔導鏡と呼びます。こちらは層数違いで2種類。合計7種類の反射率を測定しております」
うーんという、溜息らしき声が聞こえた。
「反射率ですが、実体鏡は最も良い条件で、0.93でした。この結果は、一般的には可もなく不可もないと評価しておりますが、本研究においては、満足のいく結果ではありません」
チンとベルが鳴った、10分経過か。よし、このままいこう。
「魔導鏡ですが、こちらは、非常に短い時間の間に反射率が変動します。したがって単層では0.5以上、多層では0.99以上の結果が得られました」
こちらでも反応なしか。内容がサッパリ理解できていないってことはないよな。
≪リィリー≫
「お手元にあるものは、後者の魔導鏡です。ただいま、枷を解除しましたので、棒状の持ち手の魔石に触っていただくと、起動いたします。鏡面は触っていただいても問題ありません」
おおう、そう聞こえて来た。
一応驚いてくれているようだ。よしよし。
「本研究では、魔導光を短い時間間隔で照射しますので、単層で問題がありませんが、私が所属している組織で、比較できるようにと指摘を受けて複数層を作成しました」
「では、紀元489年度のまとめですが……」
簡単なまとめを読み上げた。
「報告は以上です。ご静聴ありがとうございます」
よし、取りあえず、ここまでは問題ないはずだ。
2回目のベルは鳴らなかった。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
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訂正履歴
2024/06/19 誤字訂正
2024/09/24 人名間違い リアン→キアン
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん、sunnyさん ありがとうございます)
2025/04/17 誤字訂正 (orzさん ありがとうございます)