116話 学年末報告会(下) 1層が駄目なら
似たような話で、3本の矢は折れにくいという説話を思い出す。えっ、どれぐらい? と思ったけれど、検索すると実験や解析している人が結構居る(汗)
明日の投稿はありません。
「なっ! なんだ、これは……」
委員が突き出した物に、大きく目を見開いたマクセン教授が僕を振り返る。
「鏡は反射率が、でしたか? その見解には、同意できません。あと、この研究がとおっしゃったので、予稿には間に合わなかった内容で恐縮ですが、派生した魔術を用いて反論いたします」
「貴様……」
「ふむ。たしかに、先程と比べて、鏡が格段に明るくなった。私の顔もはっきりと映っている。何が違うのかね? 文学部の私でもわかるように、説明してくれないかね」
おお。ベルモット教授は温和な笑顔だ。
「はい。先程の魔導鏡は、短期間で反射率が増減する鏡の術式でした。それはそれで僕の研究には役に立ちますが、一般的な用途でも使用することを考え、そちらの魔導鏡の術式は鏡面を多重にしております」
「多重?」
「はい。鏡面を複数重ね合わせ、反射率が変わる波形をずらすことで、常時反射率の高い鏡面を用意する。つまり、いいとこ取りすることで、平均反射率を高めています。本日午前中測定したところでは、常時の平均でも0.992を超えていました」
「バカな! 本日だと、デタラメだ!」
「マクセン君、デタラメと主張する根拠は? 見るからに鏡の明るさが違うが」
「そっ、それは……」
「ふむ。ではハンス君に訊こう。先程の数値は真偽は? 光学科としてどう評価するかね?」
「はっ、ベルモット委員に回答いたします。本職が見た鏡の中でも相当な物、光学科でも追試をさせてもらいたいですが、おそらく反射率0.95を超えていそうです。それ以外でも肉眼で見る分には最高級の鏡と評価します」
「ハンス、貴様! 向こうの味方をするのか?」
「マクセン教授。光学科は誰の味方でもない。ただ現実に対して敬虔なだけだ。他の学科は違うのかね? あっ、そうそう。鏡は反射率だけではないという、レオン君の見解に同意見だ」
「くっ……」
「ふむ。答えは出たようだね。報告されているこの研究は見所があると認めよう。よって、告発は不受理とする。では、おさわがせしてすまなかったね。失礼する」
委員が大ホールを退出すると、反対の出口からマクセン教授と5人ばかりが出ていった。
「リヒャルト君、つづけてくれたまえ」
「はっ、そうでした。質疑を続けます。はい、光学科長、どうぞ」
「レオン君。予稿に書かれていないことで恐縮だが、この新しい魔導鏡の原理を、もう少し詳しく。光学科でもわかるように説明してくれないか」
大ホールが笑いで包まれた。
†
途中から山あり谷ありだったが、最後は大ホールに響き渡るほど拍手をいただいて、僕の報告会は終了した。
大勢の聴衆は居なくなり、前列に座っていた教授陣も残っているのは、ジラー先生だけだ。
僕はというと、リヒャルト、ターレス、リーリン、ルイーダ各先生と数人の助教の先生方と一緒に、大ホールの机と椅子を元の配置に戻すとともに、説明に使用した機器を片付けている。
よし、投影魔道具は、片付いた。
机と椅子も大体よいようだ。
ん?
壁に寄りかかっていた、ジラー先生が数歩歩いてこちらへ来た。
「皆、片付けご苦労だった。執務に戻ってくれ」
「「失礼します」」
ジラー研究室の先生とあと数名の先生以外は、ホールを出ていった。
「レオン君」
「はい」
「うむ。教員間の軋轢で、君の報告会を邪魔して悪かった。この通りだ」
「いえ、先生。そんな!」
ジラー先生が、自らの胸に手を当て、僕に頭を下げた。
「先生は悪くありませんよ」
リーリン先生?
「元はと言えば、例の装置が予算を喰い過ぎ……おっと、これはレオン君がいるところでする話ではなかったが、まあそういうことだ」
リーリン先生はざっくばらんだな。多くの学生に人気があるのもわかる。
しかし、やはりというか。あの装置が、一部の工学部から恨みを買っているようだ。それにしても、ゼイルス先生のあの目。僕を逆恨みしている気がするなあ。
「まあ、確かに。いわれのない批判を浴びたとは思いますが、学部長が赫々たる成果とおっしゃらなければ。追加の術式も後回しにしていたわけで。僕は気にしていません」
「うむ。そうかね。何はともあれ、良かったな」
「はい」
「しかし、多層の鏡面を使うとはな。単純かもしれないが、意外と盲点だな。誰の思いつきなんだ」
リーリン先生は、僕とターレス、リヒャルト両先生の方を向いている。
「いやあ。こういうことを思い付くのは、若い人間ですよ」
「ターレス君も十分若いがな」
「ははっ、ジラー先生。恐縮です」
「それにしても、3日前の朝。平均反射率を十分高くできましたって、レオン君が言ってきたときは驚いた。なあ、リヒャルト君」
「そうでしたねえ。僕も少しは疑いました」
そう、多重魔導鏡は3日前にはできていたのだ。ジラー先生は不在だったので先生たちから伝えてもらってあった。
「しかし。どうやって思い付いたんだ?」
「それが……なんか寝て起きると、思いつくことがあるんですよね」
「寝ながら考えたのか? それはすごいな」
「そうなんですかね。あはっはは」
「いやいや、ありえないことではないぞ」
「はい? ジラー先生」
「うむ。古来から考え事は寝台の上、乗物の上、便器の……おっと失礼、ルイーダ先生」
「いえ。別に。お気になさらず」
「ともかく、その三上が良いと言われている」
「へえ。三上というのは、先程言われた3つの物の上のことですか。確かに緊張からは遠い場所ですからね。これは良いことを聞きました」
「ふふふ。ともかく、睡眠は思考を整理する働きがあると聞いている。そもそも、その前に深く考えていないと駄目な気はするがね」
ディアに言われて、長めに睡眠をとっていることが良かったのかな?
「話を戻すが。単純に鏡面を多重にすれば良いというものでもないだろう。レオン君。もちろん、反射率が高いところを生かせるように制御する技術がすごいことは言うまでもないが」
「ですよね、リーリン先生。私も興味があるわ」
ルイーダ先生。
「はい。制御も苦労しましたが、単純に多重にするだけでは駄目でした。問題は反射率のメリハリです」
「メリハリ?」
「はい。最初の方、単層魔導鏡では全体的に反射率を上げるために、最低値でも0.5ぐらいありました。ですが、多重にする過程では邪魔になるので最低値を0まで落としました」
「えっ、邪魔? 逆に落としたの?」
「はい」
3日前、ターレス、リヒャルト両先生に準備室でした説明を繰り返す。
「落とさないと、奥層の鏡面で反射した光の一部が、低反射率の手前層の鏡面で反射してまた奥に戻ってしまいます」
「そういうことか」
ターレス先生の方を見る。先生は多重にしたと言った段階で、それに気が付いた。僕は半日ぐらい悩んだんだけどなあ。
「よって、急速に1と0の間を変化させねばなりませんでした」
「はあぁ。やるわねえ。さすがは私の授業を全然取らずに、検定だけは通るだけのことはあるわね」
「はい。済みません」
嫌みなんだろうなあ。
「ふっははは」
「さて、では。われわれも引き上げよう」
「「はい」」
大ホールを出て、回廊を歩いて理工学科へ戻りかける。
「先に行っていてください」
「ん。そうか」
回廊を取って返す。ホールの扉を施錠していたルイーダ先生の元に近付いた。
「おや。レオン君。忘れ物?」
「いえ。違います。先生にお礼を言っていなかったと思いまして」
魔導感知によれば、この講堂にいるのは僕と先生の2人だけだ。
「お礼? 何か礼を言ってもらうようなことをしたかしら?」
「はい。反射率の試験は当日。つまり今日にやった方が良いと助言していただきました」
そう。3日前、両先生に話した後、ルイーダ先生が反射率が上がったそうねと、わざわざ告げに来てくれたのだ。そして、助言してくれたのだ。
反射率がかなり高いことはわかっていたが、正規の数字の裏付けが欲しかったので、すぐに確認試験をやろうと思っていたのだが。
「ちなみに、先生はどなたからお聞きになったのですか? 反射率が上がったことを」
ターレス先生辺りから学科長に報告が上がっているはずだが、そこからルイーダ先生へ話が行くのは不自然だ。先生に僕は授業を受け持ってもらっていないからね。
「うふっ、ふふふっ……さあ、誰からかしら。当ててみて」
「そう来ましたか。そうですね。たぶん僕から直接聞かれたのじゃないですか?」
「君から? 面白いことを言うわね。レオン君は」
ルイーダ先生は、言葉に反して真顔に戻った。
もちろん、僕から先生に告げてはいない。盗み聞きされた、要するに監視されていたと言っているのだ。
「あのマクセンという教授に、反射率を上げることができたことを知らさないようにするためには、ぎりぎりまで試験を遅らせた方が都合が良かったと言うことですね?」
今日の報告会で、僕……いや魔導学部をもくろみ通り彼らに責めさせ、返り討ちにさせるために。
「それで? 私がその通りよとでも言うと思った?」
ふむ。この人は一筋縄ではいかないな。
「仰っていただくと話が早くていいのですが」
学部長から全く問い合わせが来なかった。あのベルモット委員が来られたときは驚いていたようだが、学部長は僕の研究成果には疑いを持っていなかった。
要するに、詳細な情報が誰かから入っていたということだ。その確率が最も高いのは。
「ふん。それで、私に何が訊きたいの?」
おっと、もっと話が早かった。
「助かります。では、率直に訊きます。魔導学部に内応者がいますか?」
あのマクセンという教授。さっきの報告会の前から準備していたよな。監査委員もあらかじめ呼んでいたし。どう考えても僕の研究のことをおおむね知っていた。予稿を前もって手に入れていたとしか思えない。誰から? 内応者とは、そういうことだ。
「内応者?! ふふふ。くっくくく」
愉快に思えるらしい。
「ああ、学生はそんなことを気にせず。教員に任せておきなさい」
気にするなと言われても、火の粉がけっこう飛んできているんだけど。幸い大火事には至っていないものの。
「教員……ルイーダ先生にということですか?」
「そうね。私も教員の内だわ」
学内では監視しないでくれとは言いづらい。それも教員の仕事の内だとか返されそうだ。警告にはなっただろうし、妥協しよう。僕の敵ではないそうだし。
「それでは、よろしくお願いします」
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訂正履歴
2024/06/16 誤字脱字訂正,誤字訂正(miuさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)