115話 学年末報告会(上) さらし者
何か(偉い人に)批判されているけれど、自分は関係なくない? というときは、どうしたらいいんですかね。
「本日は、大勢の先生方に聞いて頂ける機会をいただき、ありがとうございます」
我ながら心にもない……いや、半分位はあるけれど。
それでも、僕の学年末報告をランスバッハ講堂の大ホールまで、わざわざ聞きにきた人たちに謝辞を述べる。
最前列の席に、ジラー先生、学科長、学部長の横に、何かに式典のときに見たような気がする工学部の学部長もいらっしゃる。その横は光学科のハンス学科長だったかな。さらにその右にも、工学部の教授陣がずらっと並んでいる。僕を威圧する気か?
その後ろにも、先生方と大学院生、修士課程、博士課程の先輩方だろう、主に工学部のようで、半分以上は見覚えのない人たちが座っている。
「では、学年末報告をはじめさせていただきます。題目は光魔術の改良研究、刻印魔術用途を前提としてです。魔導学部魔導理工学科1年レオンです。よろしくお願いします」
40人は居るであろう、大ホールは静かだ。
僕が描いた原稿を映し出す投影魔導具の光源を冷却する風魔術で、網目から噴き出すヒューヒューという音だけが響く。
「以上が研究全体の計画です。今年度は期間が短いこともあり、調査以外としては、要素技術となる鏡の反射率向上に取り組みました。結果としては、お手元に配布しております予稿にある通りです」
ふむ。
反応が薄いね。聞きに来てくれたのは、報告内容に興味があるからと思ったけれど。誰かから動員でも掛かって居るのではないか。そう疑いたくなる。
「結論から申し上げます。工学部の測定魔導具をお借りして、測定しました5つの試料と魔術により作成しました鏡、ここでは魔導鏡と呼んでおりますが、そちらの平均反射率は、こちらの通りです」
投影魔導具の幕をまくって、原稿を入れ替える。
静寂を破って、低い音声が響く。笑い声だ。
その響きが、なかなかに感情がこもっている。工学部の先生方の表情によれば失笑だな。嘲弄と哀れみが織りなす笑い声。
負けてはいけない。
「1番反射率が高かった試料は、3番目の試料です。こちらは銀メッキの表面を鏡面として使っておりますので既に反射率は、現在では大幅に低下しています。また、魔導鏡は、予稿に書きましたように、空間魔術の術式を応用したものです」
さあて、ここからが肝心だ。
「しかしながら、魔導鏡の反射率には少々癖がありまして、時間によって変動します。よって、極大値ではほぼ1ですが、下限付近では0.5程度となり、時間で平均しますと、0.78です」
ふたたび、失笑が耳を突く。一部の人のようだが。
ふむ。なぜこの会が開かれたかわからなかったが。僕をさらし者にするために、この報告会を開いたらしい。
やることがえげつないな。
しかし、なぜだろう。怒りが湧いてこない。
「一般的な反射率ではそうですが、選択的な時限の反射率は1に近付けることができています。したがって一端の成果と考えております。作成しました、魔導鏡をお手元に回します。お願いします」
理工学科の先生たちが、僕が作った鏡を回してくれる。
「これが鏡なのかね?」
「少々お待ちください。魔術で鏡面を生成します」
現状は、持ち手と丸い枠だけで鏡面はない。
≪アクティベ≫
おぉぉと響めきが上がった。以後は型どおり謝辞を述べてまとめた。
「報告は以上です。ご静聴ありがとうございました」
「それでは、これより質疑応答に移ります」
リヒャルト先生が司会進行をしてくれる。
「ああ……」
声を発したのは最前列の工学部の教授陣の1人だ。確か名前はマクセン。
「どうぞ、マクセン先生」
「質問ではなく、批評だがね」
「あのう、教授。まずは質疑を」
「いや、質疑など不要」
ウチのリヴァラン学科長が、リヒャルト先生に手を振って控えさせた。
「さて、批評の前に、1人聴衆を増やしましょう」
いまさら? もう報告内容はしゃべり終わったが。
「どうぞ!」
ん?
ホール右の出入口の扉が開いた。
誰だ? 壮年の男性が入って来た。
「ベルモット教授! どうしてこちらへ?」
ベルモット?
学部長が言った名前に心当たりがない。
さすがに工学部の教授の名前ぐらいは覚えている。魔導学部はもちろん、工学部所属でもないはずだ。もしかして名誉教授とか、芸術学部の教授かな?
「どうして? さて、研究費監査委員は、学内いずれの場所でも立入可能な権利を持つ。違いましたかな? ハーシェル君」
研究費監査委員? なんだそれは?
いずれにしても金がらみか。それにしても、学部長を君と呼ぶか。偉い人のようだが、僕の報告会とどんな関係が? さっぱりわからない。
「ここに来た理由は、研究費の不正使用があるとね。マクセン君に呼ばれたのだが」
「研究費の不正使用!?」
ふむ。
「いまから、その説明をいたします。ベルモット委員は、どうぞお席に」
職員の1人が椅子を運んできて、委員はそこに掛けた。
「ところで……」
マクセン教授だ。再開か。
「なんだったか? 選択的時限反射率? 訳のわからない手前勝手な指標を持ち込むのは、やめたまえ」
僕か。研究費の不正使用の話じゃないのか?
「用途によって指標を変えるのは……」
「見苦しいぞ。これだから魔導学部は! 正規の平均反射率のみで評価するのが常道」
なんか僕の発表というよりは、魔導学部に反感を持っているようだ。
さすがに怒りが湧いてくる。
いや、ここは冷静にしなければ。
「ふん! 手前勝手な指標で、自己評価を高く見せるのは、いくら拙い1年生の発表といえども卑劣というもの」
「マクセン君。ハーシェル学部長もいらっしゃる。言葉を慎みたまえ」
「わかりました。学部長。では、君、君」
僕を差す。
「何か言い訳はあるのかね。申し開きがあるのなら今のうちだぞ」
「独自指標を使用しているのは事実ですが、使用理由は既に説明したとおりです」
「ふふっ。聞かれましたか。彼は……いえ。魔導学部は、この研究とは名ばかりの無意味な活動に、研究費を使用しております。これが不正使用告発の趣旨です」
僕の研究が研究費不正使用だというのか?
いやいや。どういう基準だ。研究費なんて、大して使っていないぞ。
「本来、鏡という光学科の根幹の要素技術に、身勝手にも異分野を踏み荒らそうとはどういう了見かね?」
はあ?
「お言葉を返すようですが、例えば集光技術には、現在も魔導の技術が……」
「黙りたまえ。その魔導は君の成果ではあるまい。他人の功績を誇る気かね?」
ころころと論点をずらすな、この人は。
「そもそも。この鏡をご覧になりましたか、委員」
ベルモット委員が僕の鏡を見ている。
「分野を越境したことは、大目に見るとしても。この鏡と呼ぶにはお粗末なものが成果? 反射率の低い鏡など物の役には立ちません。研究費の無駄、いいえ不正使用と呼ばずして、なんでしょう。このようなことがまかり通ることは許されません。ひるがえれば、来年度も魔導理工学科は多額の研究費を要求しております。見直しが必要と言わざるを得ません」
「なっ!」
ゼイルス先生が声を上げて立ち上がった。ああ、その多額の要求は先生の装置の製作予算だとミドガン先輩は言っていたが。先生は僕を睨み付けると、憤然と顔を紅くしたが、何も発言はしないまま座った。
「委員、いかがでしょうか?」
「マクセン君。君の告発の趣旨はわかった。ただ私は、文学部の者でね。理系には疎いのだよ」
「はあ」
「ただ、これだけは言える。研究の全てがうまくいくものとは限るまい。それに、報告者の彼が言ったように、他の分野から影響を受けるのも事実だ。歴史から文学が影響を受けるようにね」
おお。このベルモット教授は、マクセン教授の一味ではないのか。
「ただ、告発を受けた以上。委員として確固たる見解を持つ必要がある。この研究に少なからず将来性があるかどうか。その事実を訊きたいのだが?」
「委員。この研究に将来性などあるわけがありません」
マクセン教授が、こちらを見て笑った。誣告する者にふさわしい下卑た面持ち。
「この低い反射率、暗い鏡が全てを証明しております」
「ふむ。なるほど。たしかに普通の鏡よりは暗い。マクセン君の言うことも一利ありそうだ。教員の意見は後程聴取するとして。どうかね? 君。名前は?」
僕だ。
「魔導理工学科1年レオンと申します」
「うむ。レオン君。君の意見は?」
「予稿として提出した中身では反論はありません」
「認めたな!」
「しかし! この研究全体を一般の平均反射率のみで評価されるのは心外です」
「黙れ! 鏡は反射率だ。高反射率の鏡を持って来てから、反論したまえ」
「承りました」
「あはははは。それでいい。負けを認めたな」
「勝ち負けの定義がわかりかねますが。それでは、もう一度、お渡しした鏡をご覧ください」
「何を言っているんだ」
「マクセン先生がおっしゃった通りにいたしましたが?」
「はぉ、これは?!」
マクセン教授は、委員の感嘆に振り返る。
彼に見せるように、委員が鏡を突き出した。
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訂正履歴
2024/06/12 誤字脱字訂正
2025/06/23 誤字訂正(kimshinさん ありがとうございます)