114話 特別扱い
部活の顧問が担任だったときに言われたことが。小生としては雑用がたくさん回ってくるって意識しかなかったけれど。
「あっ、あのね」
隣に横たわっているアデルの少し上気した横顔に、光量を落とした魔灯が影を差す。
彼女は何か言い掛けて、つぼみのような唇を閉ざした。
「何?」
「レオンちゃんと、しばらく会えないって言ったらどうする」
「んんん……ここには来ない」
艶やかな眉間にしわが寄る
「レオンちゃんは、それでいいの?」
「嫌だけど。でもアデルがそう言ったわけでしょ?」
うそではない。
「うん、もぅ。レオンちゃんが、私のことをどう思っているのか、時々心配になるわ」
「どう思っているって、前にも言ったけれど。僕はアデルが愛おしいし、大切に思っている」
「誰よりも?」
「いや。そもそもアデル以外の女性を好きになったことはないし」
比較対象がいない。
「うぅぅん。そうなのかもしれないけれど」
ただ、僕は執着が薄いのもまた事実。
「じゃあ、ディアという子は?」
「ディア? いやまあ、大事な存在ではあるけれど、友達だよ」
「エイルちゃんは?」
「はっ。エイルは……特に、何とも思っていないな。年の近い親戚かな」
2、3回思い直してみたが、なんの引っかかりもない。親しいだけだ。
「ふぅぅ。かわいそうに」
「はっ?」
よく分からないが、話を進めよう。
「それで? 地方公演からは、いつ帰ってくるの?」
「……公演のことを、知っていたの?」
「マキシムの町から、いろいろ巡るんだってね。チラシに書いてあった」
「もう。先に言ってよ。来週から出掛けて、王都に戻ってくるのは7月中頃になるかなあ」
「そうなんだ」
期間がわかると、なんともさびしい。
見つめ合うと、アデルは僕の頭を自らの胸に掻き抱いた。
†
工学部の薄暗い空き教室。
「それは本当か?」
「はい。これが成果概略報告の写しです。ただ、この研究をやっているのは、例の准教授ではなく。1年ですが」
「理工学科であれば、誰でも良い。要は魔導学部の無駄遣いを指摘できればな。そして再度───そのためには、低俗なこれを理解しないとな」
数分の後。渡された書類を読んでいた男は、口角をつり上げた。
「お役に立ちますか?」
「うむ。取り繕おうとはしているが、欠陥は隠し切れていない。ごくろうだった。レムザ君」
†
3限目の講義が終わった。
みんな、帰るの早いな。さっさと荷物をまとめて講義室を後にしていく。そうか、もう月末だ。来月になれば試験があるからな。
僕も帰るか。
教養学目は4月に検定されているので、それらの試験がない分、僕は普通の1年生より暇な気もする。
研究の方は、魔導鏡の方も何とかめどが付いたので、概略報告書をおととい提出した。帰って今年度の成果を奨学金を出してくれているラケーシス財団向けにまとめよう。年度末成果報告会が終われば、アデルも王都に帰ってくる。
そして夏休みだ。
ん?
リヒャルト先生が真っすぐ僕に向かってきた。
「レオン君」
「はい。先生」
「君にとって、良い知らせかどうかわからないが。連絡します」
「なんでしょう」
「研究成果報告会、奨学金の後援元向けではなく学内だ。それに君も報告してもらうことになった」
初耳だ。
「ええ? いや、学内の報告会は2年生からと聞いていますが」
1年生が、研究に費やせる期間は半年もない。そんな期間で、成果を得るのは困難ということで、どう計画し、どう着手していると表明するのが、今年度の報告だ。
よって、おとといに書面で提出した概略報告で終わり、2年生以上が実施する報告会はないはずだが。
「いや、そうなんだけどね」
「先生!」
ん?
「何かな? オデット君」
まだ居たのか。
オデットさんが眉間にしわを寄せている。先生とのやりとりを聞いていたらしい。
「レオン君を特別扱いし過ぎではないでしょうか?」
「特別扱い?」
はっ?
「はい。私が言うまでもなく、彼は優秀です。でも彼に負荷を掛けすぎです。どうも学科長は、彼を目の仇にしていませんか?」
おお、そっち方向か。
「いっ、いや、そんなことはないが」
「では、報告を命じたのは、どなたですか? 先生の発案でないようにお見受けしました。ジラー先生も今日はいらっしゃいませんよね」
鋭い。
「確かにそうだが。君に話す事柄では……」
「私は、1年の世話役です」
おおぅ。うれしいけれど、まずいな。
「オデットさん。かばってくれてありがとう。でもリヒャルト先生も困っておられるから」
「そう。余計な口出しだったようね、失礼しました。では!」
僕を一瞬ギロッと睨み付けると、カバンを持って講義室を出ていった。
うわぁ。怒っているなあ。
「いやあ。すごいけんまくだな」
先生は辺りを見回したが、もう人気はない。
「ええと。それで報告日は7月3日、時間帯は追って知らせるが。学部長から、赫々たる成果を報告してくれとの伝言だ」
「成果……赫々たるか」
学科長じゃなくて、学部長の指示か。なぜだ?
「それから、工学部の教授も出席されるようだ」
「えっ、工学部? なぜですか?」
「私もわからない。ただ、そうなると。提出してくれた報告書の内容だが。私もターレス先生も、先日の結果を高く評価している。ただ工学部目線だと微妙かもしれない。そういう心積もりで臨んでくれ」
「状況はわかりましたが」
「うん。明日はジラー先生もいらっしゃるから相談しよう。ともかく骨子をまとめてくれ」
「はい」
そうだな。あと1週間もない。
†
───リヒャルト目線
30分程前。魔導学部学部長室。
「ああ、今日はジラー君は居ないのかね?」
「はい。今週は明日来られます」
「そうか。あいにく、明日は不在にする。では、君たちから伝えてくれ」
学部長は、不快そうな面持ちだ。学部長の横にいる学科長は、いつもながら、深い眼窩と顔の大半を覆う白いひげで表情が読み取れない。
君たち───隣に居るターレス先生と顔を見合わせる。
「わかりました」
私もうなずく。
「うむ。では用件だ。先程、ユングヴェイ学部長から話があってね」
工学部から? なんだろう。
「君たちは、最近彼の学部の設備を借用しているそうだね。例の研究かね?」
「はい。光学設備、特に測定系は、工学部の方が充実していますので」
どうやらターレス先生が受け答えしてくれるようだ。
「たしかに。わが学部では手薄な方面だね。ゼイルス君ももう少し考えてくれると良いのだが」
「お言葉ながら……」
学科長?
「設備予算も限りがございますので、他の学部とはいえ既存の物の優先度を下げざるを得ません」
「それは分かるがね。正論だし」
ええと、例の装置に予算を回しすぎだと、学部長はおっしゃっているようだが。
「だが、工学部にあらぬ言い掛かりを付けられるのは面白くないね」
「はっ」
何を言ってきたんだ? 工学部───いやユングヴェイ学部長か。
どうも、工学部の上の方と魔導学部とは折り合いがよくない。
学部長は言外に、工学部の設備をあまり使うなとおっしゃっているのだろうか?
「それは、工学部の設備は使うなということでしょうか?」
おお、ターレス先生が切り込んだ。
「ふふふ。そんなことは言っていない」
まあ、使うなとは正面切って言えないよな。
そもそも、設備を手配した原資は税金であり、学生から集めた授業料だ。
何学部管轄だ、何学部管理だと、色づけするのは学内論理以外では本来は変な話だ。
「だがね。反動が起こることを念頭に、それに対応してもらわなければならないということだ。リヴァラン君、説明してくれたまえ」
「はい。ついては、今から言う研究報告会を準備するように」
研究報告会?
「「承ります」」
「よろしい。日付は7月3日、時間は今のところ未定だ。報告案件は、光魔術の改良研究、刻印魔術用途を前提として。報告者は、理工学科1年レオン。1年生に課すのは異例だが、あえて実施させなさい」
その線での拒否はゆるされないらしい。
「そうそう。レオン君だったか。彼の魔導紋解読科目の履修はどうなっているかね?」
学科長が、黒い革装丁の冊子を開いた。ぺらぺらとページを繰る。
「はい。レオン君は履修しておりませんが、前回の検定試験で初級、中級の単位を取得しております」
「ほう」
「ちなみに、1年次に取得可能な検定は全て取得しております」
「ははは、そうか。彼には授業料を半分ほど返した方がいいのじゃないかね? ふふふ。それで、検定に必要な解読や改変の知見を、どうやって習得したのかねえ。まあ、それはいいか」
確かに。故郷に居た時点で、相当な学習をしていたらしいが。ならば、ルイーダ先生に匹敵するほどの師が、彼の故郷に居たことになる。考えにくいことだが、彼の実家であるリオネス商会の経済力があれば招聘できたのかもしれない。
「話を戻すが、彼の概略報告にあった鏡と言えば、光学の要素技術の根幹の1つだ。それを、魔導学部に踏み荒らされるとでも思っているのだろう。面白い、彼らの鼻を明かしてやろう」
んんん?
「あのう。報告会には、工学部の方々も出席されるのでしょうか?」
「そうだ。共同研究案件ではないから、これも異例かもしれないがね。彼らが会を開けと言ってきたのだ。無論出席するはずだ」
「その上で、彼らの鼻を明かせと、学部長はおっしゃるのですか?」
「そう聞こえなかったかな? そうそう。レオン君には、こう伝えてくれたまえ。赫々たる成果を報告してくれとね」
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訂正履歴
2024/06/09 誤字、微妙に変更
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)