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112話 魔導鏡(上) 間抜けな発見

あぁ、失敗したと嘆きつつ見直すと意外な発見があったってのはよく聞く話ですね。やはり執念が大事か。

「どうだ? レオン君」

 ターレス先生の伝手(つて)で、工学部光学科の実験場所と設備を借りて実験をしている。測定魔道具のレンズをのぞいて、輝線の指し示す値を読む。

 レンズから顔を離し、紙に値を書き込む。あとは計算。他条件の値との平均値は……。


「0.93です」

 鏡の反射率だ。

 反射量を入射量で除算し、入射角と光の波長を複数条件で測定した平均値。もちろん、1により近い方が僕が望む鏡だ。

 一般に使われている最高級の鏡で0.90、光学部の研究の最前線では0.95近辺だそうだ。鏡の反射率の向上で、新規の鏡を持ち込んだが期待通りにはいかなかった。


「はぁぁ。そうか。よし、今日のところはここまでにしよう」

 先生も少し気落ちしているように見える。

 用意してきた5つの試料である鏡の測定を終えた。


「はい」

 反射率測定魔道具は、ふたつの暗箱からなる。1つ目の箱には光源。2つ目には引き込んだ光線を測定する魔石とそれを動かす機構と、観測する光学系部品が入っている。2つめの箱を開け、魔石と対向して回転する試料を慎重に取り出す。


「いやあ、0.93でも立派なものですけどね」

 光学科の先輩が、言ってくれたが、なぐさめであろう。


「そうですよ。メッキによる鏡面だと、この辺りが相場じゃないですか」

 この世界にある鏡は、ガラスの面に銀引き、つまり銀をメッキしたものだ。

 反射面は、銀の表面だ。普通はガラスとの境界面を使う。

 だが持って来た試料は、メッキした側の表面を使う。したがって、光がガラスを2回通過しなくてよい分、反射率が高いはず。

 しかし、この鏡にはすぐ黒ずむという問題がある。反射面が空気と接しているため化学変化を起こすのだ。

 よって、この辺りで留まっていては話にならない。


「だが、レオン君によると0.99は欲しいそうだ」

「0.99ですか」

 先輩は、顔を(しか)めた。無理に決まっているという表情だ。

 先輩の気持ちも分かる。反射率で言うと0.93から0.99へはもう一歩という印象があるかもしれない。しかし、反射率とは1-吸収率だから、吸収率で言えば0.07から0.01へと1/7にしなければならない。なんとも厳しい状況なのだ。


 しかし、地球の鏡なら、0.99を超えていたはずだ。

 そう考えると、科学力というか、基礎的な技術蓄積が違いすぎることを思い知らされる。銀じゃなくてアルミとかでできたらと思うが。これをやるには、地球での半導体製造技術のスパッタリングとかが必要になる。ない物ねだりだ。


「ともかく。ありがとう」


 ターレス先生とともに工学部の建屋を出て、魔導学部に戻る。

「レオン君。気を落とすな。私も何か考えるし、学外の伝手を当たることも検討しよう」

「ありがとうございます。僕も別の方法がないかよく考えます」

「そうか。私は管理部に寄っていくから」

「はい。失礼します」


 降ってきたか。見上げると、大した勢いではないが、雨が落ちてきている。そろそろ雨期だしな。ローブのフードを頭に被せて歩く。


 ふむ。

 別の方法。案がないわけではない。余り乗り気にならない。単純に、そっちはそっちで重大な問題があるからだ。

 でも、もうそれしか手はないか。


 下宿に帰って夕食をいただき部屋に戻ると、別の方法にどう取り組むか考え始める。

 全く作り方の違う鏡の作り方───魔術だ。いわば魔導鏡。


 5日ほど前のことを思い出す。


 前々から気になっていたことがあった。

 魔導収納、別名亜空間収納(ストレージ)を使った時に、魔導感知を発動していることがあったのだが、発動紋の向こうが探知しにくいのだ。

 特に物が出現するときと、消失するときが、短時間だが大幅に感度が下がる感じがする。


 亜空間とつながる境界だからな。その向こうへの魔導が妨げられるのは、わからない話ではない。それに物を出す時は向こうからこちらへ。逆に入れるときはこちから向こうへ、一方通行なのだ。ダイオードとかPN接合とか、トンネル効果とか、いくつも知らなかったはずの用語が浮かんできた。


 怜央は、制御に血道を上げていたようだが、制御される側をわからずして何の制御かと考える人間だったらしい。周辺技術の知識も僕には計り知れないところが有る。

 話を戻そう。

 わからないこともある、なぜ感度が0でないかだ。亜空間とつながっているなら、その向こうは全く感知できなくなるのではないか?


 でも、実際は感知しにくいだけで一応できるのだ。

 魔導波が、音波や電波のように障害物を回り込んでくれるのかなとも思ったが、そもそも発動紋の向こうは透けて見えるのだ。魔導波どころか、可視光線すら発動紋を通り抜けているわけだ。よく分からない。考えがまとまらず、すっきりしない。


 ここは、自分自身の感覚を疑ってみるか。

 視覚というのは、光学器官以外にも脳が重要な役割を持っている。つまり、往々にしてだまされるというか、錯覚をしやすい感覚だ。


 あれを使ってみるか。脳内システムの機能、動画撮影。

 録画開始。

 視野の下限際に赤い●が映った。その横で秒表示の数字が増えていく。

 怜央の知識にあった見た目に合わせて変えてみた。数字はセシーリアのものだが。


 さて。 

ストレージ(収納)───出庫≫

 すぐさま虚空に発動紋が浮かび上がった。

 手を伸ばすと、何日か前に買ったパンが出現した。毎回思うけれど、一瞬発動紋が光るように見えるんだよな。


 脳内システムで録画してあるから、後で確認するとして。


ストレージ(収納)───入庫≫

 先程までの発動紋が青く変わって、手の上から、パンが消えうせた。

 亜空間に収納されたのだ。


 ふむ。録画終了。赤い●が消えた。


 目をつぶって視野を閉ざす。再生、速度1/10。

 ふーむ。やっぱりなんか光って見えるな。パンが出てくる瞬間だ。


 もう一度、再生速度を限界の1/100000へ。

 うーん。全然時間がたたない。静止画にしか見えない。

 それもそうだが、脳内システム、こんな高速度で撮影できることも驚くが、動画データ量が怖ろしい。普段は間引いて撮影しているのかな。


 速度を1/1000にして、光ったように見える部分を特定。

 時間にして1単位か。

 そのあとにパンが現れていた。


 そのごく短い部分を限界の低速で再生。

 全く進まない光景に少しいらつきながら、辛抱して待っていると、数分して赤っぽい発動紋が、徐々に明るくなってきた。

 あれ?

 暗くなっていく。さほど明るくならないうちに。どういうことだ。

 また明るくなった。

 さっぱりわからなかったが。瞬間的に明るくなって、消えるが繰り返される。

 その間。段々その周期の極大値が明るくなっていき、何だかうっすら見えてきた。


 なんだ?

「おおぅ……あぁあん?」

 停止!


「はぁぁ。これって、僕だよな?」

 部屋に1人しか居ないのに。間抜けなことを口にした。


 頭を振って冷静さを取り戻そうとする。

 発動紋があったところに、僕の顔が映っていた。

 最初は暗かったのに、暗くなって明るくなるうちに、鮮明に僕の顔が見えてくる。


 やはりそうだ。魔導探知はこれで妨げられていたのだ。

 そうか。向こうからこちらへつながっている時間だけ、発動紋が反射しているのだ。

 光も、魔導も。


 しかし。連続では、こんな短い時間しか、亜空間とつながっていないのか。

 おそらく。この世界と亜空間が、極微の時間だけつながり、そしてまた、切り離される。

 その単位時間当たりのつながっている時間の割合が高いほど、反射される光量が増えていき、明るく鮮明に見えるというわけだ。

 なるほど。こうなっていれば魔導の全ては跳ね返さない。つまり、感度が0にはならない。


 結局、10分以上ずっと見て居ると、僕の顔が常時映っているかのように見えるようになって、ようやくパンが現れた。

 この世の中というか、魔術というのは偉大だなあ。


 そんな感慨はともかく。

 たぶん相当な反射率だ。光学科で見せてもらった0.95の鏡を超えている気がする

 しかし、つながっていない時は、反射率は0だ

 つながっているときは、完璧に近いかもしれないが、平均すれば低質な鏡に成り下がってしまう。


 そこまでが、5日前だ。

 今日の実験の結果が出るまでは、魔力を必要として使い勝手の悪い魔導鏡よりも、実体のある物体鏡と思っていたが、追い込まれた。

 もう、好き嫌いというか、選り好みできる余地は残っていない気がする。


 ターレス先生の案もな。

 真面目だからなあ。有力な案があるなら、先生は今日より前に僕へ告げている気がする。

 ふう。だめなら、全く別の手段を考えるだけだ。

 まだ大学在学期間は2年以上ある。


 さて、魔導鏡に集中しよう。

 発動紋の反射:透過の比率を1:0に近付けることを考えよう。

 まずはドキュメントを探しまくるか。


     †


「やあ、レオン……どうしたんだ、その顔?」

 学食で昼食を取っていると、ディアとベルが来た。

「んん? ベル……僕の顔が、どうかした?」

「どうかしたって、数日寝てませんって顔だよ」


「ああ、土曜日は徹夜した。でも昨日は3時間ぐらい寝たよ」

「3時間!」

「それじゃあ、ダメだぞ。レオン。徹夜はお肌の大敵だ」

 ん?


 いつもは、対面に座るディアが左横に座った。トレイをテーブルに置くと、手で額を触る。冷たくて気持ち良い。

「ううむ。少し熱いぞ」

「はあ」

 目をつむって見ると、確かに平熱よりはやや高いと警告が出ている。

 徹夜してドキュメントやら魔導モデルを見直していたら、時間がたつのが早くて。楽しいし。


「レオンは、かわいい顔しているんだから、目の下にクマなんか作っていたら台なしだぞ」

「うん。午後は講義がないから、食べ終わったら帰るよ」

 少し反省した。

「むぅぅ」


「そうだ、ディア。レオンに付いていって、看病してやれ」

「ははっ、病気じゃないって。ちょっと熱っぽいだけだから。それに看病ならリーアさんに頼むし」

「ううむ」

 何か少しさびしそうな顔だ。


 下宿へ戻り、夕食にも起きることはなく、次の日まで眠った。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。


訂正履歴

2024/06/05 少々表現変え

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)

2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)

2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)

2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)

2025/04/30 誤字訂正 (ホットチーズさん ありがとうございます)

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